半妖の鬼

遠藤まめ

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第1章

4話 手伝いの少年

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「ふぁ…眠いよぉ……」

莉奈はだらしないあくびをしながら眠い目を擦り畑の前に立つ。それもそのはず時刻は早朝も早朝、まだ日も出ていない早い時間なのだから。いつもより早めにセットしたアラームよりも先に祖父が起こしに来たときは本気で驚いたものだ。

「農家の朝は早いからな!手伝いのかな坊ももうすぐ来るんじゃないかの」

かな坊と呼ばれた少年がこれから来るのかと知る。好奇心か人見知りによる緊張か高鳴る鼓動が莉奈の目を覚まさせる。かな坊、なんだか金棒のように感じくすりと笑いがこぼれる。しかしそれと同時にありえないような考えが頭をよぎるもその現実性のなさに変な話と一蹴する。暗い道から聞こえる一人分の足音とともに見える影は十代の若者のものらしかった。そして心もとない電灯のもとに立ち露見した顔は、

「奏人くん!?なんでこんなところにいるの!?」

「お、大友さん!?そっちこそなんでここに……」

まさに先程頭をよぎった存在が目の前にいるという状況に流石の莉奈も夢を疑う。荒唐無稽と思った出来事が現実で起こるとは奇跡というよりも恐怖が先に勝つ。自分の苗字を言えてる時点でそっくりさんという説は抹消、というより確実に奏人であるとしか言いようがないのだ。

「俺はそこにいる耕太郎さんの手伝いに来たんだよ。ちょっと前に仲良くなってね…。で、大友さんはなんで…?」

耕太郎、たしかに祖父の名前だ。名前で呼んでいる辺り本当に仲が良いと見て間違いはないし彼が来た理由も事前に聞いた話との整合性が取れていた。しかしいくら事実確認ができたとしても頭の理解が追いつくことがない。目を大きく見開き莉奈の返答を待つ奏人への回答を考える。

「…えっとこの人私のおじいちゃんなんだよね。でぎっくり腰になっちゃったって言うから畑仕事のお手伝いに」

「………!?耕太郎さんのお孫さん…なの…?」

奏人の驚いた表情から本当に知らなかったということがうかがえる。しかし仮にそうだとしたら不思議な点がいくつもある。頭の中ではいくつも疑問が湧きあがってくる、今からでもゆっくり話を聞きたいところだが。

「なんだ、知り合いだったのか?」

祖父は二人の反応を見て不思議そうに聞く。その疑問に莉奈は首を縦に振り肯定の意を示す。奏人も同じような動作をして肯定する。

「うん、まさか大友さんが耕太郎さんのお孫さんだったなんて…!」

「まあいずれにせよこれは都合が良い。とりあえず打ち解け合うのにそこまで時間がかかることもなさそうだな」

タメ口で話していることに驚いたが気にする素振りもない祖父の一言でこの混乱を無理やり後回しにする。祖父は乗ってきた軽トラックの荷台から道具の入った箱を取り出し中に入っていた軍手を二人に渡す。

「とにかく今は仕事だ。二人にはおもにトマトやナスなんかといった夏野菜の管理作業をしてくれ」

「はーい!」

そういうと近くの畑に案内される。おそらくトマトがなるであろう植物は実すらできておらず何も知らない莉奈からするとただの棒に絡まる腰ほどの高さの雑草にも見えてくる。その近くには『ナス』と書かれた看板があり、低めの植物がいくつも並んでいる。ここからあの野菜が生まれるとは考えられなくなる。

「まずは追肥作業をしてほしくてな、このコップ一杯分くらいの肥料をあげてやってくれ。これが実などを作る大きな鍵になる」

そう言うと肥料の入ったかなり小さいコップを持ち出す。そのコップに入った肥料をそっと植物に与え、見たままの作業を続けろと促すように祖父は肥料の入ったコップを差し出す。それを拒むことなく受け取ると、先程見た作業を真似る。一つ一つ丁寧に行う作業は予想外にもきつく腰と足にかかる負担は大きかった。

