止まった世界であなたと

遠藤まめ

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第2章 時の使者

37話 雪辱を晴らすべく

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人間一人を相手にしているとは思えないような闘志、その対象になっている男は化け物を前にして恐れることもなく生気のない目を向け白髪一つない真っ黒な髪を乱暴に掻き毟っていた。

「てか結構な数でここに来たはずなんだけどな、俺が一番乗りってどういうことだよ」

「まさかこんなところで再開するとは。この前のリベンジ、しっかりと果たさせていただきまスよ」

「あん時のピエロに武士か……お、女医もいんのかよ。てかコスプレばっかじゃねぇかハロウィンならまだまだ先だぜ?」

「何言ってるかわかんねえっス。前みたいな恥は二度とさらさないし油断もしない、覚悟っス!」

「はいはい。ちゃっちゃと終わらせてあんたらんとこの主人もついでに殺させてもらうわ」

「それをさせねえっつってんスよっ!」

相変わらずの気だるそうな声音のキョウヤと若干の軽口を挟むと身を引いた木之伸と入れ替わるように歩院が後ろから飛び出し先制攻撃に取り掛かろうとする。がその攻撃がキョウヤのもとに届くことはなく回避され乗り出した歩院の背中めがけ拳を振り落とす。しかしその攻撃も直撃することはなく身を捻り体を回転させながらキョウヤからの拳を避ける。攻撃を避けてはカウンターをしようとして回避されるの繰り返し、お互いがお互いの攻撃を当てることも当たることはなく始まったばかりとは思えない戦闘が繰り広げられていた。

「歩院!!」

「了解したっ!」

「皆様ご注目マジックショー!種も仕掛けもないっスよ」

「なんだ?……目が勝手に」

「覚悟っ!!」

「がッ───!!」

合図のように名を呼ぶ木之伸の声を聞くと攻撃の手を止め身を引く。歩院がキョウヤから距離をおいてのを確認すると同時に空だった手の中からトランプが流れるようにこぼれ落ち続ける。そのマジックにキョウヤの視線が集中する。というよりも注目させられているというべきだろう。目が意思に反してそのマジックに目を向けてしまうのだ。
当然マジックに集中し隙だらけになったキョウヤの顔面には歩院の拳が鈍い音を立てて直撃し、吹き飛ばす。白目になりふらつく横腹に容赦なく歩院の追撃が襲いかかる。殴られれば殴られるほどによろめく姿に変わらず重い拳を打ち込んていく。そしてこれまで以上に固く握られた拳が腹を直撃したのを最後にキョウヤはついに倒れてしまう。圧倒的な差と言わんばかりの結果に戸惑いが隠せなくなる。

「───っ!!」

「こんな攻撃も避けられないなんて…あまりにも弱いと言うかあっけないというか……。あんたらを傷だらけにした割には大した事ない敵だねえ」

「油断するのはまだ早いっスよ」

「ああ、某らもまた同じように感じたさ。最初はな…」

木之伸と歩院の二人を除いて。以前と同じ轍を踏まぬように、あのとき自分の首を絞めるきっかけとなってしまった慢心をしないためにと慎重に敵に背を向けることなく警戒を怠らない。
そしてその警戒を正解と言うようにキョウヤは体をゆっくりと起こし血の混じった唾液を吐き出す。人間であれば死んでいる、少なくとも確実に内臓は損壊している攻撃だったはずだ。それを完璧に喰らっていながら軽く顔面を殴られたくらいの余裕さを持ったまま目の前に仁王立ちしているのだ。まさに人間とは違ったなにか、それこそ時の使者でないと納得もいかないほどの異常さであった。

口角を吊り上げ気味悪くにやけた口に相手を舐め腐ったような目線。その余裕さが、三体の使者を苛立たせると同時に恐怖させた。大して強いわけではない、油断させることも木之伸の術にも引っかかるし血だって流す確実に人間なのだ。その人間が本気で殺しにかかった使者四体を前にこうも高慢な態度が取れるというのだから不思議としか言いようがない。

