上 下
28 / 126
第6話 影の国

2 影の助言

しおりを挟む
 夕食を終えて、せまいらせん階段かいだんをあがっていたるりなみは、また、はっとして立ち止まった。

 誰かに、今、名前をばれた。

「誰? どこにいるの?」

 るりなみは小さくそう口にした。

 卵の黄身きみのような色の魔法のあかりにらされた階段には、るりなみのほかには誰もいない。るりなみのかげが大きくびているばかりだった。

〝……そう、こっちだ……るりなみ……〟

 そんな声がして、るりなみはびくりとした。

 きょろきょろとあたりをうかがう。
 るりなみの影も、その動きを追った。

 だが、るりなみがはっとして動きを止めても、影は、方位磁針ほういじしんはりのようになめらかにゆらゆらと左右にれていた。

「な……なんで……!」
〝……そう、僕だよ、僕……〟

 間違まちがいない。影から、声がした。

 そして影は、わっと伸びて、狭いかべの一面に広がった。

〝るりなみ、僕だよ……君の影さ……!〟

 黒々としてゆれる影に今にもおそわれるのではないかと、るりなみはぎゅっと目をつぶった。逃げなくちゃ、そう思ったが、体は固まったかのように動かない。

 だが、しばらくたっても、影がおそってくることはなかった。

 むしろ、あたたかいものにそっとつつまれているような感じがした。

 るりなみはそうっと目を開けた。

 目の前の壁で、大きくなった影が、こちらをうかがうようにゆらゆられている。

 おそろしい、と思う気持ちをなんとかおさえて、るりなみは影をまじまじと見た。

 黒い影の中に、よく見ればうっすらと、るりなみと同じ顔、髪型かみがた服装ふくそうが見て取れた。

 それは「るりなみの影」だった。

 るりなみの影は、挨拶あいさつするかのように背をばしたりちぢめたりしたかと思うと、るりなみと目を合わせてささやいた。

〝ゆいりは、影の国にいるよ〟

 ゆいりの名前に、るりなみははっとした。

「ゆいりが? 影の国? それはいったいなに? どこにあるの? それに、どうして?」

 質問のあらしにも動じず、影は答えてくれた。

〝影の国は、この世界の裏側うらがわにある、僕たちの国さ。ゆいりは、自分の影を追って、影の国に迷い込んでしまったんだ……〟

 るりなみは影に手を伸ばして、服につかみかかりそうないきおいで、必死ひっしになっていかけた。

「どうやったら、ゆいりのところに行けるの?」

 息をつめて窒息ちっそくしてしまいそうなるりなみを、影はなだめた。

〝落ちいて。風の子を呼ぶんだ、るりなみ〟

 風の子……!
 るりなみは目を見開いて「わかった」と答え、影にたずねた。

「君もいっしょに来てくれるの?」

 影の口もとが、にっ、と笑った気がした。

〝僕は君の影……生まれたときからずっといっしょだったよ。でも、ゆいりが影のとびらをまたいでから……僕はいくらかの自由をて、しゃべれるようにもなったんだ〟
「そうだったの」
〝でも、急ぐんだ、るりなみ。今晩のうちに、ゆいりを助け出すんだ〟

「ゆいりを、助け出す」

 るりなみは目を見開いて、その言葉をくりかえしてつぶやくと、うなずいた。


   *   *   *
しおりを挟む

処理中です...