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第2章 時の使者
11話 食事という名のエネルギー補給
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「ジーン!ご飯作れるって!」
昇降口には仕分けを済ませて片付けを終えていた仁悟の姿があった。
身長は百七十センチほどですらっとしたシルエット、黒のオーバーサイズTシャツにデニムパンツと十二使には珍しいまともな服装で平治に並ぶ安心感があった。黒髪で男子にしては若干長くも感じる髪型ではあるがしっかり整えられていて悔しいが女性ウケするタイプのイケメンだと感じた。
「ご飯?…まさか氣琵…!」
「ごめんねぇ勝手に言っちゃってぇ」
「と、冬馬様。それにすず様まで…会議に参加できず挙げ句我儘まで…」
「いいんだよ。むしろ僕らとしてもありがたいし」
「それよりもジン、ご飯今から作れるぅ?」
「今から!?やり方もわからないってのに…」
唐突な要求に驚くのも無理はない。あくまで仁悟の要求は“してみたい”の段階であり出来るとは言っていない未経験者なのだから。
「料理の本ならあるし僕もできる限り説明はするから」
「こんな澄ました顔してるけどぉ、一日食べてなくてぶっ倒れそうなんだってぇ」
「えぇっ!それを早く教えてよ!」
苦笑している冬馬だがよく見ればふらついて目の焦点も時々合わないでぼーっとしている。危険としか言いようがなかった。これだけ力を使っておきながら一食も摂っていなければこうなるのも当然なのだが。
────────────
「料理をするにあたって必要なこと!それは手を洗う!賞味期限を見る!腐ってないか確認する!これらのことを踏まえてからが始まりだよ」
それらしいことを言っているが実際のところこれから何をすべきかわかっていない。
作る料理も決まっていない状態で材料だけが並べられる。そもそも止まった世界の影響を受けた肉は食べられるのか。
「と、冬馬様?この格好は…」
「エプロンっていうんだけど料理をするにあたってこの格好は戦闘服と同じ、着用はマスト。ね」
冬馬含めこの部屋にいる使者は皆エプロンを着用させている。それは当然仁悟も例外じゃないわけで。特に他意はないがあえて女子用のピンクエプロンを渡し着させているがそれはそれで似合ってしまうのが悔しいところ。というよりお世辞抜きで何を着せても似合いそうなのだ。
「今回は仁悟の初めての料理だし質素にベーコンエッグとかでいいかな」
料理初心者の王道、ベーコンエッグ。ベーコンと卵を焼くだけの簡単料理でミスのしようがないものだ。包丁の使い方も教えたいためあえてベーコンは一口サイズに設定していた。
「ベーコンエッグ…が、頑張ってみます…!」
不安な様子の仁悟、イケメンだからかその姿さえも様になってしまう。どこか恨めしく思いながらも初心者らしい反応に頬が緩む。
──仁悟はイケメンである。衣都遊や塀述も美男子だがそういう系統の顔の整い方とは違い冬馬が嫉妬するタイプのイケメンなのだ。それ故に弱点を見つけ優越感を見出したい。醜いとわかっていてもしてしまうのはプライドの高さが現れているのか。
そんな冬馬の必死な粗探しは失敗に終わる。その理由こそ─
「……お上手なのね…。素質しか無いよ」
「お褒め頂けて恐悦です」
非の打ち所がない器用さだった。料理初心者に対抗しようと冬馬が中学時代に何ヶ月も練習して習得した唯一の得意技である片手一発卵割りを披露したところ「僕もやってみようかな」という冗談で真似されてしかも一発成功。これには流石の冬馬も涙が出た。
米の炊き方も教えたが初心者とは思えない完成度、艶がある米とはこのことなのだと知らされる。
「あとはその棚にあるお皿に盛り付けて完成ね」
今回に限り使者にも向けて作っているため事前に断られてしまった亢進・進紫を除いて十人前を作り盛り付ける。他の一般使者たちには口があるのかすらわからないため断念。
「よし、晴れて完成だよ。仁悟、はっきり言うけど君は天才だ。これからより上達すると思うよ」
「ご指導いただきありがとうございました」
冬馬のわくわくお料理教室は尊厳破壊付きで終了したのだった。
────────────
食堂、といっても普通の教室の机を合体させて長いテーブルを作っただけの部屋であるが。十席分用意されておりその似非長テーブルの上にはベーコンエッグと質素ながらに並んでいた。
「生き物と作ってくれた仁悟に感謝して。いただきます!」
「イタダキマス?」
「僕らの世界では食べ物になってくれた生き物と作ってくれた人などに感謝するんだ。それを頂きますって言うことで伝えるの」
「へぇ~」
食べることを知らない使者にとっていただきますの一言は新鮮らしく戸惑いを隠しきれていなかった。
「じゃあもう一回、いただきます!」
