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第十章 迷える魂
#2
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エディリーンはそれから二日ほど砦に留まって事後調査を続けたが、あの二人組の行方も、黒い靄の正体も掴めなかった。これ以上ここにいても仕方がないと結論し、一旦王都に戻ることにした。
黒ずくめの男たちの動向は気掛かりだが、あまり研究院を長く空けるわけにもいかない。一緒に帰還したシドは、一度ユリウスへの報告のために王宮に出向くと言っていたが、引き続きエディリーンの護衛に当たるという。
「あんまり目立たないようにするからさ。気にしないでよ」
そう言って別れた後は姿が見えないが、おそらくつかず離れず近くにいるのだろうと思う。本当に護衛なのか、監視されているのかはわからないが、常に見られているかもしれないと思うのは、心地いいものではない。しかし、探られて痛い腹があるわけでもなし、いるのかいないのかわからないくらい気配もなかったから、深く気にするのはやめた。
研究員に帰り着いたのは、夕刻だった。日が傾いて気温が下がってくる時間だ。頬に感じる風が心地よかった。
ここは別に自分の家ではないと思っていたが、色々あったせいで少し疲れが溜まっている自覚がある今は、曲がりなりにも自分の部屋でゆっくり休めるという事実にほっとした。それと同時に、新しい暮らしに慣れようとしている自分にも気付いて、少し複雑な気分になる。
ちょうど勤めの終わる時間帯だったのか、開放感に浸って仲間と談笑しながら歩く院生や、資料を運ぶ教授たちの姿が散見された。
寮への道を歩いていると、
「エディリーン様、戻られたのですね! おかえりなさいませ!」
明るく弾んだ声が、背中を追いかけてきた。振り向くと、ユーディトとクラリッサの姉妹が、小走りに駆けてくる。
追いついてくると、クラリッサはエディリーンの首に勢いよく抱きつくという、熱烈な歓迎をしてみせた。
「こら、ご迷惑でしょう」
ユーディトはクラリッサの襟首を掴んで、エディリーンから引きはがす。相変わらずの二人を見て、エディリーンは少し安堵した。
「長旅、お疲れ様でございました。お家のご用事は、もう済んだのですか?」
そう聞かれたエディリーンは、曖昧に微笑む。そういえば、実家の用事で一時里帰りしたことになっているのだった。
「ああ……まだ少し、留守にすることがあるかもしれないけど」
「そうですか。大変ですのねえ」
寮まで歩く道すがら、この数日間のことを報告し合った。と言っても、エディリーンは砦での出来事を話すわけにはいかないので、適当にごまかしながら、二人が話すのに任せた。主な話題は、エディリーンがいないのをいいことに、ニコルが意地悪をしてくるという愚痴だった。
「ところでエディリーン様。お食事はきちんと召し上がっていましたか?」
またしてもユーディトに心配そうな顔でそんなことを聞かれてしまい、エディリーンは思わず目を瞬く。
「大丈夫だってば」
苦笑しつつ答えるエディリーンに、二人はほっとしたようだった。
「でも、今日の夕食はまだでしょう? わたしたちもこれからですから、ご一緒しましょう」
ユーディトの誘いに、エディリーンは素直に頷いた。ちょうど腹も減っていたところだ、この時間に帰ってこられたことは幸運だった。
「ではでは! その後、お風呂も一緒にいかがですか?」
クラリッサが身を乗り出す。
旅の後で汚れているし、風呂を浴びでさっぱりしたいところではあるが。
「いや……わたしは一人で入るから」
これまでも何度か誘われているが、ずっと固辞してきた。今回も拒否しようとするエディリーンに、ユーディトが言葉を重ねる。
「たまにはお付き合いいただけませんか? 親睦を深めると思って」
そこでユーディトは深刻そうな顔になり、顔を寄せて声を低めた。
「実は、折り入って相談したいことがあるのです。外だと、どこで誰に聞かれているかわかりませんから。さすがに、乙女の入浴を覗く無粋な輩は、おりませんでしょう?」
