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第2章 時の使者
6話 トケイ
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ふと目が覚める。何時間寝ていたのかなんてわからないがそこまで長く寝ていないことはなんとなく分かる。というよりまともに眠るということをもう何年も前に諦めてしまったのだと冬馬は思う。
保健室から持ってきたベッドが校長室を不自然に占領するその違和感もまた冬馬を眠れなくする要因なのだろう。隣の副校長室を覗けばすずはまだすやすやと優しい寝息を立てて眠っている。やはりそのベッドに違和感を感じるがそれ以上に愛らしさが冬馬の口元を緩める。そっと扉を閉じて部屋を出ればそこには歩院が仁王立ちをしていた。
「おはよう。歩院、行こうか」
「冬馬殿、おはようございます。随分と早い起床で」
「眠りが浅いからね。ちなみにどれくらい?」
「おおよそ三時間ほどかと」
「マジか…。ちゃんと寝ないとね」
止まった世界において特に困ってしまったのは時の概念に関することが曖昧になってしまうことだ。というのも今のように何時間寝たのか、今がいつでどれくらいの作業をしたのか、行動したことや指示するのに必要な“時間”というものが曖昧になってしまうと生活に苦しむこととなるのだ。
そのため冬馬は自身の能力を用いて擬似的な時計を作り上げ、基準となる時間を作ったのだ。仕組みは簡単、時計と同じように秒針から分針、時針を能力で作り上げ、時計らしい形にしただけのものだ。小さな歯車も電池もいらない力技にも近いものではあるが。
「それにしてもトケイをよくもこう精巧に作れたものだ」
「まぁ要領はみんなを作ったときと変わらないし」
あっさりとした答え方に逆に恐怖を感じる歩院は思考を無理やり放棄しようとした。ものを作る感覚で我々を生成したのか、と。
「仕組みはすごく簡単だよ。僕が作るものは基本的にすべて“生きてる”からね。だから意志を持たずしてその使命に則ってひたすらに動いている、それだけだよ。う~ん、わかりやすく言えば時計に似た仕事をするだけの生き物を作ったって感じかな」
「…末恐ろしいお方だ」
あえて歩院の言葉を無視して階段を降りる。
もとより土足の冬馬らは気にすることなく昇降口を後にする。
「もうみんな待ってるでしょ?」
「う、うむ。一応外で待機させているが」
「悪いね、長いこと待たせちゃって」
「いえ、冬馬殿が生きていくにあたって必要なものなのだろう?それを我々が邪魔することなどできまい」
共にいて分かったことだが時の使者に睡眠、食事、風呂などは必要がない。特性なのか十二使の中ではそれを求めるものもいたが特別ピンと来ているわけでも腹に溜まっているわけでもない。そのため冬馬やすずが食事や睡眠などをしている間も眠ることはなく起きている個体が多くいるのだ。
「とはいえやっぱり待たせたくはないんだよな…」
「お、主様ぁ!おっはようございまーッス!」
活発な高すぎず低すぎないその声の持ち主は相変わらずの騒がしさと奇抜な服を目立たせていた。
「ん、おはよう。みんな待たせてごめんね」
「いえいえッス。あ、こーゆー時って『いま来たところだよ。キラーン』って言うところッスか?」
「どこのラブコメだよ!」
犬歯を剥き出しにして罵声を浴びせる塀述に木之伸も睨みを効かせる。二人が揃うことでより騒がしさが目立ちうるささすら感じてきた頃、衣都遊の視線がそれを静止する。
衣都遊は二人の喧騒を止める才能でもあるのだろうかと本気で思うことが度々、というか喧嘩が生じるたびに感じる。なんというかこの三人の寸劇はどこかコントでも見ているかのように錯覚してしまうため飽きずに微笑ましくなってしまう。
そんな時間もすぐに終わりを告げ衣都遊は服装を整え、「おほん」とわざとらしく咳払いをするとそれに呼応するかのように十二使、特に校外へ出向く者はグループで集まり、先程とは打って変わって真面目モードになっていた。
「これよりこの建物を出て新たな城を建てるための土地探しを行う。それ以外にも有用な物や人間がいた場合はすぐに帰還、報告を怠るな。冬馬様も仰っていたが人間はなるべく殺さないこと。以上のことを忘れることなく探索しろ」
