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第2章 時の使者
12話 久しい感覚
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突然の起床、心地の良かった夢から現実世界へと引き戻される忌まわしい瞬間。冬馬にとって目覚めとはあまり好ましいものではない。夢を見て、目が覚めて夢を忘れる。大切なことの気がするのに無慈悲にも忘れる。そして謎の嫌悪感が冬馬を苛む。
誤解してほしくないのは決して寝起きが悪いということではない。楽しくもない夢を見て絶対に忘れてはいけないはずのことを思い出しているのに、起きた瞬間記憶から抜け落ちてしまう。その妙な喪失感を毎回味わなくてはならない、まさに拷問の類とも言える。
「まぁ、こんなの誰にでもあることなんだろうけどね」
社会人は皆経験していそうな起床後の憂鬱感を高校生にして現在進行系で味わうことになるとは。
隣の部屋を覗くとすずが穏やかな表情で眠っている。乱雑にめくれたシーツからすずの足が飛び出していて幼い頃からの寝相の悪さは治っていないのだなと回顧する。
シーツを掛け直しすずの足をしまう。本人は目覚めることなく寝返りをうつとまた眠ってしまっていた。そこに愛着が湧きつつ、音を立てることなく副校長室の扉を閉じて自室へと戻る。
着替えなどを済ませ、身支度を整えると廊下への扉を開く。相変わらず歩院が部屋の前で待ってくれている。これもきっと彼なりの忠誠なのだろう。
「おはよう、歩院。行こうか」
「冬馬殿、おはようございます。仁悟が食事の用意をしている。それまでの間食堂でお待ちいただきたいとのことで」
「そっか。朝ごはんってやつね」
「のようで」
久しぶりの朝食が夕方に行われるという混乱してしまうイベントではあるが気分は悪くない。夕日に当てられて食べるご飯よそれはそれでいいと感じる。
三階の校長室から二階へと向かっていく。調理室から一番近い教室を食堂としているため料理の匂いがすでに届いてくる。食欲の唆る香りは食堂についてもなお続き、より冬馬の腹を空かせる。
「ちなみに今回は何時間?」
「おそらく三時間半ほどかと」
「マジか。結構寝た自信あったんだけどな」
「昨日よりかは若干眠れているようではある故、それは十分な進歩であると某は考えるがな」
「ま、それもそうだよね」
歩院のたまに見せるポジティブさは冬馬にも影響を与える。マイナス思考の冬馬にとって新たな価値観を見出してくれる。
「おはようございます。冬馬様」
「仁悟おはよ。いい香りだ…ね?」
美男子がワゴンに乗せて料理を運び出す。厨房と化した家庭科室から来た食欲をくすぐる薫香は見るからに美味な食事とともに漂う。ただ一つ違和感があるとすれば─
「成長しすぎじゃない?」
明らかに並んでいる料理の質が初心者とは遠くかけ離れていたことである。
「これから上達していくよ」そう冬馬は初心者調理人の仁悟と料理をした際に評価した。なにせ初心者とは思えない完成度と手際だったのだから。
そのため発言に後悔や撤回をするつもりはない。ないが明らかにその上達のスピードがおかしいのだ。
冬馬の目の前に並んでいくのは今までで食べたことのないような料理の数々。スーパーからくすねてきたものとは思えない完成度を誇り、どれも高級レストランに出されるような料理そのものであった。
「お褒めいただき、光栄にございます」
丁寧なお辞儀と優しい声。そのすべてが仁悟の魅力となって輝かせていた。悔しいがかっこいいと思ってしまう。
「それにしても朝からこんなに贅沢しちゃって良いのかな…」
「周囲のスーパーの場所は特定済みです。それに冬馬様とすず様のお二人分しか作る必要がないため食料もそこまで減らないので」
「もう盗ることは確定事項なのね…」
余談だが冬馬は使者の起こす犯罪行為のほとんどを咎めることはない。止まった世界と動いた世界では常識が違う。故に法も無いと同義なのだと考えているからである。
動いている人間の殺害以外であればある程度の蛮行も認めているのだ。
「ていうか、何でこんなにすごい料理が急にできるようになったの?」
「あぁ、おそらく料理の本や雑誌を読みふけっていたからじゃないですかね。つい夢中になってしまって…」