「あー痛ぇ、ピエロと武士の攻撃はもう十分だよ。そこの女医は突っ立ってるだけか?」

「私は殴り合いとかそういう汗臭いの嫌いなの。こいつらがまたすぐ怪我して使い物にならなくなっちゃ困るからこんなところにいさせられてるのよ。そもそもこの格好で武闘派なわけ無いでしょ?よく考えてから喋って欲しいのだけれど」

「これは手厳しい。あんたがバケモンじゃなければ惚れてたよ」

「あんたなんかに惚れられるなんて一生の恥。冗談でも聞きたくない」

「まあそう言うなよ。俺だって傷つくんだぜ?」

先程まで白目をむくほどの攻撃を食らっていたはずの男が立ち上がってすぐ呼吸を整えるかのように輝宝に軽口を叩き始める。生憎無闇矢鱈と殺傷をするような生き物を毛嫌いする輝宝にとって気に入るはずもない男であったからか態度は冷たく厳しい目つきであしらわれてしまうのだが。

「まあなんだ、このままやられっぱなしってのも癪だしダセえからな。お前らお待ちかねの逆襲タイムだ」

「───来るっ!」

「逆襲タイム」そう言いキョウヤはズボンのポケットから取り出したなにかを口に投げいれる。阻止しようとした木之伸が地面を勢いよく蹴り飛びかかるも一歩遅く飲み込まれてしまう。その刹那先ほどとは比べ物にならない異常なまでの殺気を感じ取る。まずい、そう感じた頃には遅く木之伸の脇腹めがけめり込むほどの拳が目で追いきれない速度で入り込み気づけば地面に叩きつけられていた。
何が起きたのか、そう考える時間さえ男にとっては十分すぎるほどの隙であったらしく息を呑む歩院の目の前には拳を構えたキョウヤがすでに待ち構えていたのだ。死ぬ、殺される、そういった感情が湧く余裕もなくその拳は歩院の顔面に叩き込まれ勢いが止まることなく突き飛ばされ校庭に生えていた木に直撃する。

「───っ!?!?」

突然の出来事、何が起こったのかもわからずただ目の前の状況を視界に入れるだけであった。何かを口に入れた、そこまでは理解ができたがその後の記憶は消されたかと錯覚してしまうほどの速度で目の前で戦っていた二体の使者を地面に伏させていたのだ。思考が追いつくこともなくただ一つ、次は自分の番ということだけを理解し敗北を確信する。

「次はあんただ──って言いたいところだがそうもいかねえ。あんたの御主人様のもとまで案内しろ。拒むようならここで仕留める」

「───」

答えは即答でノーであり敬愛すべき主を裏切ることなど頭の片隅にもなかった。しかしこのまま歯向かったところで一瞬なんて大量の時間を与えることもなく打ち負かされるのは目に見えている。なにせまともに戦う手段がないのだから。
キョウヤからの命令に対しごく僅かな時間で出した輝宝の回答は首を縦に振ることであり冬馬のもとへの案内を示唆していた。

「物わかりがいいじゃねえか。結局は主よりも自分のほうがかわいいってな」

「黙ってついてきて」

主に対する絶対的な崇敬の念とは裏腹に輝宝の出した回答は恐ろしく利己的でありその回答にキョウヤはにやけた顔を崩すことなく揶揄うもその本心では心底軽蔑しているのだろう。その深い闇を写し込んだような瞳の奥からは平穏ではない感情が湧き出ているのがよくわかった。

「………まだ…っス…」

「んぁ?まだ起きてたのか?このまま寝たフリでもしてりゃあ痛え思いしなくて済んだかもしれねえのに、どっかの女医さんとは大違いみてえだな?」

「……まだ…」

「いい度胸だ。てめえが動かなくなるまで相手してやるよ」

掠れた声でキョウヤの足首にしがみつく木之伸を見下し愉しそうに笑う。土埃にまみれ汚れた道化の服をした少女を前に敬意を表すように先ほどとは比べ物にならない殺意を向け戦闘の続きに入ろうとしていた。
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