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第六章 籠の鳥は、
#4
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その頃、ベアトリクスは、件のマナを増幅させる薬の噂を、別方向で追っていた。
薬に手を出し、行方をくらませたという弟子を持つ魔術師に会いに行ったり、手紙のやり取りをして詳しい状況を把握しようと努めたが、弟子たちの行方も薬の出所も、手がかりは得られなかった。
薬を使用していたとされる彼らに共通する点は、魔術に対してあまり熱心でなく、素行が悪かったということだった。そうであれば、マナを増幅させるという薬に安易に手を出したことも頷けるかもしれない。しかし、だからといって擁護できるわけではない。
元々、魔術師などというのは、楽しい仕事ではない。常人にはない力を持つことで、敬われ頼りにされることもあれば、恐れられ遠ざけられることもある。金や名誉が欲しくてできる仕事ではないのだ。それを勘違いした者が、力の使い方を誤り、身を持ち崩す。そういった例も少なくなかった。
そして、ベアトリクス自身は、魔術師であることを仕事ではなく、役目であると思っていた。
この力は、人と精霊の間に立ち、両者を取り持つためのものだ。人のため、世界のためにある力。
力に溺れることなく、己を律し、術の探求に努める。その矜持がなければ、魔術師などとてもやっていられない。それでも、魔術師というものは貴重で色々と役に立つ存在であるから、王立魔術研究院などというものを作って身分を保証し、学問として体系的に残していこうという動きもある。
ともかく、失踪した弟子たちの行方を探し、怪しげな薬の出所も叩かなければならない。
何も情報を掴めず焦燥を募らせていたところ、ようやく一つの手がかりを得ることができた。
「時々深夜に、どこかに式を飛ばしていることがあったんです」
兄弟子が失踪したという、まだ幼い魔術師の卵の少年が言った。ベアトリクスの住まいからそれほど遠くない村に住む、旧知の間柄の魔術師の弟子だった。肝心のその師匠は、そのような不出来な弟子はもう知らぬと、不干渉を決め込んでしまっている。
まったく偏屈じじいはこれだから困ると、ベアトリクスは内心で溜め息を吐いた。自身もいい師匠であるとは思っていないが、このような師匠に当たったのでは、その失踪したという弟子も、この幼い少年も不憫に思えてくる。
式とは、魔術でマナを固めて生み出した、疑似生命体のようなものである。簡単な命令を実行させたり、強力なものであれば、自らの意思を持ち、考えて行動することもできる個体もいる。普段は本の中に収めてあり、必要に応じて召喚して使役する。元々自然界にいた精霊を封じて、使役する場合もある。
少し前に関わったのは、そうして本に封じられた古い精霊が呪いを生み、それによって混乱を引き起こした事件だったが、式や精霊を使役すること自体は危険なことではない、一般的な術である。
「どこかとは……どこだかわかるか?」
問うと、少年は西の方を指差す。
「何をしているのか聞いたら、〝星月夜に、最も星に近い場所に式を送ると、いいものが手に入る〞って。それが何かは教えてくれなかったんですけど、式が帰ってくるのを待っている兄さんの様子は、なんだか怖くて……。誰にも言うなって言われたんですけど、そのことを師匠に話したら、師匠は怒って喧嘩になって、兄さんはいなくなってしまって……」
「そうか……」
ここから西には、王都がある。そして、星に最も近い場所と言えば、心当たりがある。王立魔術研究院の星見の塔だ。
少年は目に涙を溜めて俯いていたが、何かを思い出したようにぱっと顔を上げた。
「そうだ。お前も使うと強くなれるぞって、その〝いいもの〞を少しもらったんです。僕は怖くて使っていないんですけど……。師匠には言いそびれてしまって。ベアトリクス様なら、これが何かわかりますか?」
そう言って、懐から小さく折り畳まれた油紙を取り出した。慎重に開けると、少量の白い粉が包まれていた。風で飛ばないように、ベアトリクスはそれをもう一度包み直して自分の懐にしまう。
