止まった世界であなたと

遠藤まめ

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第2章 時の使者

10話 サッカーと食べ物

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「それにしても食料か…コンビニの物も無くなってたところだしちょうど良かったな」

「そういえば主様ってご飯食べてるんスか?」

「…人は一日くらい何も食べなくても死なないんだよ?」

「いや分かんないけど良くないことだと思いまスよ…それ」

嘘はついていない。ちょっとふらついて力が出なくなるだけである。

「あほトーマ。そんなわけないでしょ!」

「す、すず様!?おはようございます…!」

すず様、と呼ばれた少女は冬馬の頭を軽く叩いて突っ込む。その声に安心感を覚えつつ振り向くといつも見てきた恋人が頬を膨らませて立っていた。

「すず、おはよ」

「おはよ。じゃない!私を置いてってどこ行ったかと思ったら一日ご飯食べてなかったなんて…」

「ごめんごめん。それに水はちゃんと飲んでたから」

「あたりまえなの!」

普段から吊り目気味ではあったが怒るとよりそれが目立っていた。他の使者たちの取り付く島もなく、ただただ怒られている姿を見ている他なかった。

「すず様も昨日からなにも食べてないんッスか?」

「全然食べてるよ!ばかトーマのことだし自分の分も私に回してたんでしょ」

「うぐ……まぁ水は飲んでたから…」

「それだけじゃだめだって言ってんの!」

「くすくす…主様完全に嫁に弱い夫ッスね…」

そう言いながら怒られる冬馬を嘲笑している道化服の少女はさながら主従関係を忘れているようにも見えた。

「ところですず様、こちらにはどのようなご用事で?」

「いや特に無いんだけどね、会議室が騒がしかったからなにかと思って見に来たの」

「うるさかったですか…大変申し訳─」

「あー!いいのいいの!起きる時間だったし気にしないで?」

全く持って関係ないのに丁寧に詫びている衣都遊の姿を不憫に思いながらもすずがお怒りの話題から逸れたことに感謝していた。

「ところで平治くんたちは?」

「あぁ…」

すずの疑問に賛同し聞きたがる者たちと醜態を晒すべきかと戸惑う者たちと思い出し笑いをする者で三様に別れていた。

「それがですね…」

衣都遊は動く人間がいた事、そしてその人間のことを上空めがけてキックオフしてしまったことなど事の経緯を分かりやすく話す。これは衣都遊なりの優しさでもあり平治らの前で醜態を語るという恥ずかしすぎて死ねるほどの仕打ちを避けるためのものでもあったのだ。

「な、なんていうか……くくく…」

「ま、まぁミスなら誰にでもあるし許してあげてるし…」

「てかトーマ、その人間ってさ…」

「多分別人。仮に本人でも殺してはいないよ。まぁここに連れて来たら尋問は避けられないだろうけどね…」

人として冷たいとは思う。同じ境遇で偶然止まらなかっただけかもしれないのに突如謎の生命体に捕まり、尋問を受けさせられるなんて考えただけだも恐ろしい。しかしここで甘さを見せるのは悪魔の心臓を持った身として、また覚悟を持って呪いを受けた者としての責任が取れない。この世界を維持し続けたいという決意は人間の苦痛を避けて通れるほど優しくはない。心を鬼にすると言うよりもそれを当たり前にしてしまわなければ、人間を辞めなければ生きていくこともままならないのだろう。

「た、ただいま帰りました…。遅くなってしまい…」

名もなき使者に連れられて会議室へと入ってきたのは平治ら一行であった。疲れ切った様子の皆だがなにより帝中と程愾の表情は曇りきっていた。曰く、平治を探しても見つからず合流できた頃には人間探しを断念していたらしい。

「おかえり。着いてきてすぐのところ申し訳ないけど、報告会を本格的に再開するよ」

「か、かしこまりました…」

その状態で悪く思いながらもこれ以上話を伸ばすこともできない。なにせ一時間もないほどの土地探しに全員が集まるまでこれだけの時間がかかってしまったのだから。

「早速だけど僕らのグループはここ、おそらく公園だね。ここがいい土地なんじゃないかなと判断したよ。平坦で作りやすいと思う」

冬馬は机の上の地図から件の土地を指差し、提案した。

「ぼ、ボクたちもここです!この土地を見つけました…!」

その広さ故か見つけた場所が違いブッキングすることがなかったが同じ公園を発見していたらしい。

「ちなみにその人間ってどこにいたの?」

「こ、ここです…」

冬馬の質問に平治は恐る恐る指を差して答える。その先には特に目立った店などもないただの入り組んだ住宅街であった。万夏の可能性が極端に減り別人だと確証した。

「私たちはここら辺にいたからぁ、いい場所を見つけられなかったけどぉ…ごはんをいっぱい集めてきたのぉ!」

眠たげな声はいつまで経っても変わらずもはや、元からその声であるといった感じだった。指差す先は大きな道路を跨いだ先のマンションの多い通り、公園など付近にはなかった。これなら見つからなかったことも納得がいく。

「ん?ごはん?」

氣琵の言葉に反応したのは空腹人間代表のすずであった。おそらくすずに使者が空腹を感じないことなどは知らない。そのため反応した理由など明確としか言いようがなかった。

「ジンがご飯を作りたかったみたいでぇ…」

「へぇ!かわいいね!」

「え、変とか思わないの…?」

「ん?思うわけなくない?料理できる人とか最高でしょ!大好きだよ」

そのすずの回答に目を見開く氣琵。事情などを知らないにしてもそんなことを恥ずかしげもなく、生物としても違う相手が作るご飯に抵抗を持たないこと、本能的に見下していた人間にこうも驚かされるとは─

「全くぅ…人間っていうのはみんなこうなのかねぇ…」

誰に宛てるまでもなく呟く。いい意味で裏切られたことによりどこか心地よかった。

「あ、そういえば火に関することなんだけど…」

「火?」

「そう。ファイヤー」

料理するにあたって一番必要なもの、“火”の調達は冬馬たちの難関でもある。ガスコンロなどは基本機能しないため火を生じさせるのは難しい、それこそ─

「そ、それならボクの研究室に火を出すボールが…」

「ファイアボールか!それさえあればあとは十分…!」

冬馬は机を前にして力を使う。ブラックホールのような穴からはコンロのような形をした物体が生まれる。

「ここに火をぶつけてくれさえすれば火力調整、つけたり消したりと用途に応じて使えるようになってるから」

「す、すごぉ…」

「仁悟にでも渡しといて。詳しい使い方は後で説明するから、とりあえずは…」

「ありがとぉ!これならジンも楽しく…」

目を輝かせて感謝しているのは友達が喜ぶ姿が目に浮かぶからだろう。きっと氣琵自身も不安だったのだろう。当の本人がいないこの場でここまで勝手にして良いものなのか分からないが喜んでくれれば上々なによりこれは仁悟の望みだけで済む話ではない。

「これは僕らにとってもいい話なんだよ。料理が枯渇した今、食料課題を解決すればよりこの軍は強くなる。指揮者が餓死するようじゃチームの恥だからね」

「それでもだよぉ。ありがとぉ…」

涙声で感謝する氣琵に頬が緩むがとうとうここで─

「え?」

冬馬の限界が来てしまい会議室中に豪快に腹のなる音を響かせたのだった。
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