「はいはーい!質問でーッス」
真っ直ぐ手を伸ばしぴょんぴょんと跳ねると質問者は誰からの返答も求めることなく真面目な表情で続ける。
「オイラ的には人間なんてぶっ殺しちゃっても変わんねー気がするんスよねぇ」
「うん…まぁ木之伸ならそう思うかなって薄々感じてた」
「主様…絶対今オイラのことをバカだと思ってるっ!」
「そ、そんな風には…!ち、ちょっとくらいしか思ってないよ!」
「ちょっとは思ってるんスね…オイラがっくり~」
「話を戻すけど僕は別に倫理的な理由で人を殺すなって言ってるわけじゃないんだよ。敵の情報を聞き出すこともできるし生きていればその利用価値っていうのは高くなっていく」
もちろん冬馬の倫理観が人殺しを否定しているのも事実としてある。というかそちらのほうが強いのかもしれない。万夏の現段階の状況把握を聞き出したり内通者もといスパイにも利用できたりと使い勝手が良い。捕虜として捕まえておくことが冬馬にとって精神的にも戦況的にも有利に働く可能性が高いのだ。
「なるほど~。でもそれ結局は殺しても変わんなくないスか?」
「極端に殺すっていう発想は良くないな…」
元より無条件に人間を敵対しているのが時の使者だ。空腹状態で食べ物を前にしておきながら食べるのを拒むものはいないのと同じでそれが“当たり前”なのだ。時の使者の使命や生まれてきた理由というのは分からないがその当たり前を覆すというものは難しくおおよそ理解している者の方が異端なのだろう。
冬馬は改めて時の使者との思考回路の違いを思い知らされる。
「いずれにしても、冬馬様の命令だ。人間の殺害は控えるように」
返す言葉に詰まる冬馬に助け舟を与えてくれる。執事服に似合う主人へのフォローっぷり、衣都遊には感謝してもしきれない。木之伸も納得してなくとも無理やり割り切ったという様子で「はーい」と返事をする。
木之伸の子供らしい雰囲気はすずと一致することが多い、見た目も声も身長すら違うのに─
「冬馬様?」
「え?あぁ、えーっと…まぁ難しいことはなしだ。とにかく無茶はしないで危険なときはしっかり逃げてね。そして衣都遊を筆頭にすずを任せたよ」
「はっ」
その返事を聞くと冬馬は「行こうか」と声をかけて各々が事前に決めた門へと向かい外へと歩き出したのだった。
保健室から持ってきたベッドが校長室を不自然に占領するその違和感もまた冬馬を眠れなくする要因なのだろう。隣の副校長室を覗けばすずはまだすやすやと優しい寝息を立てて眠っている。やはりそのベッドに違和感を感じるがそれ以上に愛らしさが冬馬の口元を緩める。そっと扉を閉じて部屋を出ればそこには歩院が仁王立ちをしていた。
「おはよう。歩院、行こうか」
「冬馬殿、おはようございます。随分と早い起床で」
「眠りが浅いからね。ちなみにどれくらい?」
「おおよそ三時間ほどかと」
「マジか…。ちゃんと寝ないとね」
止まった世界において特に困ってしまったのは時の概念に関することが曖昧になってしまうことだ。というのも今のように何時間寝たのか、今がいつでどれくらいの作業をしたのか、行動したことや指示するのに必要な“時間”というものが曖昧になってしまうと生活に苦しむこととなるのだ。
そのため冬馬は自身の能力を用いて擬似的な時計を作り上げ、基準となる時間を作ったのだ。仕組みは簡単、時計と同じように秒針から分針、時針を能力で作り上げ、時計らしい形にしただけのものだ。小さな歯車も電池もいらない力技にも近いものではあるが。
「それにしてもトケイをよくもこう精巧に作れたものだ」
「まぁ要領はみんなを作ったときと変わらないし」
あっさりとした答え方に逆に恐怖を感じる歩院は思考を無理やり放棄しようとした。ものを作る感覚で我々を生成したのか、と。
「仕組みはすごく簡単だよ。僕が作るものは基本的にすべて“生きてる”からね。だから意志を持たずしてその使命に則ってひたすらに動いている、それだけだよ。う~ん、わかりやすく言えば時計に似た仕事をするだけの生き物を作ったって感じかな」
「…末恐ろしいお方だ」
あえて歩院の言葉を無視して階段を降りる。
もとより土足の冬馬らは気にすることなく昇降口を後にする。
