止まった世界であなたと

遠藤まめ

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第2章 時の使者

32話 冬馬の戦闘

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冬馬が戦いを選択した理由など実に単純であった。正直な話時の使者への襲撃自体は恐れていないのだ。一人で百人相手にすることも可能なまでには対策が取られている。以前のキョウヤ戦での敗北をきっかけに人間への驕りを捨て確実に勝てるような鍛錬もさせた。現状キョウヤほどの強者を相手にして勝てる自信はない、があのときのように強化された状態であったとしても一般人には勝てるほどにはしているのだ。ではなぜ学校襲撃にここまで怒っているのかといえば実に簡単で結論から言ってしまえばすずがいるからである。

余談だが時の使者は冬馬の指示には従う。そして作られた段階でいくつかの命令を体に刻み込まれているのだがその一つですずへの攻撃の一切を禁止している。しかしすずと一緒に使者と会話していた際にわかっていたが使者はすずへ忠誠心などを持っていないのだ。どこかすずと会話することを避けているような点や棘のあるような話し方になっているような冷たさを感じる点などからよくわかっていた。
話を戻すとそんな状態の関係性のため使者と人間の戦闘に巻き込まれたときどんな惨劇が待っているかなんて考えたくもなかった。もちろん可能な限り守ってくれはするだろうが限度はある。無傷でいる可能性などゼロに等しいのだ。

「ずいぶんと威勢がいいですね。お仲間の危機とあれば触発されてしまいますよね」

「まあ、仲間に喧嘩売るような人たちとは協力できないかなっ!!」

そういい先程とは違い全速力で益田との距離を詰める。すずのことで頭がいっぱいなせいか怯えや躊躇などといったものはなかった。瞬きほどの速度で間合いを詰め拳を振りかざす。しかし見越していたかのように身を翻し回避される。殴った勢いを殺すことをせずそのまま次の攻撃へと体を捻らし回転させるように体を旋回させ益田の頭目掛けて殴りかかる。

「この程度ですか」

それさえ聞いた様子なく一歩下がられてしまい避けられる。勢い任せの攻撃は空振りに終わり、その隙を益田の一手により埋められる。冬馬の右頬に拳が飛びかかり吹き飛ぶ。何が起きたのかすらわからないほどの速度、その速度からは予想もつかない重い一手に先ほど蹴られた際にできた口内の傷がまた開き始め、真っ赤な唾液が溢れる。

「そんなもんじゃないでしょう。バケモノの一人でも召喚してみてくださいよ」

「そんなポイポイ出せるような単純なことじゃないんでね」

「あら残念」

使者を作ること自体はできるのだがこの余裕のない状態からして確実に不完全なものしかできない上に無駄に体力を使うこととなる。実質的な弱点といえばそういったところなのかもしれないと自嘲気味な笑みを作りながら喉に引っかかった血塊を吐き出す。

今度はとばかりに益田の方から歩みを寄せる。引くことなく益田の方へと歩きお互いが距離を詰め合う。柔らかな表情からは想像もできない速度の攻撃が冬馬の腹部を襲おうとする。それを守るように構え真っ向から受ける。勢いを殺しきれず窓に背を直撃させ破壊する気圧の違いから吸い込まれるように建物から飛び出す。完全に読み通りであった、なにもこのまま残りどちらかがダウンするまで喧嘩する必要などないのだ。

「なっ!!くっそ油断した!」

焦ったように割れた窓に向かい全速力で走る、がそれもすぐに後悔することとなる。

「なっ!下に!」

「引っかかったな!!」

逃げたかに思われた冬馬が飛び出し益田の顔面に拳をクリーンヒットさせる。思わぬ攻撃に尻餅をつく。必死の作戦が決まり周囲がざわめく。あの益田が攻撃をまともに食らうことなど見たことも想像すらつかなかったのだろう。
まさに予想通りといったところであった。先程の感じから益田は冬馬との戦いを楽しんでいる様子であった。その楽しみに乗じて軽いジャブの勢いをうまく利用させ逃げたかのように見せれば驚き油断するだろうと思ったのだ。益田だって馬鹿ではない、逃さないように力の加減をし窓に近づけば逃げないように引き戻そうとするに決まっていた。だからこそわざとオーバーに受ければ対応のしようがないと踏んだのだ。おそらく子供相手という驕りが大きいのだろうが。

