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第2章 時の使者
17話 二人だけの時間
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緊張、この二文字がはっきりと浮かぶほどの鼓動が冬馬の体中に響き渡る。
目の前にはなんでもないただの扉である。そんな扉を前に冬馬が緊張する理由はその部屋の持ち主がすずであるからだ。本来であれば怖気づくことなどないのだが出発前のことや忙しさからすずとの時間が著しく減っていたことへの罪悪感が起因しているのは明確だった。
「すずを勝手に罪悪感の対象にするのはおかしいよな。カッコつけろ、僕」
冬馬は自分の頬を両手で叩き、目を覚ますようにして前を向く。一息つくと目の前の扉に人差し指でノックする。
「すず?いま入っても大丈夫?」
「……いいけど」
しばしの沈黙をははさみ、呟くように答えるすず。その回答を聞くなり冬馬は静かに扉を開けすずの部屋へと足を踏み入れる。
「…もしかして怒ってる?」
「べつに!怒ってないけど」
部屋に入ると冬馬に背を向けたままのすずが空気感でわかるほどの不機嫌さを漂わせながらソファーの上で座っていた。その原因に心当たりのある冬馬はゆっくり奥のソファーに歩き出した。
「やっぱり置いていったことに納得してないのかな。あれはすずのためを思ってのことだから。勝手とはわかっているし怒るのも当然だとは思うけど後悔はしていないよ」
「違うの!…いやそっちも許せてないけど今は違うの!!」
予想していた反応とは違い、不機嫌の理由がもう一つあったことに驚きが隠せず目を丸くしている冬馬をすずは睨みつける。
「聞いたよ。あの後ヤバいやつに出くわして死にかけたって」
「ああ…そのことね…。たしかにヤバいやつと出くわしたけど死にかけては─」
「そんなわけ無いでしょ!!現に木之伸ちゃんたちが大怪我して帰って来てたじゃん!!」
冬馬が言い終わるまでもなくすずに叱咤される。その圧力にやられて体が硬直し、言おうとしていた言い訳など吹き飛んでしまうのだった。
「そ、それは確かに無事とは言えない状態で帰ってきていたけど…」
必死に取り繕う言い訳にすずが納得するわけもなく、ジトっとした目で睨みつけたまま何も言うことなく冬馬を見つめていた。徐々に言葉に自身がなくなり、声のボリュームも下がっていくのがよくわかった。
「…で?言い訳はおしまい?」
完全に沈黙しきったことを確認するとジト目の少女の不機嫌そうに閉ざされた口が開かれる。冬馬としても申し開きはしたいものだがその威圧感と罪悪感から言葉が思い浮かばなくなる。
「でもこれだけは言いたい。すずを連れて行かなくて良かったとは思っている」
「────!!」
その地雷とも取れる一番言ってはならない一文を発する。当然その回答にすずの顔は赤くなり明らかに声も出ないほどの怒りが爆発したことが冬馬にもわかる。これで簡単に許してもら得ないことが確定した。
──しかしそれでいいのだ。
「それってどういう意味!?冬馬が死んじゃうかもしれなかったんだよ?それに─」
「逆を言えばすずが死んじゃうかもしれなかったってことにもなるんだよ」
「そんなことはっ!」
「ないわけじゃないしむしろなってた可能性のほうが高いでしょ。僕らは多少たりとも相手とやり合えるだけの力がある。けどすず、君にはないんだ」
「…それはそうだけど…」
冬馬の本音。あの場にいたらすずは確実に無傷では帰れなかった。もっと言えば最悪死んでいた可能性だってあった。あの場は実質運で生き延びたようなもの。そんな場にすずがいたと考えたら全滅する未来の想像は難くない。
「大切な人を守るためにここまで考えてきたのにその大切な人が怪我するかもしれないなんてことを進んでできるわけないよ」
「…」
その沈黙を納得と捉えるとすずの頭に手を当てそっと撫でる。すずもうつむきながら、それを拒むことなく受け入れていた。
「はい、この話はおしまい!お互いに心配し合っていただけってことで」
「…うん」
「あ、そういえば思ったんだけどさ、例の人間も発見して一件落着とは行かなかったけど一応こちらの目的も果たせたわけだし?デートも交えて遠出しようかなって…」