改まった様子でそんなことを言われては、訝りながらも承諾するしかないのだった。
黒ずくめの男たちの動向は気掛かりだが、あまり研究院を長く空けるわけにもいかない。一緒に帰還したシドは、一度ユリウスへの報告のために王宮に出向くと言っていたが、引き続きエディリーンの護衛に当たるという。
「あんまり目立たないようにするからさ。気にしないでよ」
そう言って別れた後は姿が見えないが、おそらくつかず離れず近くにいるのだろうと思う。本当に護衛なのか、監視されているのかはわからないが、常に見られているかもしれないと思うのは、心地いいものではない。しかし、探られて痛い腹があるわけでもなし、いるのかいないのかわからないくらい気配もなかったから、深く気にするのはやめた。
研究員に帰り着いたのは、夕刻だった。日が傾いて気温が下がってくる時間だ。頬に感じる風が心地よかった。
ここは別に自分の家ではないと思っていたが、色々あったせいで少し疲れが溜まっている自覚がある今は、曲がりなりにも自分の部屋でゆっくり休めるという事実にほっとした。それと同時に、新しい暮らしに慣れようとしている自分にも気付いて、少し複雑な気分になる。
ちょうど勤めの終わる時間帯だったのか、開放感に浸って仲間と談笑しながら歩く院生や、資料を運ぶ教授たちの姿が散見された。
寮への道を歩いていると、
「エディリーン様、戻られたのですね! おかえりなさいませ!」
明るく弾んだ声が、背中を追いかけてきた。振り向くと、ユーディトとクラリッサの姉妹が、小走りに駆けてくる。
追いついてくると、クラリッサはエディリーンの首に勢いよく抱きつくという、熱烈な歓迎をしてみせた。
「こら、ご迷惑でしょう」
ユーディトはクラリッサの襟首を掴んで、エディリーンから引きはがす。相変わらずの二人を見て、エディリーンは少し安堵した。
「長旅、お疲れ様でございました。お家のご用事は、もう済んだのですか?」
そう聞かれたエディリーンは、曖昧に微笑む。そういえば、実家の用事で一時里帰りしたことになっているのだった。
「ああ……まだ少し、留守にすることがあるかもしれないけど」
「そうですか。大変ですのねえ」
寮まで歩く道すがら、この数日間のことを報告し合った。と言っても、エディリーンは砦での出来事を話すわけにはいかないので、適当にごまかしながら、二人が話すのに任せた。主な話題は、エディリーンがいないのをいいことに、ニコルが意地悪をしてくるという愚痴だった。
「ところでエディリーン様。お食事はきちんと召し上がっていましたか?」
またしてもユーディトに心配そうな顔でそんなことを聞かれてしまい、エディリーンは思わず目を瞬く。
「大丈夫だってば」
苦笑しつつ答えるエディリーンに、二人はほっとしたようだった。
「でも、今日の夕食はまだでしょう? わたしたちもこれからですから、ご一緒しましょう」
ユーディトの誘いに、エディリーンは素直に頷いた。ちょうど腹も減っていたところだ、この時間に帰ってこられたことは幸運だった。
「ではでは! その後、お風呂も一緒にいかがですか?」
クラリッサが身を乗り出す。
旅の後で汚れているし、風呂を浴びでさっぱりしたいところではあるが。
「いや……わたしは一人で入るから」
これまでも何度か誘われているが、ずっと固辞してきた。今回も拒否しようとするエディリーンに、ユーディトが言葉を重ねる。
「たまにはお付き合いいただけませんか? 親睦を深めると思って」
そこでユーディトは深刻そうな顔になり、顔を寄せて声を低めた。
「実は、折り入って相談したいことがあるのです。外だと、どこで誰に聞かれているかわかりませんから。さすがに、乙女の入浴を覗く無粋な輩は、おりませんでしょう?」
改まった様子でそんなことを言われては、訝りながらも承諾するしかないのだった。
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