止まった世界であなたと

遠藤まめ

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第2章 時の使者

16話 屈辱的撤退

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負けた。
世界一とはいえただの人間一人にしてやられた。
その事実は時の使者として、また冬馬の護衛として屈辱的であり、取り返しのつかないものであった。

「人間一匹にこのザマとは…マジで笑えないっスよ」

「とにかく生きて帰れただけよかったよ…」

学校の校庭にて逃げ帰った三人は安堵と悔恨の念を隠すことなく出していた。

「それに十分な情報が手に入ったし」

「…というのは?」

「キョウヤは何かを口にしてから二人を圧倒した。つまりはドーピングしてたってわけ」

タネは分からないが冬馬の見立ててあればキョウヤは何かしらの薬をのみ、その力を増大させたといったところである。そしてこの一件の裏側で鍵を握るのは間違いなく

「アイツだろうな…」

「あいつ?主様、アイツって誰っスか?」

「前言った僕らの敵だよ。もとより動ける人間がいた時点ではっきりしてる」

「ってことはさっきの人間も…」

「敵だろうな。少なからず友好的な立場ではないだろう」

歩院もまた会話に参加する。冷静な声音と態度ではあるが心の奥では悔しさでいっぱいだろうことを示すようにいつもに増してより無愛想であった。

「とにかく報告を。歩院、衣都遊の所に行って事情を伝えておいて。木之伸は輝宝のところで回復をしよう」

「承知した」
「はいっス」

二人は返事と同時に移動を開始、ものの数秒で校庭には冬馬一人が残されていた。

「みんなを呼ぶ…訳にもいかないよな。あいつにも居場所が割れちゃう」

不要な行動、危険が伴うことを軽率に行うことはできない。それはすずが近くにいるからというのも否定しないがそれだけでもない。

「あのとき俺は何もしなかった…できなかったのか」

目の前で仲間が殴られているのを見て体が動かなかった。最後の最後に気力を振り絞ってした攻撃が横からの不意打ち。正面突破でもなくタイミングがずれていれば歩院に危険が及んでいた。そもそも─

「いや。それ以上考えるのは駄目だ」

前を向きうっかり考えそうになった言葉をもみ消す。両頬を叩き、昇降口へと歩き出す。

────────────

「つまりは平治が蹴飛ばした人間を見つけたは良いものの見事返り討ちにされて逃げ帰ったと」
    
「いやー面目ねぇッス!」

探索していた十二使の帰還後、会議室にて一部欠席はあれど揃ったメンバーを前に衣都遊が状況を説明する。先程とは打って変わり茶羅けた木之伸が反応することにどこか安心を覚えつつも重要なのはそこではないとすぐに意識を切り替える。

「彼は、キョウヤは格闘技で言えば人間最強の存在。あとから突然強くなったのにもからくりはあるはずだ」

「そーッスよ!最初は弱っちぃ雑魚だったのに急に強くなるんスもん。何だったんスかね、あれ」

「何かを口にしていた気がするんだよね。よく見えなかったけどなにか小さいもの…薬?」

「薬ぃ?それってぇ、あっち方は我々に対抗する術を持ってるってことですかぁ?」

「いや、予備として偶然備えていたものが役に立った。ということも否定できない。まあいずれにしてもその薬を作るだけの技術を持った人間が一人以上いるということに変わりはないが」

「たった一回ヘイシちゃんに蹴られただけでそこまでのものを作っちゃうなんてちょっと変だけどねぇ…」

「とにかく、たとえそれが何であろうと相手方は我々よりも強くなれる術を持ってる。迂闊に手出しするのは危険ってことは確かだな」

聞いた情報を基にして考察する氣琵と仁悟を遮るように話をまとめる塀術。
この一件、会話をしていると感じる違和感。その正体がなにかが定かでないが偶然などでは片付けられないものであるのは事実。何か見落としている気が

「冬馬様?いかが致しましたか?」

「お腹でも痛いっスか?」

「いや。ちょっとわかんないなって」

その違和感の正体は分からないがいつか分かる。いずれにしても

「とにかく。キョウヤっていう人間には注意を。もし遭遇したとしても無闇に攻撃はせず随時報告してほしい」 

冬馬の指示を聞くと一同は乱れなく整ったタイミングで返事するのだった。

「それにしても今回も欠席は亢進と進紫か」

「引っ張り出しましょうか?」

ふと気になり息を吐くように呟いた冬馬の言葉に衣都遊が答える。

「いや、いいんだ。別に今回の一件の状況を知っていようといまいと二人には関係ないものだしね」

「それは…」

衣都遊は否定を最後まですることなく黙り込む。メンバーの特徴や性格、力量も分かっている彼にとってそれは否定しきれないものである証明にもなる。

「とにかく!話し合いはここまで!」

手を合わせるように叩き、乾いた音を周囲に響かせ冬馬への注目を集めそう言い締めくくったのだった。

「最後に一つだけ、冬馬様はこれからどうなさるので?」

帝中が控えめに手を挙げながら質問する。その優しい顔立ちとは裏腹に試すかのような威圧感を残し冬馬の回答を待つ。

「うーん…具体的にこう!っていうのは無いけど少し鍛錬かな。そのときはみんなにも協力を仰ぐかもしれないけど」

それを察している冬馬だがここは敢えてと言葉を選ばず思ったことをその通りに伝える。情けなく片目を瞑り頬をかきながら答えた冬馬に周囲も黙っている。

「儂でよければ喜んでご協力いたします」

しばしの沈黙を後に帝中は優しい笑顔を崩すことなく答える。そこにはもう先のような威圧感は消え、ただただ笑顔の大男がいたのだった。
それに対し冬馬は魂が抜けたかのようなため息をつきながら安堵する。気に障ることを言えば三秒となく殺されていたかもしれない空気感からの開放は変わらないはずの酸素でもいつもの数倍は美味く感じたのだった。
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