「え!どこどこ!?」
沈んだ空気を少しでも軽くするためにと会議終了後から考えていた新たな計画を話すと予想外の好反応に冬馬としても安心する。
一応動いた人間の確認も取れ、知りたかった情報もわかったため別の場所に観光してもいいのではと思い始めていたのだ。もとより冬馬たちの目的はすずとこの止まった世界を楽しむこと。ゲニウスや心臓のこと、時の使者などで落ち着きがなかったがようやく一段落ついたわけで今度こそ本格的にこの世界を楽しもうと思ったのだ。
「思えばだいぶ脱線して満喫しているとは嘘でも言えない状況が続いたもんね。さて、すずさん。今のところはって注釈は入るけど今考えている次の舞台ですが…」
「舞台は~?」
思わせぶりに溜める冬馬に目を輝かせて期待と楽しみさを全身で表現するすず。
「それは~我らが因縁の地、東京タワーです!!」
「と、東京タワー!!?」
明らかに目的地にしては薄くも思える場所だがすずもまたオーバー気味に反応してみせた。しかしながら実際のところすず自身東京タワーに因縁などあったのかと思ってしまう。
「あの小学生時代に残した雪辱を今果たそう!」
「あの頃…?ああ!あの遠足の時の!?まだそのこと気にしてたなんて…」
思い出したように答えると同時に小学生のことを、もう忘れてしまっていたような小さな出来事をまだ覚えていたのかと若干呆れてしまっていた。たしかにそこは二人にとって因縁といえば因縁の地。
「あのことを忘れたことなんて一秒たりともないよ。僕のせいですずの思い出を台無しにしちゃったあの日のことが」
「そんな大げさな…」
すず自身としてはもうすでに過ぎた話。まして小学生の取り返しのつくどうでもいいような事件とも言えない出来事を未だに覚えていたことに引き気味でもあった。
「もちろんその前に国会議事堂にも寄るからねっ!」
歯を輝かせるようににっこりと笑顔を向けすずに親指を立てる冬馬にますます呆れが出てくる。しかしながらどこかあの日を懐かしみながら胸を躍らせてしまっていることに若干の恥ずかしさすらも感じ、ほのかに赤くなった顔を隠すように両手で覆い「トーマのばか…」と小声でつぶやくのだった。
目の前にはなんでもないただの扉である。そんな扉を前に冬馬が緊張する理由はその部屋の持ち主がすずであるからだ。本来であれば怖気づくことなどないのだが出発前のことや忙しさからすずとの時間が著しく減っていたことへの罪悪感が起因しているのは明確だった。
「すずを勝手に罪悪感の対象にするのはおかしいよな。カッコつけろ、僕」
冬馬は自分の頬を両手で叩き、目を覚ますようにして前を向く。一息つくと目の前の扉に人差し指でノックする。
「すず?いま入っても大丈夫?」
「……いいけど」
しばしの沈黙をははさみ、呟くように答えるすず。その回答を聞くなり冬馬は静かに扉を開けすずの部屋へと足を踏み入れる。
「…もしかして怒ってる?」
「べつに!怒ってないけど」
部屋に入ると冬馬に背を向けたままのすずが空気感でわかるほどの不機嫌さを漂わせながらソファーの上で座っていた。その原因に心当たりのある冬馬はゆっくり奥のソファーに歩き出した。
「やっぱり置いていったことに納得してないのかな。あれはすずのためを思ってのことだから。勝手とはわかっているし怒るのも当然だとは思うけど後悔はしていないよ」
「違うの!…いやそっちも許せてないけど今は違うの!!」
予想していた反応とは違い、不機嫌の理由がもう一つあったことに驚きが隠せず目を丸くしている冬馬をすずは睨みつける。
「聞いたよ。あの後ヤバいやつに出くわして死にかけたって」
「ああ…そのことね…。たしかにヤバいやつと出くわしたけど死にかけては─」
「そんなわけ無いでしょ!!現に木之伸ちゃんたちが大怪我して帰って来てたじゃん!!」
冬馬が言い終わるまでもなくすずに叱咤される。その圧力にやられて体が硬直し、言おうとしていた言い訳など吹き飛んでしまうのだった。
「そ、それは確かに無事とは言えない状態で帰ってきていたけど…」
必死に取り繕う言い訳にすずが納得するわけもなく、ジトっとした目で睨みつけたまま何も言うことなく冬馬を見つめていた。徐々に言葉に自身がなくなり、声のボリュームも下がっていくのがよくわかった。