「勉強熱心と言うかなんというか…」
恥ずかしそうに語るがその内容はあの料理本・雑誌を読みふけっていたというある意味恐ろしい所業である。
どこから読めば良いかもわからず、つい適当に流し読みしてしまうあの本たちを真剣に読んで応用までしたというのか。というか読んだだけでここまで出来てしまうものなのか。
「せっかくだし温かいうちに…いただきます」
フォークとナイフを使いテーブルに置かれる料理の数々を口にする。朝というのもあってか脂っこいものは少なく、あっさりとしていながらも噛むたびに口の中で溢れ出んとする旨味が冬馬の心を満たしていった。サラダにしても盛り付けからドレッシングまで最高のできを誇り、思わず舌鼓をうってしまったほどだ。
昨日の弟子は今のプロ。ひよっこだと思っていた教え子は一日にして鳳凰にまで成り上がってしまったのかと寂しさすらも捨て置くスピードで成長を見せつけられていたのだった。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「ありがとうございます。お口にあってよかった」
あっという間に完食してしまっていたということに気付いたのは食べるものが見つからなくなってからであった。余計なことを考えないで食べることに専念したのはいつぶりか、またすずと共に食べられるようになるのが待ち遠しく感じてしまう。
「この人間探しが終わったら…ってなんかフラグっぽいな…」
不吉な台詞を意図せず吐いてしまい、嫌な予感がするものの人間捜索の支度を始める。といっても用意するものなどたかが知れているが。
「そろそろ行こうか。みんなも待ってるだろうし」
歩院と仁悟も続き昇降口へと歩きだす。教室を覗くと使者たちが様々な仕事をしているのが分かる。科学武器の調合や食料の保管、学校周辺の変化を記すなど自分には想像もできなかった仕事がそれぞれの教室で執り行われている。
「なるべく早く見つけたいなぁ…」
弱音とも取れる呟きだがもし人間を見つけることが出来ればそのメリットは明確だ。それにこの止まった現象についても分かることがあるかもしれないという思いもある。仕組みが分かれば動かす方法を先回りして潰すこともできる。
その期待が期待で止まることがないことを願い、人間探しにより気合が入っていったのだった。
誤解してほしくないのは決して寝起きが悪いということではない。楽しくもない夢を見て絶対に忘れてはいけないはずのことを思い出しているのに、起きた瞬間記憶から抜け落ちてしまう。その妙な喪失感を毎回味わなくてはならない、まさに拷問の類とも言える。
「まぁ、こんなの誰にでもあることなんだろうけどね」
社会人は皆経験していそうな起床後の憂鬱感を高校生にして現在進行系で味わうことになるとは。
隣の部屋を覗くとすずが穏やかな表情で眠っている。乱雑にめくれたシーツからすずの足が飛び出していて幼い頃からの寝相の悪さは治っていないのだなと回顧する。
シーツを掛け直しすずの足をしまう。本人は目覚めることなく寝返りをうつとまた眠ってしまっていた。そこに愛着が湧きつつ、音を立てることなく副校長室の扉を閉じて自室へと戻る。
着替えなどを済ませ、身支度を整えると廊下への扉を開く。相変わらず歩院が部屋の前で待ってくれている。これもきっと彼なりの忠誠なのだろう。
「おはよう、歩院。行こうか」
「冬馬殿、おはようございます。仁悟が食事の用意をしている。それまでの間食堂でお待ちいただきたいとのことで」
「そっか。朝ごはんってやつね」
「のようで」
久しぶりの朝食が夕方に行われるという混乱してしまうイベントではあるが気分は悪くない。夕日に当てられて食べるご飯よそれはそれでいいと感じる。
三階の校長室から二階へと向かっていく。調理室から一番近い教室を食堂としているため料理の匂いがすでに届いてくる。食欲の唆る香りは食堂についてもなお続き、より冬馬の腹を空かせる。
「ちなみに今回は何時間?」
「おそらく三時間半ほどかと」
「マジか。結構寝た自信あったんだけどな」
「昨日よりかは若干眠れているようではある故、それは十分な進歩であると某は考えるがな」
「ま、それもそうだよね」