「もうみんな待ってるでしょ?」
「う、うむ。一応外で待機させているが」
「悪いね、長いこと待たせちゃって」
「いえ、冬馬殿が生きていくにあたって必要なものなのだろう?それを我々が邪魔することなどできまい」
共にいて分かったことだが時の使者に睡眠、食事、風呂などは必要がない。特性なのか十二使の中ではそれを求めるものもいたが特別ピンと来ているわけでも腹に溜まっているわけでもない。そのため冬馬やすずが食事や睡眠などをしている間も眠ることはなく起きている個体が多くいるのだ。
「とはいえやっぱり待たせたくはないんだよな…」
「お、主様ぁ!おっはようございまーッス!」
活発な高すぎず低すぎないその声の持ち主は相変わらずの騒がしさと奇抜な服を目立たせていた。
「ん、おはよう。みんな待たせてごめんね」
「いえいえッス。あ、こーゆー時って『いま来たところだよ。キラーン』って言うところッスか?」
「どこのラブコメだよ!」
犬歯を剥き出しにして罵声を浴びせる塀述に木之伸も睨みを効かせる。二人が揃うことでより騒がしさが目立ちうるささすら感じてきた頃、衣都遊の視線がそれを静止する。
衣都遊は二人の喧騒を止める才能でもあるのだろうかと本気で思うことが度々、というか喧嘩が生じるたびに感じる。なんというかこの三人の寸劇はどこかコントでも見ているかのように錯覚してしまうため飽きずに微笑ましくなってしまう。
そんな時間もすぐに終わりを告げ衣都遊は服装を整え、「おほん」とわざとらしく咳払いをするとそれに呼応するかのように十二使、特に校外へ出向く者はグループで集まり、先程とは打って変わって真面目モードになっていた。
「これよりこの建物を出て新たな城を建てるための土地探しを行う。それ以外にも有用な物や人間がいた場合はすぐに帰還、報告を怠るな。冬馬様も仰っていたが人間はなるべく殺さないこと。以上のことを忘れることなく探索しろ」
「はいはーい!質問でーッス」
真っ直ぐ手を伸ばしぴょんぴょんと跳ねると質問者は誰からの返答も求めることなく真面目な表情で続ける。
「オイラ的には人間なんてぶっ殺しちゃっても変わんねー気がするんスよねぇ」
「うん…まぁ木之伸ならそう思うかなって薄々感じてた」
「主様…絶対今オイラのことをバカだと思ってるっ!」
「そ、そんな風には…!ち、ちょっとくらいしか思ってないよ!」
「ちょっとは思ってるんスね…オイラがっくり~」
「話を戻すけど僕は別に倫理的な理由で人を殺すなって言ってるわけじゃないんだよ。敵の情報を聞き出すこともできるし生きていればその利用価値っていうのは高くなっていく」
もちろん冬馬の倫理観が人殺しを否定しているのも事実としてある。というかそちらのほうが強いのかもしれない。万夏の現段階の状況把握を聞き出したり内通者もといスパイにも利用できたりと使い勝手が良い。捕虜として捕まえておくことが冬馬にとって精神的にも戦況的にも有利に働く可能性が高いのだ。
「なるほど~。でもそれ結局は殺しても変わんなくないスか?」
「極端に殺すっていう発想は良くないな…」
元より無条件に人間を敵対しているのが時の使者だ。空腹状態で食べ物を前にしておきながら食べるのを拒むものはいないのと同じでそれが“当たり前”なのだ。時の使者の使命や生まれてきた理由というのは分からないがその当たり前を覆すというものは難しくおおよそ理解している者の方が異端なのだろう。
冬馬は改めて時の使者との思考回路の違いを思い知らされる。
「いずれにしても、冬馬様の命令だ。人間の殺害は控えるように」
返す言葉に詰まる冬馬に助け舟を与えてくれる。執事服に似合う主人へのフォローっぷり、衣都遊には感謝してもしきれない。木之伸も納得してなくとも無理やり割り切ったという様子で「はーい」と返事をする。
木之伸の子供らしい雰囲気はすずと一致することが多い、見た目も声も身長すら違うのに─
「冬馬様?」
「え?あぁ、えーっと…まぁ難しいことはなしだ。とにかく無茶はしないで危険なときはしっかり逃げてね。そして衣都遊を筆頭にすずを任せたよ」
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