「…で?言い訳はおしまい?」
完全に沈黙しきったことを確認するとジト目の少女の不機嫌そうに閉ざされた口が開かれる。冬馬としても申し開きはしたいものだがその威圧感と罪悪感から言葉が思い浮かばなくなる。
「でもこれだけは言いたい。すずを連れて行かなくて良かったとは思っている」
「────!!」
その地雷とも取れる一番言ってはならない一文を発する。当然その回答にすずの顔は赤くなり明らかに声も出ないほどの怒りが爆発したことが冬馬にもわかる。これで簡単に許してもら得ないことが確定した。
──しかしそれでいいのだ。
「それってどういう意味!?冬馬が死んじゃうかもしれなかったんだよ?それに─」
「逆を言えばすずが死んじゃうかもしれなかったってことにもなるんだよ」
「そんなことはっ!」
「ないわけじゃないしむしろなってた可能性のほうが高いでしょ。僕らは多少たりとも相手とやり合えるだけの力がある。けどすず、君にはないんだ」
「…それはそうだけど…」
冬馬の本音。あの場にいたらすずは確実に無傷では帰れなかった。もっと言えば最悪死んでいた可能性だってあった。あの場は実質運で生き延びたようなもの。そんな場にすずがいたと考えたら全滅する未来の想像は難くない。
「大切な人を守るためにここまで考えてきたのにその大切な人が怪我するかもしれないなんてことを進んでできるわけないよ」
「…」
その沈黙を納得と捉えるとすずの頭に手を当てそっと撫でる。すずもうつむきながら、それを拒むことなく受け入れていた。
「はい、この話はおしまい!お互いに心配し合っていただけってことで」
「…うん」
「あ、そういえば思ったんだけどさ、例の人間も発見して一件落着とは行かなかったけど一応こちらの目的も果たせたわけだし?デートも交えて遠出しようかなって…」
「え!どこどこ!?」
沈んだ空気を少しでも軽くするためにと会議終了後から考えていた新たな計画を話すと予想外の好反応に冬馬としても安心する。
一応動いた人間の確認も取れ、知りたかった情報もわかったため別の場所に観光してもいいのではと思い始めていたのだ。もとより冬馬たちの目的はすずとこの止まった世界を楽しむこと。ゲニウスや心臓のこと、時の使者などで落ち着きがなかったがようやく一段落ついたわけで今度こそ本格的にこの世界を楽しもうと思ったのだ。
「思えばだいぶ脱線して満喫しているとは嘘でも言えない状況が続いたもんね。さて、すずさん。今のところはって注釈は入るけど今考えている次の舞台ですが…」
「舞台は~?」
思わせぶりに溜める冬馬に目を輝かせて期待と楽しみさを全身で表現するすず。
「それは~我らが因縁の地、東京タワーです!!」
「と、東京タワー!!?」
明らかに目的地にしては薄くも思える場所だがすずもまたオーバー気味に反応してみせた。しかしながら実際のところすず自身東京タワーに因縁などあったのかと思ってしまう。
「あの小学生時代に残した雪辱を今果たそう!」
「あの頃…?ああ!あの遠足の時の!?まだそのこと気にしてたなんて…」
思い出したように答えると同時に小学生のことを、もう忘れてしまっていたような小さな出来事をまだ覚えていたのかと若干呆れてしまっていた。たしかにそこは二人にとって因縁といえば因縁の地。
「あのことを忘れたことなんて一秒たりともないよ。僕のせいですずの思い出を台無しにしちゃったあの日のことが」
「そんな大げさな…」
すず自身としてはもうすでに過ぎた話。まして小学生の取り返しのつくどうでもいいような事件とも言えない出来事を未だに覚えていたことに引き気味でもあった。
「もちろんその前に国会議事堂にも寄るからねっ!」
歯を輝かせるようににっこりと笑顔を向けすずに親指を立てる冬馬にますます呆れが出てくる。しかしながらどこかあの日を懐かしみながら胸を躍らせてしまっていることに若干の恥ずかしさすらも感じ、ほのかに赤くなった顔を隠すように両手で覆い「トーマのばか…」と小声でつぶやくのだった。
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