止まった世界であなたと

遠藤まめ

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第2章 時の使者

22話 出発前

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「お、平治じゃん。おはよ」

「と、冬馬様。おはようございます…!」

図書室前の前に立っていた背丈の低いオーバーオールを着た人物、平治に声をかける。その完全に少女のような姿をした少年はおどおどと眉を八の字にしたまま透き通るような白髪を揺らしながら冬馬の方へと体を向ける。

「平治もここに?」

「あ、えっと…新しい調合に関する知識を得ようかと思いまして…」

「へぇ~。ちなみに新しい調合って?」

「そ、それは大きなクッションを出すような…そんな感じの何かを~と思いまして…」

「エアバッグ的なのか!面白いね~」

「あ、ありがとうございます。あ、実はもう試作はできているんですけどいまいちうまく行かないっていうか…。これなんですけど…」

そう言うと手のひらにちょうど収まるほどのボールが手渡される。紫黒色で中に何が入っているのか確認できずどこか妖しい輝きを放っていた。

「うまく膨らまないみたいな?」

「い、いえ…。そのぉ…反発性が高すぎるといいますか…」

「へ~。でも反発は多少高いほうが衝撃も少なくて良いんじゃない?」

「そ、それが…反発しすぎて逆に飛んでいってしまうみたいで…」

「あらら…。ま、まあ改良頑張って」

「は、はいぃ…」

予想以上の不良品具合に引きつつ、ぎこちない笑顔とともにフォローする。それを察してか平治もまた引きつった表情で答えたのだった。

────────────

「お、あったあった」

「と、冬馬様が探していたのはこれだったんですね」

図書室内の本棚から取り出した本には『刀集』と書かれており見るからにこれまで作られてきた刀の資料集であった。ページを捲るたびに様々な形の刀が掲載されており、想像していた斬るという認識にとどまらずこれまでの認識を一転させた。

「で、でもなんで刀に興味をお持ちになったのですか?」

「ああ。それはね、東京タワーに行こうって言ったって敵がいないとは限らないし万が一のために僕も戦う手段が欲しかったんだ」

「な、なるほど…あ、もしよろしければボクの武器ボールも…」

「へえ!ぜひほしいな!」

予想以上の反応に照れつつも差し出したのは二つの球体であった。色も形もとにかく見た目に差異はなく全くもって同じものにしか見られなかった。

「こ、こっちは投げたらたちまち爆発し周囲にこのボールの破片とともに攻撃する武器です。あ、暴発には注意してくださいね」

「ば、爆散…。へぇ~…めっちゃすごそうだけどこれを携帯するのは遠慮しとこうかな…」

「え、えぇ~…でも今持ち合わせてるなかで武器となるのはこれくらいしか無いですし…あとはさっきのクッションくらいしか…」

少しの衝撃で自身の命までもが危ぶまれる球体か圧倒的に不便な欠陥品かの二択とは。思わぬところで恐ろしい選択を迫られるとは思わず首筋から変な汗が吹き出る。

「あ、いたいた主様ー!!もうすず様も起きてるッスよ~?あーさーごーはーんー!」

「え、もうそんな時間!?ごめんね平治。いかなきゃ!えーっとボールはこっち貰うね!」

木之伸の呼びかけに焦るように時計を見ると起床から二時間は経っていたことに気づく。平治の手に乗っていたクッションの方のボールを手に取り呼びかけられた方へと走りながら向かう。「そっちなんだ…」という平治の言葉を残して。

────────────

「ごめんごめん。遅れた!」

「もーおそーい!みんな待ってたんですけど」

ジトッとした目とは裏腹にリスのように頬張り食事を摂るすず。仁悟率いる使者たちに食事を出され冬馬もフォークでサラダをつつき始める。

「さて、みんないることだし、ここで色々決めちゃうね。えっと東京タワーまでは僕の出したバス型の乗り物をふっ飛ばして現地まで一気に行くね」

「はあ!?」

器用にも口の中のものすべてを飲み込んだ後に大声を上げるすず。それに対して驚く者は一人もいない。レールのないジェットコースターに乗れと言っているようなものだ氣琵と仁悟は別としても一般人には肝が冷えるのもわかる。

「わかるけど今回は納得して貰わないと…。まあ傷一つつけないように守るから安心してほしいかな」

「そんなこと言ったって…」

「まあまあまあ!ちょっとヤバめのアトラクションてことで楽しそうじゃないッスか!」

「いやいやいや……ああ!もう乗りますよ乗れば良いんでしょ!これで私の安全がどうとかよく言えたもんだよね…」

「わたしはぁそれ乗らなくてもいいかなぁ。このベッドもあるしぃ」

「その雲ってそんなスピード出るの…」

綿菓子のようにふわふわとしていて柔らかい見た目とは違いそこまでの速度を持つのかと作成者でありながら驚いていた。それに対しいつもの気怠げな様子とは違い顎を冬馬たちにしゃくり全力のドヤ顔を見せつける。

「なんかちょっと腹立つけどまあ良いや。今はその後の予定も含めてなんだけどやっぱ国会議事堂には行きたいよね」

「おお!コッカイギジドー!どんな感じなんスかね」

「まあ大して面白くはないと思うよ」

「そんなこと言うもんじゃないッスよ!実物ってのはやっぱり違うもんッス」

「ふ~ん。まあたしかにそうだよね。どっちにしても行くのは確実だけど」

「ねえねえトウマ、そのあとはどうするのぉ?」

「うーんこのまま帰ってもいいともうけど…」

「ご歓談中失礼致します。冬馬様、ご提案ですが東京タワーを中心に時の使者を放っていただきたく」

そう言い入ってきたのは生真面目にも執事服を着こなす衣都遊であった。

「っていうのは?」

「恐らくですがいずれ冬馬様の敵は東京タワーを訪れます。高所かつ広範囲の周囲を見渡せる塔となれば監視にも狙撃にも使い勝手が良すぎます。ぜひとも先手を取ってこちらが占拠してしまいたい」

たしかにその可能性は大いにあった。観光気分で忘れかけていたが今は万夏と対立している身。いつ戦闘が起きてもおかしくないのだ。その時を見越し先に予防線を張るというのは重要なのだ。

「うん。わかった東京タワーについたらそうしとくね。まあ全体的に少ないけど外には僕とは関係ないいわば野生の時の使者もいるしね」

件の心臓を食べる前に出会っていた時の使者たちが東京タワー周辺までいたのならこちらとしても楽に占拠できるというものだ。いずれにしてもこの東京タワーへの観光が今後の戦局を左右させると感じるのだった。そうして食事をかき込むように食べ、水を一気飲みする。

「ん!ごちそうさま!もうちょっとしたら外に集合ね。そろそろ出発だ」

「ハイッス!」

「ところで木之伸?」

「ん?なんスか主様」

「なんでさっきから行く体で話に参加してるの?留守番組でしょ」

先程から薄々感じていたことを本人に質問すると「チッ」という小さな舌打ちが静かな教室内で鳴ったのだった。
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