止まった世界であなたと

遠藤まめ

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第1章 止まった世界の生き方

4話 ヤツ

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秘密基地の場所へと走る。今どき東京にそんな場所があるのか?冬馬はそんなことを考えながらもその足を止めることなく走り続ける。

「もうすぐだ!あそこにある大きなあれ!」

万夏は周りを気にせずその場所へと向かう。その場所は数年前、知らない人間はいないというほどの大ニュースができていた事件の場所であった。

「ここ、多分冬馬たちも知ってるよね。何年か前にUFOが降ってきたーってニュースで大騒ぎされた場所。」

「これデマじゃなかったんだ…」

二人は立ち止まり、ただ“それ”を無心で眺めていた。
─東京都江戸川区未確認飛行物体墜落事件、通称江戸川区UFO事件。それは誰もが知っている世界をざわつかせた大事件。概要としては突如空から民家に大きな乗り物が墜落してきた事件だ。当時事件現場付近に飛行機やヘリコプターは飛んでおらず、なにより落ちてきたものが大きな貨物列車の箱によく似た鉄製のものに小さな窓が2つついただけのものだったためなぜ、どうやって降ってきたのか不明であった。その後国から派遣された調査員数名が調査に来るもそれに乗っていたと思われる『何者か』に襲われ、対抗すべく自衛隊を派遣したが力及ばず、墜落物に指一つ触れさせなかったという。結局世界各国から調査員や軍隊が来るものの住宅街で周りの民間人に被害が出る可能性を憂慮し、墜落物を調べることは困難となり、調査・撤去は断念。付近へ近づくことを禁止とされ、この事件は幕を閉じた─
当時は「宇宙人の人類調査だ」「神が人類の天敵を生んだ」などコメンテーターやタレントがニュースや特番で適当なことを言っていたが今となってはオブジェとなり、たまに海外や地方から来る観光客が観光目的で来るようになった。その謎の飛行物体は人々の生活に馴染んでいったのだった。
そんな場所に三人は立っていた。その場所を『秘密基地』として。

「……このUFOが万夏と日菜乃さんの秘密基地?」

「そう。…って言っても中学入ってからは来なくなってたから汚いしホコリまみれの人形とかしかないだろうけど」

万夏は少し照れたようにしていった。しかしこれは本来ありえないことなのだ。

「でも『何か』がここを守ってるんじゃないの?」

すずの疑問は真っ当なものであった。『何か』は確かにそれを守っていたはずだった。相手は小学生、気付かないことや仕留め損ねましてや返り討ちにされたとは考えにくい。ではなぜそこを秘密基地にできたのか。

「あぁ、ゲニウスのこと?ニュースでは『何か』って言われるけどあれのことを守護神の名前から取ってゲニウスって呼ばれてるらしいよ。質問の答えを言うとしたら僕たちは会ったことないね。今思うと不思議な話だけど」

ゲニウス、そう呼ばれる存在と出会っていなかった。そんな馬鹿な話があるのかと冬馬は思ってしまった。自衛隊ですら敵わなかった存在が子供二人を見落とすとは思えない。秘密基地にされている地点でそんな事はありえてはならないのだ。

「とりあえず中に入ろう。またさっきのヤツが来たら大変だ」

二人が秘密基地に入ることに躊躇はなかった。それは身を守ることもそうだが純粋に世界が何もしても事ができなかった“それ”に足を踏み入れることができることに興味が湧いていたというところも強い。
その空間に足を踏み入れようと、近寄ろうとした瞬間─

「…………」

爆発するような、重たいものが地面に衝突するような音が鳴り響き目の前にはヤツがいた。

「ゲニウス……?」

「いや、確かに似ているけどそれよりかは小さい。多分さっき見た『ヤツ』だ」

ゲニウスに似た何かは無言で、でも確実に敵意を示していた。

「どうもこれはただじゃすまないって言ったところだね」

冬馬は焦りながらもこの状況を打開する策をひたすらに練っていた。今すぐ逃げる、追われて捕まるのも時間の問題だろう。戦う?そんなのは論外だ。勝てる保証どころか同じ土台に立てるわけがない。そこで浮かぶ最低限で苦し紛れの策とは

「すず、逃げろ!僕が囮になるからこの隙に!」

「…!?」

大前提としてすずを逃がすことだ。一人で走らせるのは危険だが今ここで死なれてしまうよりかはかなりといったところだ。

「無理だよ!二人をおいてなんて行けない!!だったら私も…」

「後でまた落ち合おう!日菜乃さんの家で!」

その言葉を聞くとすずは踵を返し全力で走り去っていった。涙を見られるのを恐れてなのか、はたまたもう一度会えることを信じてなのか、振り返ることなく。前だけを見て。

「さてと…。すずが無事に逃げられるまでここを通す訳にはいかないな」

ヤツはすずの方を少し眺めるが追う素振りは見せず冬馬たちを眺めていた。

「そっちからこないのか?じゃあこちらから…っ!」

そういうと冬馬はヤツの脇にするりと入り拳を握った。

「……ォラッ!」

その拳を横っ腹に打ち込むもまるで霧を殴るかの如く感覚がなく、物理攻撃が効いている様子でもなかった。

「チッ…」

冬馬は思わず舌打ちをしてしまう。しかし諦めることはない。すずにまた会うために…

「あれは……!」

敵を前にしてすずのことを考えていた冬馬の目に入ったものはそれまで考えていたものを超えるほどのものであった。唯一問題があるとすれば

「冬馬っ!」

その瞬間は完全な隙だったわけで、ヤツからしたらそれは確実に捉えた瞬間であった。凄まじい勢いでヤツの腕のようなものが冬馬の頭めがけて飛んでくる。

あぁ、これは死ぬやつだ─

「これなら…!」

万夏は思い切り近くにあったホコリまみれの人形を投げる。

「………!」

ボフッという濁った音と辺り一帯を小さなホコリがキラキラと舞う。

「今だ!冬馬っ!逃げるぞ!」

輝くホコリが舞うその時、ヤツに一瞬の隙が生じた。そのタイミングを逃さなかった万夏は冬馬の名を叫び走った。
すぐに冬馬も続き、それぞれで走る。振り返ることなく、少しの減速も許さず。ただひたすら約束の場所へと向かっていった。
無我夢中で走り、「秘密基地」へと向かった時の記憶を頼りに約束の場所へと、日菜乃の家へと走る。

やがて向かっていた場所へと近づくすずが待っているその場所へ

「ついた……ってあれ?すずさん…?」

しかしその場所にすずの姿はなかったのだった。
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