「いただきます」
冬馬とすずを含めて十二人揃った感謝の言葉は清々しいものであった。各々が食べ始まり少しすると諸事情につき追い出されたことにより膨れていたすずも匂いの誘惑に負け美味しそうに頬張る。コンビニのおにぎりや非常食などの質素なものばかり口にしていたすずには久しぶりのまともな食事であった。
「おいしーね!」
「そうだね」
力を使っていくことにより相応の体力を必要とされるこの環境で良質な食事は必須であった。食事という名のエネルギー補給は成功と言わざるを得なかった。
「食事中だけど今後の計画を練っていきたい。まずは人間探しかな?」
「今日と同じようにグループで今度は柱を見て!軽率な行動を避けて!探索してほしいものですね」
衣都遊は誰に宛てるとも言わずに暗に示すかのように強調していた。
「め、メンバーは同じでもう一度探索に行こうか。柱玉も余ってるしね」
そう言うと使者からの反対意見はなく例の人間の捜索が確定した。
「トーマ、前から気になってたんだけどお城ってどれくらいの大きさにするの?」
「ああ、超ビッグで最強のゴージャスお城ってきのし─」
「そんなすごいもの建てて魔王にでもなろうっての?確かにお城って聞いたときからある程度すごいのは予想してたけどそんな小学生くらいの語彙力と着想で決めてたなんて……」
その瞬間、不穏な空気が立ち込まれていったのが全員に伝わった。すずが呆れている、うまく弁明しなくては
「き、木之伸が持ち出してきた提案だよ?かっこいいからって…ね?」
自分ながらにナイスパス、木之伸には悪いが怒りの矛先は押し付けさせてもらおう。元を正せば彼女の提案から始まったことなのだ自分はそれを受け入れたまでなのだから。
すずの注目は木之伸に移る。後のことは頑張ってくれ─
「はぁ!?な、なんのことッスか?主様の提案でしょ?」
この道化は何を言っているのだろうか。城の提案が冬馬?恐ろしいほどの嘘っぷりに思わず手が出そうになる。
「人のせい…トーマは部下に責任を押し付けるクソ上司なの…?」
「すずさん?汚い言葉は使っちゃだめですよ…?クソだなんて…」
あ、詰んだ。これ以上は何を言っても通じない。あの道化少女にまんまとやられたのだ。
いつもそうなのだ。人のせいにするのはすずが特に嫌っている行為のためどんな言い訳も聞かず雷が落ちる。
「冬馬、後で私の部屋に。お話があります」
「……はい」
その後、すずから誤解を解くのに三時間も要してしまったのはまた別の話。
そして冬馬の心には道化師少女に対する恨みが募っていったのだった。
昇降口には仕分けを済ませて片付けを終えていた仁悟の姿があった。
身長は百七十センチほどですらっとしたシルエット、黒のオーバーサイズTシャツにデニムパンツと十二使には珍しいまともな服装で平治に並ぶ安心感があった。黒髪で男子にしては若干長くも感じる髪型ではあるがしっかり整えられていて悔しいが女性ウケするタイプのイケメンだと感じた。
「ご飯?…まさか氣琵…!」
「ごめんねぇ勝手に言っちゃってぇ」
「と、冬馬様。それにすず様まで…会議に参加できず挙げ句我儘まで…」
「いいんだよ。むしろ僕らとしてもありがたいし」
「それよりもジン、ご飯今から作れるぅ?」
「今から!?やり方もわからないってのに…」
唐突な要求に驚くのも無理はない。あくまで仁悟の要求は“してみたい”の段階であり出来るとは言っていない未経験者なのだから。
「料理の本ならあるし僕もできる限り説明はするから」
「こんな澄ました顔してるけどぉ、一日食べてなくてぶっ倒れそうなんだってぇ」
「えぇっ!それを早く教えてよ!」
苦笑している冬馬だがよく見ればふらついて目の焦点も時々合わないでぼーっとしている。危険としか言いようがなかった。これだけ力を使っておきながら一食も摂っていなければこうなるのも当然なのだが。
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「料理をするにあたって必要なこと!それは手を洗う!賞味期限を見る!腐ってないか確認する!これらのことを踏まえてからが始まりだよ」
それらしいことを言っているが実際のところこれから何をすべきかわかっていない。
作る料理も決まっていない状態で材料だけが並べられる。そもそも止まった世界の影響を受けた肉は食べられるのか。
「と、冬馬様?この格好は…」
「エプロンっていうんだけど料理をするにあたってこの格好は戦闘服と同じ、着用はマスト。ね」
冬馬含めこの部屋にいる使者は皆エプロンを着用させている。それは当然仁悟も例外じゃないわけで。特に他意はないがあえて女子用のピンクエプロンを渡し着させているがそれはそれで似合ってしまうのが悔しいところ。というよりお世辞抜きで何を着せても似合いそうなのだ。
「今回は仁悟の初めての料理だし質素にベーコンエッグとかでいいかな」
