ユイユメ国ゆめがたり【完結】

第５話 最後の交響曲

１ 妖精が告げるもの

　ユイユメ王国は、魔法の王国、と呼ばれています。
　王子るりなみの教育係ゆいりも、魔法を極きわめた魔術師まじゅつしなのです。
　でも、この国において魔法を使うのは、なにも魔術師だけではありません。

　職人しょくにんも芸術家げいじゅつかも音楽家おんがくかも、その作品にふしぎな魔法をかけることがあるのです──。

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　その日の夕暮れは、まだ早いうちから、世界のすべてが茜あかね色に染まってしまったかのようだった。

　月を編あむつとめを終えたるりなみは、王宮の渡わたり廊下ろうかを歩いていた。

　吹ふき抜ぬけで屋外につながっている廊下には夕陽がさしこんで、立ちならぶ円柱えんちゅうも、石畳いしだたみも、レンガの花壇かだんもその花も、淡あわい色に染まっていた。

　その廊下のなかほどの花壇に、見慣れた人物が腰こしかけているのに気づき、るりなみは近寄よっていった。

「ゆいり、こんなところでどうしたの？」
「ああ、るりなみ様……」

　ゆいりは普段と同じ魔術師のローブに長い黒髪くろかみを揺ゆらして、いつものように微笑ほほえんでみせた。
　だが、それがどこか、ぎこちない。

「なにかあったの？　誰かを待っているの？」

　ゆいりはその問いにしばらく迷って、少し寂さびしそうに答えた。

「待っているのではなく、しのんでいるのです」
「しのぶ……？」

「子どもの頃ころにお世話になった人が、亡なくなったという知らせがありまして」

　るりなみははっとした。
　だがゆいりは言い終えてしまうといつもの微笑みを浮かべ、遠くの夕焼けを見るようにしながら言葉を紡つむいだ。

「自分の作品に、一切の妥協だきょうをしない人でした。最高傑作けっさくをつくった直後にもう、最高のものはこの先にある、と考える人でした。生きているうちに、どんな高みに到達とうたつしていたのか……」

「なにかを作る人なの？」

　そうるりなみが問いかけたとき、ぱたぱたと足音がして、給仕長きゅうじちょうをしている妖精ようせいの女性「みつみ」が駆かけてきた。

　王宮の給仕をつとめる者のなかには、何人か妖精の生まれの者がいる。妖精といっても、背丈せたけはふつうの人間と変わらない。
　だがとても細くしなやかな体つきで、髪と肌は透すけるような色をしていた。
　なにより彼女らはとても長生きで、前の前の国王のことも知っていた。

　みつみは「ゆいり様！」と声をあげ、るりなみに、にっこりと笑いかけると、両手に抱かかえた大きな封筒ふうとうをゆいりにさしだした。

「今しがた届いたんです、ゆいり様にと」
「これは、ありがとうございます」

　みつみは「どうもどうも」と笑うと、スカートで手をはたいて、夕暮れに目を転じた。

「変な空ですね。嵐あらしが来そう」
「みつみさんがそう言うなら、嵐になるのでしょうね」

　ゆいりの答えに、みつみは「いやぁ」と照てれたあと、胸をはってみせた。

「妖精の勘かんは、ことに天候てんこうに関しては当たりますからね！」
「お年寄りの知恵、みたいなものだよね」

　るりなみはなにも考えずに思い浮うかんだことを口にしたのだったが、みつみは笑いながらるりなみにつめよると、急に声を落として言った。

「るりなみ様……？　私のことを、おばあちゃんだ、とでも……？」
「そ、そういう意味で言ったわけじゃないよ！」

　慌あわてて手を振ふってごまかするりなみだったが、みつみの目は冷たい。

「今夜のごはんに、るりなみ様の苦手な香辛料こうしんりょうを混まぜちゃおうかしら」
「偉大いだいなる妖精のみつみ様、ご機嫌きげんを直してください」

　るりなみは手を合わせて、みつみを拝おがむようにした。

　みつみは横目でそれを見て「よろしい」と咳払せきばらいをすると、ぱっと笑って、「それでは」と言い残して去さっていった。