「きつーい!思った以上に大変だね…」

「はっはっは!こんなんで音を上げるようじゃ今後の作業は地獄のものとなるのう」

数分の作業で音を上げた莉奈に近くの椅子に腰かけ様子を見ていた祖父は愉快そうに笑いながら脅しのようなことを言う。その言葉にまだ日も出ていないにも関わらず気が遠くなっていた。一方で奏人の方は黙々と作業を続け、音を上げるどころか汗の一つもかかずに淡々としていた。以前の体力測定から気になっていたが、大して筋肉もついていない細い体のどこにそんな体力が備わっているのか謎ではあった。が、自分も足手まといになるわけにはいかないと体に鞭を打ち必死についていこうとする。

「奏人くんってなんかスポーツやってたの?部活入ってないって言ってた割には結構体力あんね」

「スポーツかぁ。……特にやってないかな。っていうか自己紹介の時からわかんなかったけどその『ブカツ』ってなんなの?」

「…え、それまじで言ってたの?んー…、部活っていうのは簡単に言うと学校で趣味を伸ばす…的な?説明するのむずいな」

手を動かしながら奏人と会話をするも当たり前すぎる質問にかえって回答に困てしまう。莉奈はなぜ知らないのか聞きたくなったがそれを行動に移すことはなかった。家庭の事情で学校に行かせてもらえなかった的な話だったら面倒だし。

「ふぅ~。まあまあできたんじゃない?」

しばらくの作業を終え、莉奈は額の汗を大胆にも拭いながら満足げな表情を見せながら言った。確かに一列、莉奈の担当である場所の追肥は一律完了していた。

「うむ、初心者の割にはよくやってくれたんじゃないかの。キリもいいし軽く休憩としようかの」

「ひー、疲れたー」

大して広い農地での作業でもないのにかなりの時間が経っていたことを朝日の日差しが示していた。鳥のさえずりが聞こえ朝特有の静けさがどこか心地よい。優しい風に当たりながら額に溜まった汗を拭い地面に座り込む。そこでふとおかしなことに気付く。

「あれ、奏人くん?」

奏人が見当たらないのだ。休憩とはいえこの近くにいないのは明らかにおかしい。あたりを軽く見渡すもやはりその存在はない。好奇心と少量の心配から莉奈は立ち上がり歩き回る。

「奏人くーん?」

力のない声量で呼びかけるも当然のごとく反応はない。純粋な面倒くささと用を足しに言っている可能性を想像しこれ以上の捜索を断念する。仮にいたとしても特に話すこともないわけだし。

「別にいいだろそれくらい」

帰ろうとした矢先、なにか言い争ったような声が聞こえる。その声の持ち主こそ他でもない奏人のものであった。しかしこの時間帯も相まって言い争うような人間はいないはずだが。

「それは関係ないだろ!いい加減にしてくれ…」

柄にもない激昂を見せ敵意を向けながら話すその剣幕には身を隠しながら見ていた莉奈も思わず息を呑む。見たことのない奏人の姿に驚くと同時にそこまで怒らせるような人間がどんなものか気になる。怖いもの見たさで身を乗り出し話し相手を探る。

「……鳥…?カラスにガチギレ…?」

おかしなことを言っている自覚はあった。が、そうとしか言えないのだ。奏人が睨みつけ怒鳴る相手こそカラス以外の他にいない。想像と違った結果に拍子抜けてしまい、その場を静かながら颯爽に抜け出す。

「ほれ、そろそろ休憩もしまいだ。戻って仕事を再開するぞ!」

祖父の大きな声が周囲に響き、二人は畑へと足を運ぶ。奏人の知られざる姿を見てしまった以上、休憩後の莉奈の作業が捗ることがなかったのは言うまでもない。
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