ユイユメ国ゆめがたり【完結】

第６話 影の国

１ 消えた魔術師

　光あるところに影かげはあり。暗き闇やみの中にも影はあり。
　そしてこの世界の「裏側うらがわ」には、影たちの国があるという言い伝つたえがありました。
　その影たちの国があるおかげで、この世界には魔法まほうがあるのだ、とも。

　影たちのふしぎな国は、今このときも、世界のすぐ裏側にたたずんでいるというのです──。

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　ゆいりが、いなくなってしまった。

　ゆいりは国王の側近そっきんだ。王宮おうきゅうの人たちは、ゆいりがなにも言わずに姿すがたを消したことに、あわてふためいていた。

　だが三日目にもなると、皆みなはゆいりのことを忘れてしまったかのようにしずかになった。

　王子るりなみは、そうではなかった。

　ゆいりは、るりなみの教育係きょういくがかりだったのだ。
　誰だれよりも、国王である父よりもそばにいてくれて、るりなみの面倒めんどうを見てくれていた。

　本当なら今日も朝から、ゆいりが一対一の授業じゅぎょうをしてくれているはずだった。

　るりなみは自分の部屋で、本を開いてぼうっとしていた。
　窓まどの外の雨は、るりなみの心のようだった。

　本の中身なんて、頭に入ってきはしない。

　ゆいり、ゆいり、とひたすら名前を念ねんじてしまう。

「どこにいるの？　帰ってきてくれるよね？　それとも、どこかで帰れなくなってしまっているの？」

　言葉の意味が、もう、よくわからなくなってしまうほど、るりなみはくりかえしつぶやいていた。頭の中はぐわんぐわんとして、なにもうまく考えられない。

　ただ、心は不安の怪物かいぶつに踏ふみ荒あらされたようにめちゃくちゃで、切なさに悲鳴ひめいをあげていた。

　るりなみは本を置おくと、ベッドに体を投げ出した。

「ゆいり……どこに行っちゃったの……」

　捨てられた子猫であるかのように身を丸めながら、涙がにじむのもそのままにして。

「誰でもいい、ゆいりのいるところに連れていって……！」

　半分混乱こんらんしながらそう叫さけんで、るりなみははっとした。

　誰かに、名前を呼ばれた気がしたのだ。

　るりなみは体を起こしてあたりを見回した。
　だが、部屋にはるりなみひとりがいるばかりだ。

「今、たしかに……」

　その声はどこかで聞いたことがあるような気もしたのだ。
　なつかしい人に、名前を呼ばれたような。だが、それはゆいりの声ではなかった。

「誰だろう……」

　雨の音だけが、部屋にこだましていた。


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