歩院のたまに見せるポジティブさは冬馬にも影響を与える。マイナス思考の冬馬にとって新たな価値観を見出してくれる。
「おはようございます。冬馬様」
「仁悟おはよ。いい香りだ…ね?」
美男子がワゴンに乗せて料理を運び出す。厨房と化した家庭科室から来た食欲をくすぐる薫香は見るからに美味な食事とともに漂う。ただ一つ違和感があるとすれば─
「成長しすぎじゃない?」
明らかに並んでいる料理の質が初心者とは遠くかけ離れていたことである。
「これから上達していくよ」そう冬馬は初心者調理人の仁悟と料理をした際に評価した。なにせ初心者とは思えない完成度と手際だったのだから。
そのため発言に後悔や撤回をするつもりはない。ないが明らかにその上達のスピードがおかしいのだ。
冬馬の目の前に並んでいくのは今までで食べたことのないような料理の数々。スーパーからくすねてきたものとは思えない完成度を誇り、どれも高級レストランに出されるような料理そのものであった。
「お褒めいただき、光栄にございます」
丁寧なお辞儀と優しい声。そのすべてが仁悟の魅力となって輝かせていた。悔しいがかっこいいと思ってしまう。
「それにしても朝からこんなに贅沢しちゃって良いのかな…」
「周囲のスーパーの場所は特定済みです。それに冬馬様とすず様のお二人分しか作る必要がないため食料もそこまで減らないので」
「もう盗ることは確定事項なのね…」
余談だが冬馬は使者の起こす犯罪行為のほとんどを咎めることはない。止まった世界と動いた世界では常識が違う。故に法も無いと同義なのだと考えているからである。
動いている人間の殺害以外であればある程度の蛮行も認めているのだ。
「ていうか、何でこんなにすごい料理が急にできるようになったの?」
「あぁ、おそらく料理の本や雑誌を読みふけっていたからじゃないですかね。つい夢中になってしまって…」
「勉強熱心と言うかなんというか…」
恥ずかしそうに語るがその内容はあの料理本・雑誌を読みふけっていたというある意味恐ろしい所業である。
どこから読めば良いかもわからず、つい適当に流し読みしてしまうあの本たちを真剣に読んで応用までしたというのか。というか読んだだけでここまで出来てしまうものなのか。
「せっかくだし温かいうちに…いただきます」
フォークとナイフを使いテーブルに置かれる料理の数々を口にする。朝というのもあってか脂っこいものは少なく、あっさりとしていながらも噛むたびに口の中で溢れ出んとする旨味が冬馬の心を満たしていった。サラダにしても盛り付けからドレッシングまで最高のできを誇り、思わず舌鼓をうってしまったほどだ。
昨日の弟子は今のプロ。ひよっこだと思っていた教え子は一日にして鳳凰にまで成り上がってしまったのかと寂しさすらも捨て置くスピードで成長を見せつけられていたのだった。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「ありがとうございます。お口にあってよかった」
あっという間に完食してしまっていたということに気付いたのは食べるものが見つからなくなってからであった。余計なことを考えないで食べることに専念したのはいつぶりか、またすずと共に食べられるようになるのが待ち遠しく感じてしまう。
「この人間探しが終わったら…ってなんかフラグっぽいな…」
不吉な台詞を意図せず吐いてしまい、嫌な予感がするものの人間捜索の支度を始める。といっても用意するものなどたかが知れているが。
「そろそろ行こうか。みんなも待ってるだろうし」
歩院と仁悟も続き昇降口へと歩きだす。教室を覗くと使者たちが様々な仕事をしているのが分かる。科学武器の調合や食料の保管、学校周辺の変化を記すなど自分には想像もできなかった仕事がそれぞれの教室で執り行われている。
「なるべく早く見つけたいなぁ…」
弱音とも取れる呟きだがもし人間を見つけることが出来ればそのメリットは明確だ。それにこの止まった現象についても分かることがあるかもしれないという思いもある。仕組みが分かれば動かす方法を先回りして潰すこともできる。
その期待が期待で止まることがないことを願い、人間探しにより気合が入っていったのだった。
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