上 下
4 / 20

4.俺は偽物なんかじゃ……!

しおりを挟む
「偽物くん」
「俺は偽物なんかじゃ……!」

 ない、と言いかけて、これどっかで聞いた台詞だなと思った。でも、何の台詞か思い出せない。まあ、自分の名前が思い出せないことに比べれば些細なことだろう。

 医者のじいさんはこの事態を収拾するため、薬や何か有力な情報がないか調べると言って先に退出していた。俺は残った四人に囲まれて、あれやこれやと言われていた。
 名前が思い出せなくて俺は混乱しかけたが、ともかく呼び名が必要だろうということになって案を出そうとしたところ、宮廷魔術師が言ったのが先の言葉だった。

「エディ……さすがにそれはひどくはないか」

 金髪の騎士がたしなめ、そうだそうだと俺は心の中で激しく頷く。彼はアーネストというらしい。ユリウス王子の側仕えということだった。

「偽物を偽物と呼んで何が悪い」

 しかし、エディリーンという宮廷魔術師は、俺を睨んだままだ。なんなのこいつ。口も悪いし態度も悪い。こういうキャラは実はツンデレというのがテンプレだけど、こいつがデレるところなんて想像できない。デレてほしいとも思わないけど。

「この方は何も悪くないのでしょうし、そんなことを言っては可哀想だわ」

 薄茶色の髪の彼女は、シャルロッテという名前で、ユリウスのお妃、つまり奥さんらしい。可愛いし、優しそうだ。こんな子が奥さんだなんて、うらやましい。
 彼女の言葉に、俺はそうだそうだと頷くが、エディリーンはゴミを見るような目で俺を睨むのをやめない。

「こいつの言葉を全面的に信用できる理由がどこにあるんです? 何が起きているのかわからない以上、警戒を怠るべきじゃない。貴様、わたしたちが王子の身体を傷付けるわけにいかないから、手荒なことはしないでやっているということを忘れるなよ」

 くそっ、そこまで言わなくてもいいじゃんか。俺はすっかり、この女に犯罪者のように扱われていた。身体は王子のものなのに、ひどいものだ。俺だってこんな異世界生活、お断りだ。だが、こんな態度の悪い家来なのに、周りの信頼は厚そうなのが、なんだか納得いかない。

「まあまあ。そうだ、稀人まれびとっていうのはどう?」

 このシドという焦げ茶の髪の男は、あまり表立って行うことのできない任務をこなす、やっぱり忍者みたいな役割の人間らしい。魔法も少し使えるようだった。

「そうだな。とりあえずそう呼ばせてもらうことにしようか」

 アーネストが同意し、

「では、稀人さん。何か聞きたいことや欲しいものがあれば、できる範囲で提供しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね」

 シャルロッテがにこりと微笑む。天使のような笑顔だ。今のところ、この世界で唯一の癒しだ。
 奥さんなのだったら、二人でお話するくらいは許されてもいいんじゃないか。そして、親睦を深めて……。

 そんなことを考えていたら、例によって宮廷魔術師が虫けらを見るような目を向けてくる。

「貴様、今よからぬことを考えているだろう。姫、絶対にこいつと二人きりになってはいけませんよ」
「は、はい……」

 エディリーンは視線で俺を牽制しながら、シャルロッテを俺から遠ざける。
 睨み返してやろうと思ったが、その時、俺の腹がぐうう、と情けない音を立てた。

 俺は顔が赤くなるのを感じながら、腹を抑える。そういえば、朝から何も食べていない。尋問やら何やらで、気付けば多分昼を過ぎている。時計がないからよくわからないが。
 宮廷魔術師は深々と溜め息を吐き、他のメンバーは苦笑いを漏らした。

