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19.見知らぬ、天井……じゃなくて見慣れた天井だ!

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 ぼんやりと目を開けると、古ぼけた天井が目に入った。まだ喉は痛いが、熱は下がった気がする。でも、とても長い夢を見ていたような気がして、寝込んでからのことがいまいち思い出せなかった。

「ちょっとー! いるなら返事しなさい!」

 ピンポンピンポンとチャイムが連打される音がする。それだけじゃない、アパートの玄関ドアがどんどんと振動している。近所迷惑だからやめてほしい。
 一体何事だと思ったら、母親の声だ。意識が段々とはっきりしてくる。

「アレク氏―! いないならいないって返事してー!」
「ヤバくないっすか? やっぱ中で倒れてるんじゃ……」
「どうするべ? 大家さん呼んだら合鍵で開けてくれたりするのかな?」

 この二人の声は誰だっけ、と一瞬思ったが、だいぶ前に一度会ったきりの、友達と呼んでいいのかもわからない二人の記憶が蘇る。

「あなたたち、さっきからそのアレク氏って、何なの?」
「ああ、俺ら、オンゲーのフレンドなんすよ。普段からキャラの名前で呼び合ってるから……」

 そんな会話が聞こえた。
 どうして母親と、あの二人までうちに来てるんだろう。でも、ゲームのフレンドと母親が遭遇したっていうのは、どうも気まずい。俺はいたたまれない気分になりながら、だるさの残る身体でのそのそと起き上がって、玄関の鍵を開けた。

「あ、生きてた!」
「熱は? 大丈夫なん?」

 日の光が眩しい。外に立っていた三人が、一斉に目を見開いて、驚きのような安堵のような声を漏らした。。

「何でいるのさ……?」

 喉がイガイガして、声が掠れた。俺は慌てて、顎に引っかけていたマスクを口まで持ち上げる。

「何でって、珍しく電話に出たと思ったら様子が変だったから来てみたら、この二人とちょうど会って。あんた、困ってるなら困ってるって言いなさい!」

 母親が早口でまくし立てる。それから、二人の男のうちの一人、キャラネーム・キリトが言う。

「俺たちも、こないだレイド行こうって約束してたのに、来なかったじゃん。そしたらつぶったーに〝陽性だった〞って書き込みあって、それきり連絡付かないから、心配になってさー」
「じゃなくて。お前ら、何で住所知ってんの?」

 俺が言うと、二人は顔を見合わせる。

「前にオフ会した時に、俺たち皆一人暮らしだから、何かあったら助け合おうぜって、住所と連絡先交換したじゃん。忘れたん?」

 そういえば、そんなこともあったっけ。
 連絡先を交換したものの、実際に使うのも悪い気がして、普段はゲーム内のチャットか、元々使っていた通話用アプリしか使ってなかったから、完全に忘れていた。

 ともかく、玄関先に立たせっぱなしにするわけにもいかないので、中に入ってもらった。しかし、

「汚い部屋ね……。掃除くらいちゃんとしなさい。ああ、換気しないと! わたしたちにうつすんじゃないわよ!」

 入るなり母親はどかどかと奥に上がり込み、真っ先に窓を大きく開ける。それから俺の脇の下に体温計を挟み、冷蔵庫の中を見て、

「ちゃんと食べてるの? おかゆとか食べられる?」

 言いながら勝手に鍋を出して、持ってきたらしい食材で料理を始める。しかし、俺は必要以上に近付くなと、部屋の隅に追いやられていた。もちろん、彼らもマスクや手洗いを厳重にしていた。

「これ、飲み物とかアイスとか買ってきたから、食ってな」

 二人のフレンドも、大きなビニール袋からペットボトルやアイスやゼリーを取り出し、冷蔵庫に入れていく。
 その様子を見ながら、俺はなんだか泣きたくなった。こうして会いに来てくれたことが嬉しくて、ありがたかった。

「どしたん? 泣いてんの?」

 俯いた俺の顔を、キャラネーム・太郎が覗き込もうとしたが、

「……泣いてない。ってか近付くな」

 俺は乱暴に布団を被る。埃が舞った。

「まあ、無事でよかったよ。落ち着いたら、また飯でも行こうぜ」
「うちにも連絡しなさいよ。お父さんも心配してるんだから」

 部屋を軽く片付けて、食料を置くと、三人は帰っていった。

 束の間の騒がしさが去った後、一人の静けさが余計身に沁みる気がしたけど。

 俺は一人じゃなかった。面倒臭がったりしないで、ちゃんとこっちからも連絡を取ればよかったのかもしれない。
 喉が痛くなくなったら、実家にも電話しよう。それから、今度はこっちからあの二人を飯に誘ってみよう。

 そう決めたら、心細さが薄れて、人生もそう悪いものじゃないかと思えるのだった。


『社畜の王子様』了
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