「くっそ…がァ!」

目を吊り上げいつもの優しそうな表情が消える。その様子を横目に冬馬は万夏のもとに駆け寄る。あのとき本当に逃げても良かったのだがなによりこの場所に来た理由である万夏の無力化をさせるために戻ってきたのだ。もちろん益田の余裕そうな表情に一発決めたかったこともあるが。

「ごめん万夏!これも止まった世界のままにするためだから!」

そういい術の用意をしている万夏めがけて拳を振りかざす。がその攻撃が届くことはなかった。

「がッ!!なん…」

「そうはさせないってんだよ!!」

先ほどまで見ていた男の一人がどこから持ち出したのか鉄パイプを冬馬の後頭部めがけ叩きつける。鈍い音とともに閃光のようなものと同時に脳が揺れる感覚が冬馬を襲う。

「危ないところでしたよ。逃げればよかったものをさっき学んだんじゃないんですかね、満身は身を滅ぼすと」

「一発かまさないと気がすまなかったんでね」

「その威勢だけはまだ余っているようですね!」

そう言い冬馬の腹を踏み潰され内臓が押しつぶされた感触と激痛に襲われる。声にもならない悲鳴が断末魔となりと馬の意識を奪う。

「もう終わりですか。私の顔面を殴った割にはたいしたことないのですね。それ頂戴」

冬馬を見下し落ち着いたまま男から鉄パイプを受け取る。とどめを刺すべく顔面を殴ろうと腕を振りかざす。

「万夏くん、いい加減早くしてもらえませんかねぇ。私たちがこうしている間すっと見てるだけ、ただでさえ時間のかかる術だというのに手を止めてしまってはいつまで経ってもこの世界をなんとかできないでしょうに」

「す、すいません…。今は敵とはいえ、かつて一緒に戦った友達が殺されるのはちょっと嫌かなって。わがままなのはわかってるけど捕虜程度にしてあげれないですか?」

「こんな危険な心臓持ちを捕虜になんてできるわけ無いでしょう。こちらと協力するわけでもないですし生かしておく意味がないですよ」

あまりの遅さからか苛立ちを隠せない益田に場違いな提案をしだす万夏。しかしその提案も虚しく振り上げられた鉄パイプは冬馬の頭に振りかざされる。

「ま、無理なんですけどね。そもそも万夏くんが私達を助けた際に命令したんでしょう?『武器の所持以外の犯罪行為を禁止する』って。そのせいでこっちも大変なんですから」

冬馬が時の使者を召喚する際に絶対に破ることのできない命令を課す事ができそれを破ることができないようになっているのだが、それは万夏も同じ、そしてその命令を万夏の場合は『武器の所持以外の犯罪行為を禁止する』というのだ。

「だからわざわざ死んだふりさせたりしなきゃいけないんですから」

呆れたようにそう語るが裏を返すとこの命令がなければ殺めることも厭わないという意味にもなり万夏の背筋が凍る。

「…言いこと聞かせてもらったよ!」

そういい冬馬は悪い笑みを浮かべながら起き上がり益田の腹を殴った調子で立ち上がる。思わぬ攻撃に腹をかかえ崩れ込む益田に。一同が驚く。

「なっ!!」

「そんな言いこと聞いちゃってよかったのかなって感じだけどね。だめだろ敵の前でそういう話をしちゃあ。さあ、後半せ─」

自信満々に語る冬馬だが最後まで言い終わることなく顔面に鉄パイプが直撃してしまいぐったりと倒れるのであった。
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