料理初心者の王道、ベーコンエッグ。ベーコンと卵を焼くだけの簡単料理でミスのしようがないものだ。包丁の使い方も教えたいためあえてベーコンは一口サイズに設定していた。
「ベーコンエッグ…が、頑張ってみます…!」
不安な様子の仁悟、イケメンだからかその姿さえも様になってしまう。どこか恨めしく思いながらも初心者らしい反応に頬が緩む。
──仁悟はイケメンである。衣都遊や塀述も美男子だがそういう系統の顔の整い方とは違い冬馬が嫉妬するタイプのイケメンなのだ。それ故に弱点を見つけ優越感を見出したい。醜いとわかっていてもしてしまうのはプライドの高さが現れているのか。
そんな冬馬の必死な粗探しは失敗に終わる。その理由こそ─
「……お上手なのね…。素質しか無いよ」
「お褒め頂けて恐悦です」
非の打ち所がない器用さだった。料理初心者に対抗しようと冬馬が中学時代に何ヶ月も練習して習得した唯一の得意技である片手一発卵割りを披露したところ「僕もやってみようかな」という冗談で真似されてしかも一発成功。これには流石の冬馬も涙が出た。
米の炊き方も教えたが初心者とは思えない完成度、艶がある米とはこのことなのだと知らされる。
「あとはその棚にあるお皿に盛り付けて完成ね」
今回に限り使者にも向けて作っているため事前に断られてしまった亢進・進紫を除いて十人前を作り盛り付ける。他の一般使者たちには口があるのかすらわからないため断念。
「よし、晴れて完成だよ。仁悟、はっきり言うけど君は天才だ。これからより上達すると思うよ」
「ご指導いただきありがとうございました」
冬馬のわくわくお料理教室は尊厳破壊付きで終了したのだった。
────────────
食堂、といっても普通の教室の机を合体させて長いテーブルを作っただけの部屋であるが。十席分用意されておりその似非長テーブルの上にはベーコンエッグと質素ながらに並んでいた。
「生き物と作ってくれた仁悟に感謝して。いただきます!」
「イタダキマス?」
「僕らの世界では食べ物になってくれた生き物と作ってくれた人などに感謝するんだ。それを頂きますって言うことで伝えるの」
「へぇ~」
食べることを知らない使者にとっていただきますの一言は新鮮らしく戸惑いを隠しきれていなかった。
「じゃあもう一回、いただきます!」
「いただきます」
冬馬とすずを含めて十二人揃った感謝の言葉は清々しいものであった。各々が食べ始まり少しすると諸事情につき追い出されたことにより膨れていたすずも匂いの誘惑に負け美味しそうに頬張る。コンビニのおにぎりや非常食などの質素なものばかり口にしていたすずには久しぶりのまともな食事であった。
「おいしーね!」
「そうだね」
力を使っていくことにより相応の体力を必要とされるこの環境で良質な食事は必須であった。食事という名のエネルギー補給は成功と言わざるを得なかった。
「食事中だけど今後の計画を練っていきたい。まずは人間探しかな?」
「今日と同じようにグループで今度は柱を見て!軽率な行動を避けて!探索してほしいものですね」
衣都遊は誰に宛てるとも言わずに暗に示すかのように強調していた。
「め、メンバーは同じでもう一度探索に行こうか。柱玉も余ってるしね」
そう言うと使者からの反対意見はなく例の人間の捜索が確定した。
「トーマ、前から気になってたんだけどお城ってどれくらいの大きさにするの?」
「ああ、超ビッグで最強のゴージャスお城ってきのし─」
「そんなすごいもの建てて魔王にでもなろうっての?確かにお城って聞いたときからある程度すごいのは予想してたけどそんな小学生くらいの語彙力と着想で決めてたなんて……」
その瞬間、不穏な空気が立ち込まれていったのが全員に伝わった。すずが呆れている、うまく弁明しなくては
「き、木之伸が持ち出してきた提案だよ?かっこいいからって…ね?」
自分ながらにナイスパス、木之伸には悪いが怒りの矛先は押し付けさせてもらおう。元を正せば彼女の提案から始まったことなのだ自分はそれを受け入れたまでなのだから。
すずの注目は木之伸に移る。後のことは頑張ってくれ─
「はぁ!?な、なんのことッスか?主様の提案でしょ?」
この道化は何を言っているのだろうか。城の提案が冬馬?恐ろしいほどの嘘っぷりに思わず手が出そうになる。
「人のせい…トーマは部下に責任を押し付けるクソ上司なの…?」
「すずさん?汚い言葉は使っちゃだめですよ…?クソだなんて…」
あ、詰んだ。これ以上は何を言っても通じない。あの道化少女にまんまとやられたのだ。
いつもそうなのだ。人のせいにするのはすずが特に嫌っている行為のためどんな言い訳も聞かず雷が落ちる。
「冬馬、後で私の部屋に。お話があります」
「……はい」
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