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第3話 風の旅立ち

2 裏山の精霊

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 裏山は森になっていて、初夏だというのにうっそうとしていた。

 めざすほこらは、一本道の先にあるという。

 土のみ固められた小道を、るりなみはろうそくの炎を大切に守りながら歩いていく。道のわきの木々はどれもとてつもなく巨大で、少し不気味ぶきみだった。

 木々の影になにものかがかくれていそう……。

 そう思った矢先、るりなみの鼻先を、ひゅっ、となにかが通っていった。

「な、なに!」
「……消しちゃうぞ……消しちゃうぞ……」

 ゆらめくような声が、宙空ちゅうくうから聞こえてきた。

 それからまた、ひゅっ、と、つむじ風のようなものがるりなみの周りをめぐった。

「おまえの願い……ひと思いに……消しちゃうぞ……!」

 風に包まれながら、るりなみは声に耳をませた。

 よくいてみると……その声は、とても幼い。

 るりなみは、風のくるう宙空に語りかけた。

「消しても、いいよ」
「……なんだって?」
「消しても、いいよ。それが君の願いなら」

 風が、やんだ。
 そして、るりなみの目の前に、昔ながらの着物に身をつつんだ幼い子どもがあらわれた。

 子どもの輪郭りんかくは、かげろうのようにうっすらとらめいている。その姿すがたも、よく見ると少しけていて、青みがかっている。

 風の精霊せいれいだ! とるりなみは思った。

「なんだよ。おもしろくないやつだな」

 子どもはいまいましそうにそう言った。
 だが、すぐに好奇心こうきしんいっぱいの顔になって、るりなみをじろじろと見た。

「いたずら者って、君のこと?」

 るりなみが問いかけると、子どもは「ちっ」と舌打したうちする。

俺様おれさまのこと、いたずら者だって? 俺様は強いんだぞ。いたずらなんかでむもんか」

 神秘的しんぴてきな姿をした精霊なのに「俺様」なんて言葉を使うその子のことが、るりなみは少しおかしくなった。

 るりなみはろうそくのうつわを、その子の前にかかげてみせた。

「それで、このを消したいんでしょう?」
「そうだよ。願いがかなわなくなっちゃってがっかりするおまえが見たいんだよ」

 子どもは表情ひょうじょうをゆがめてそう答えた。
 だが、凶悪きょうあくな感じとはほど遠い。

 るりなみは思わず、くすくすと笑ってしまった。

「別にがっかりしないよ。僕の願いは、このろうそくが叶えてくれるわけじゃないもの」
「おまえの願いって、なんなんだ?」

 好奇心をおさえられない様子で、子どもがそういてくる。
 るりなみは少し思い立って、笑顔で答えた。

「君がたされるように、って願うことにするよ」
「なんだって? なんで俺様のことなんて願うんだよ」
「君はどこかさびしそうなんだもの……。君に素敵すてきな友達ができるように、って願ってもいいよ」
「友達だって?」

 精霊の子どもは、ふ、とかげのある表情になった。

「俺様は風の子なんだ。はぐれものの風の子だよ。友達なんていらないよ」
「君はそれでいいの?」
「ああそうさ、だって……」

 すると、風の子の言葉をさえぎって、近くの老木ろうぼくが話しかけてきた。

「むだですよ、やさしい旅人さん。その風の子は今までさんざん悪いことをして味をしめてきたんです。ひとの願いがかかったともし火をもてあそんで……。今にもう、悪い風にむかえられてしまいますよ」

 老木は、おばあさんのようなしわがれた声で、少し悲しげにそう言った。
 だがその言葉に、風の子が逆上ぎゃくじょうした。

「なんだと、このばばぁ!」

 風の子は、ひゅっ、と風の姿に戻ると、老木の周りをれた。
 ものすごいいきおいで木の葉がって、るりなみは思わずしゃがみこんだ。

「ああっ」

 老木の悲鳴があがった。めきめきと音がして、るりなみは、はっとみあげる。
 大きな枝が折られて、るりなみの上にりかかってくる。

 つぶされちゃう!
 そう思ったときだった。


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