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第3話 風の旅立ち

4 伯爵の訪問

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 それから何日かして。
 るりなみは王宮の塔と塔のあいだの庭園ていえんで、初夏の花々を見ながら散歩をしていた。

 すると、ひゅっ、とあのときのような風がるりなみを通りすぎた。

「るりなみ! 元気かい?」

 陽気ようきな声がしたかと思うと、目の前に風の子が人の姿であらわれた。

「わぁ、遊びに来てくれたんだね、嬉しいよ!」
「友達だからな。それにしても綺麗きれいな庭だな」
「うん。雪あじさいに、まつりかに、すずらんに、あっちには薔薇ばらもあって……」

 だがそうして話していると、にわかに空がかきくもり、寒々しい風がきおろしてきた。

「この風は……!」

 風の子がさけぶ。

「あのときの『しき風』じゃねぇか!」
「いかにも」

 その言葉とともに、るりなみと風の子の周りを荒々しいつむじ風がったかと思うと、ひとりの紳士しんしが姿をあらわした。

 山高やまたか帽子ぼうし燕尾服えんびふくつえを持って、口元には切りそろえたひげをたくわえている。
 その姿は風の子のようにけているが、眼光がんこうはぎらぎらと燃えるように光っていた。

「わたくしは風の伯爵はくしゃくです。『しき風』とも呼ばれています。王子るりなみ様と風の子さん、どうぞお見知りきを」

 風の伯爵だという紳士はそう言うと、帽子を取っておじぎをした。

 るりなみは伯爵の登場におどろいていたが、丁寧ていねい挨拶あいさつに少しだけ安心した。一方、風の子はるりなみのうしろにひゅんとかくれた。

「な、なんの用だよ! お、俺様おれさまのあとをつけてきたのか?」

 風の子は言葉だけは威勢いせいがいいが、ぶるぶるとふるえていた。

 風の伯爵は少し背をかがめ、るりなみたちをうかがうようにして言った。

「あとをつけるだなんて……めっそうもないことです。わたくしはるりなみ様に一言ご挨拶したかったのですよ」
「僕に?」

 るりなみは思わずまばたきをした。

 伯爵はあらためてるりなみに一礼いちれいすると、語り出した。

「あのとき、あなたの心のを見て、わたくし、感激かんげきいたしまして。世界のことわりを思い出したのでございます。わたくしは若いころ、みずから望んで、世界の闇のもの、しきもの、すなわち『悪しき風』になったのです。そしてこうやって……ひとをやまいふちに落とすのです……!」

 言い終わるや、伯爵の姿がゆがんだ。その口もとがけるかのように左右に開かれたかと思うと、伯爵は暗い色をした風の姿に戻り、あたりに高笑いがひびいた。

 風の子も風の姿になり、るりなみを守るように渦巻うずまく。

 だがその風の子の空気の波をはねのけて、黒い風がるりなみを取り巻いて、くるった。

 るりなみの背筋せすじを、ぞくぞくと悪寒おかんけめぐった。るりなみはくらくらとして、地面にひざをつく。

「るりなみ!」

 風の子の声がする。だが、伯爵の声があとを追った。

「わたくしの病に……えられますかな……心の灯をあらわすほどの勇敢ゆうかんな少年よ!」

 その声が遠くなっていく。
 るりなみはそのまま、意識いしきうしなってしまった。


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