「すっかり忘れていた、申し訳ない。食事を持ってこよう」

 アーネストが言って、他の三人と一緒に部屋を出ようとする。

「わたしは王子の魂を呼び戻す準備をする。貴様、この部屋から出るなよ」

 はいはい、わかってますよ。エディリーンは俺に釘を刺すのを忘れない。俺は憮然としながらも、首を縦に振るしかないのだった。



 彼らが出て行ったあと、俺は教えてもらった情報を整理する。

 ここはレーヴェ王国。アルフェリア大陸という土地の北の方にある、小さな国らしい。ユリウスはこの国の第二王子で、次に王位を継承することが決まっている。第二王子なのに、第一王子を差し置いて王様になるのかと、アニメやラノベで得た知識程度しか持っていない俺でも思うが、何か事情があるらしい。そのあたり、詳しくは教えてもらえなかったけど。

 昨夜、ユリウス王子も俺と同じように風邪を引いて寝込んでいた。少し熱は高かったようだが、エディリーンが言っていたように、命に係わるほどではなかったようだ。俺は元の世界で死ぬかと思いながら眠りに就いたが、目が覚めたらユリウス王子になって、この世界にいた。

 そして、彼らの名前を聞いて思い出したことがある。
 何か聞き覚えのある名前だなと思ったら、少し前に小説投稿サイトで読んだ小説のキャラたちと同じだった。よく覚えてないけど、多分そうだと思う。

 ランキング上位にいるような作品ではなく、作者の名前も聞いたことがなかった。評価点もそんなに高くなかったけど、たまたま目についたから試しに読んでみた。

 けれど、強い主人公がさくさく敵を倒してスカッとするような展開ではなく、なんだか重苦しくて、文章も固くて読み辛かったので、最初の何話かで読むのをやめてしまった。だから、原作知識で無双とかはできそうにない。
 だけどやっぱり、物語の中に入り込んだというのは、あいつらが何と言おうと間違いないんじゃないかと思う。そして、よく覚えていないけど、王子である俺が主人公で、これは俺のための物語であるはずだ。どうして好きでもない小説の世界に入り込んだのかは不明だが。

 そうであれば、どこかに俺が大活躍するクエストとかがあるはずだし、シャルロッテとももっと仲良くなれるはずだ。こんな部屋に閉じこもっていていいわけがない。

 ベッドに転がりながらそう結論し、ともかく外に出なければと拳を握るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉
ファンタジー
普通の高校生の樹(いつき)は、勇者召喚された友人達に巻き込まれ、異世界へ。 勇者ではない一般人の樹は元の世界に返してくれと訴えるが。 事態は段々怪しい雲行きとなっていく。 実は、樹には自分自身も知らない秘密があった。 異世界の中心である世界樹、その世界樹を守護する、最高位の八枚の翅を持つ精霊だという秘密が。 【重要なお知らせ】 ※書籍2018/6/25発売。書籍化記念に第三部<過去編>を掲載しました。 ※本編第一部・第二部、2017年10月8日に完結済み。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

魔王復活!

大好き丸
ファンタジー
世界を恐怖に陥れた最悪の魔王ヴァルタゼア。 勇者一行は魔王城ヘルキャッスルの罠を掻い潜り、 遂に魔王との戦いの火蓋が切って落とされた。 長き戦いの末、辛くも勝利した勇者一行に魔王は言い放つ。 「この体が滅びようと我が魂は不滅!」 魔王は復活を誓い、人類に恐怖を与え消滅したのだった。 それから時は流れ―。

憑依無双 ~何度殺されても身体を乗り換えて復活する~

十一屋 翠
ファンタジー
異世界に勇者として召喚された俺は、使えるスキルが無くて【処分】された。 だが俺には1つ隠しているスキルがあった。 その名は【憑依】 自分を殺した相手の体を乗っ取って支配する力だ。 俺はこの力を使って俺を殺したヤツ等に復讐し、異世界で好き勝手に生きてやる!! 無責任憑依ファンタジー開幕!! 毎朝7時更新です! ※連載初日は第3話まで10分おきに投稿します。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

処理中です...