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月夜の夜に

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8月初旬、午後8時、噴水公園ー

気温は下がったものの、じっとりとした熱気が、背中を伝っているのがわかる。
中学三年生のナユタはこの日も市内を一望できる公園のベンチで月夜を眺めていた。
最後の夏の大会が終わってから、ずっとこの場所に来るのが日課になっていた。
周囲はといえば夏期講習や模試など高校受験へとシフトしていた。
将来への不安が無いわけではないが、焦っているわけでもない。
ただ、あまりの身替りの早さや勉強への意識の高さに少し引いていまっていたのは事実だった。

(もうちょっと色んなこと楽しんでもいんじゃーねの?)

コンビニで買ったばかりのコーラをぐっと流し込んだ。

この公園には眺めが良いほかに、もうひとつ特徴があった。
ある時刻になると公園の真ん中にある噴水が立ちあがるのだ。
噴水の周囲はライトアップされていて、束の間ではあるが幻想的な雰囲気に包まれる。
時節柄、来園者を減らす工夫として、噴水が立つ時間は公表されていない。
しかしナユタは通っていくうちにある法則を見つけた。

毎週、水曜と土曜、それも8時半は必ず噴水が始まる。

それともうひとつ…

(やっぱり、今日も来てる…)

視線の先にはライトに照らされて、少女がひとり踊っていた。

頭はシニヨンでまとめ、制服姿のまま踊っている。
小枝のように長い脚は白いタイツに包まれ、いっそう輝いていた。
踊っているのがバレエであるのは明白だった。

(いやほんと、マジやべぇな…)

一般男子と同じく、バレエはおろか芸術に疎いナユタだったが、彼女のバレエのレベルが
習いごとの範疇を超えるほど高いことは直感で理解できた。

と、いうのもナユタ自身、バレエに対して特別な感情を持っていた。
絢爛豪華な衣装や身体のラインが現れるレオタードなどバレエ特有の衣類に対して
敬愛の念を持っていた。
それはいつしかリピドーの根源になっていったが、ナユタはそのことに背徳感を抱いていた。
特にバレエの象徴の一つである白いタイツに対する憧れは劣情と同義だった。



いつの間にか噴水は終わり、ライトも消え、周囲は点在する街灯のぼんやりとした明かりと静けさだけが残った。

名前はなんというだろう?
なぜここで踊っているんだろう?

彼女に聞きたいことはあったが、理性と本来の奥手な性格も手伝い、消し去るほかなかった。

いつものように自転車に乗り、公園の裏手から国道へと続く坂道を下っていった。
スマホを眺めながら、信号待ちをしていた時だった。

「ねぇ!君。聞きたいことがあるんだけど?」

そこには先ほどの少女が、息を切らした様子でこちらを見つめていた。


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