ユイユメ国ゆめがたり【完結】

星乃すばる

文字の大きさ
上 下
12 / 126
第3話 風の旅立ち

4 伯爵の訪問

しおりを挟む


 それから何日かして。
 るりなみは王宮の塔と塔のあいだの庭園ていえんで、初夏の花々を見ながら散歩をしていた。

 すると、ひゅっ、とあのときのような風がるりなみを通りすぎた。

「るりなみ! 元気かい?」

 陽気ようきな声がしたかと思うと、目の前に風の子が人の姿であらわれた。

「わぁ、遊びに来てくれたんだね、嬉しいよ!」
「友達だからな。それにしても綺麗きれいな庭だな」
「うん。雪あじさいに、まつりかに、すずらんに、あっちには薔薇ばらもあって……」

 だがそうして話していると、にわかに空がかきくもり、寒々しい風がきおろしてきた。

「この風は……!」

 風の子がさけぶ。

「あのときの『しき風』じゃねぇか!」
「いかにも」

 その言葉とともに、るりなみと風の子の周りを荒々しいつむじ風がったかと思うと、ひとりの紳士しんしが姿をあらわした。

 山高やまたか帽子ぼうし燕尾服えんびふくつえを持って、口元には切りそろえたひげをたくわえている。
 その姿は風の子のようにけているが、眼光がんこうはぎらぎらと燃えるように光っていた。

「わたくしは風の伯爵はくしゃくです。『しき風』とも呼ばれています。王子るりなみ様と風の子さん、どうぞお見知りきを」

 風の伯爵だという紳士はそう言うと、帽子を取っておじぎをした。

 るりなみは伯爵の登場におどろいていたが、丁寧ていねい挨拶あいさつに少しだけ安心した。一方、風の子はるりなみのうしろにひゅんとかくれた。

「な、なんの用だよ! お、俺様おれさまのあとをつけてきたのか?」

 風の子は言葉だけは威勢いせいがいいが、ぶるぶるとふるえていた。

 風の伯爵は少し背をかがめ、るりなみたちをうかがうようにして言った。

「あとをつけるだなんて……めっそうもないことです。わたくしはるりなみ様に一言ご挨拶したかったのですよ」
「僕に?」

 るりなみは思わずまばたきをした。

 伯爵はあらためてるりなみに一礼いちれいすると、語り出した。

「あのとき、あなたの心のを見て、わたくし、感激かんげきいたしまして。世界のことわりを思い出したのでございます。わたくしは若いころ、みずから望んで、世界の闇のもの、しきもの、すなわち『悪しき風』になったのです。そしてこうやって……ひとをやまいふちに落とすのです……!」

 言い終わるや、伯爵の姿がゆがんだ。その口もとがけるかのように左右に開かれたかと思うと、伯爵は暗い色をした風の姿に戻り、あたりに高笑いがひびいた。

 風の子も風の姿になり、るりなみを守るように渦巻うずまく。

 だがその風の子の空気の波をはねのけて、黒い風がるりなみを取り巻いて、くるった。

 るりなみの背筋せすじを、ぞくぞくと悪寒おかんけめぐった。るりなみはくらくらとして、地面にひざをつく。

「るりなみ!」

 風の子の声がする。だが、伯爵の声があとを追った。

「わたくしの病に……えられますかな……心の灯をあらわすほどの勇敢ゆうかんな少年よ!」

 その声が遠くなっていく。
 るりなみはそのまま、意識いしきうしなってしまった。


   *   *   *
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

ミズルチと〈竜骨の化石〉

珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。  一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。  ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。 カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。

小さな王子さまのお話

佐宗
児童書・童話
『これだけは覚えていて。あなたの命にはわたしたちの祈りがこめられているの』…… **あらすじ** 昔むかし、あるところに小さな王子さまがいました。 珠のようにかわいらしい黒髪の王子さまです。 王子さまの住む国は、生きた人間には決してたどりつけません。 なぜなら、その国は……、人間たちが恐れている、三途の河の向こう側にあるからです。 「あの世の国」の小さな王子さまにはお母さまはいませんが、お父さまや家臣たちとたのしく暮らしていました。 ある日、狩りの最中に、一行からはぐれてやんちゃな友達と冒険することに…? 『そなたはこの世で唯一の、何物にも代えがたい宝』―― 亡き母の想い、父神の愛。くらがりの世界に生きる小さな王子さまの家族愛と成長。 全年齢の童話風ファンタジーになります。

リュッ君と僕と

時波ハルカ
児童書・童話
“僕”が目を覚ますと、 そこは見覚えのない、寂れた神社だった。 ボロボロの大きな鳥居のふもとに寝かされていた“僕”は、 自分の名前も、ママとパパの名前も、住んでいたところも、 すっかり忘れてしまっていた。 迷子になった“僕”が泣きながら参道を歩いていると、 崩れかけた拝殿のほうから突然、“僕”に呼びかける声がした。 その声のほうを振り向くと…。 見知らぬ何処かに迷い込んだ、まだ小さな男の子が、 不思議な相方と一緒に協力して、 小さな冒険をするお話です。

閉じられた図書館

関谷俊博
児童書・童話
ぼくの心には閉じられた図書館がある…。「あんたの母親は、適当な男と街を出ていったんだよ」祖母にそう聴かされたとき、ぼくは心の図書館の扉を閉めた…。(1/4完結。有難うございました)。

ケン太とチュン太

紫 李鳥
児童書・童話
ケン太が退屈そうにしてると、一羽の雀がやって来ました。

処理中です...