深夜の不審な行動を見られたその弟子は、少年を仲間に引き入れようとしたのだろうか。しかし、少年がそれに応じなかったことで、こうして手がかりを得ることができた。
「でかした。これはわたしが預かろう。兄弟子の行方も、きっと探し出して見せる」
ベアトリクスは少年に礼を言うと、その足で王都に向かうことにした。
目指すのは、王立魔術研究院。内部の人間が関わっているのかわからないが、あそこならこの薬の成分も調べることができる。
「さて、あそこに行くのも久しぶりだな」
特に懐かしくもない古巣を思い、ベアトリクスは目的を果たすため、王都へ向かうのだった。
薬に手を出し、行方をくらませたという弟子を持つ魔術師に会いに行ったり、手紙のやり取りをして詳しい状況を把握しようと努めたが、弟子たちの行方も薬の出所も、手がかりは得られなかった。
薬を使用していたとされる彼らに共通する点は、魔術に対してあまり熱心でなく、素行が悪かったということだった。そうであれば、マナを増幅させるという薬に安易に手を出したことも頷けるかもしれない。しかし、だからといって擁護できるわけではない。
元々、魔術師などというのは、楽しい仕事ではない。常人にはない力を持つことで、敬われ頼りにされることもあれば、恐れられ遠ざけられることもある。金や名誉が欲しくてできる仕事ではないのだ。それを勘違いした者が、力の使い方を誤り、身を持ち崩す。そういった例も少なくなかった。
そして、ベアトリクス自身は、魔術師であることを仕事ではなく、役目であると思っていた。
この力は、人と精霊の間に立ち、両者を取り持つためのものだ。人のため、世界のためにある力。
力に溺れることなく、己を律し、術の探求に努める。その矜持がなければ、魔術師などとてもやっていられない。それでも、魔術師というものは貴重で色々と役に立つ存在であるから、王立魔術研究院などというものを作って身分を保証し、学問として体系的に残していこうという動きもある。
ともかく、失踪した弟子たちの行方を探し、怪しげな薬の出所も叩かなければならない。
何も情報を掴めず焦燥を募らせていたところ、ようやく一つの手がかりを得ることができた。
「時々深夜に、どこかに式を飛ばしていることがあったんです」
兄弟子が失踪したという、まだ幼い魔術師の卵の少年が言った。ベアトリクスの住まいからそれほど遠くない村に住む、旧知の間柄の魔術師の弟子だった。肝心のその師匠は、そのような不出来な弟子はもう知らぬと、不干渉を決め込んでしまっている。
まったく偏屈じじいはこれだから困ると、ベアトリクスは内心で溜め息を吐いた。自身もいい師匠であるとは思っていないが、このような師匠に当たったのでは、その失踪したという弟子も、この幼い少年も不憫に思えてくる。
式とは、魔術でマナを固めて生み出した、疑似生命体のようなものである。簡単な命令を実行させたり、強力なものであれば、自らの意思を持ち、考えて行動することもできる個体もいる。普段は本の中に収めてあり、必要に応じて召喚して使役する。元々自然界にいた精霊を封じて、使役する場合もある。
少し前に関わったのは、そうして本に封じられた古い精霊が呪いを生み、それによって混乱を引き起こした事件だったが、式や精霊を使役すること自体は危険なことではない、一般的な術である。
「どこかとは……どこだかわかるか?」
問うと、少年は西の方を指差す。
「何をしているのか聞いたら、〝星月夜に、最も星に近い場所に式を送ると、いいものが手に入る〞って。それが何かは教えてくれなかったんですけど、式が帰ってくるのを待っている兄さんの様子は、なんだか怖くて……。誰にも言うなって言われたんですけど、そのことを師匠に話したら、師匠は怒って喧嘩になって、兄さんはいなくなってしまって……」
「そうか……」
ここから西には、王都がある。そして、星に最も近い場所と言えば、心当たりがある。王立魔術研究院の星見の塔だ。
少年は目に涙を溜めて俯いていたが、何かを思い出したようにぱっと顔を上げた。
「そうだ。お前も使うと強くなれるぞって、その〝いいもの〞を少しもらったんです。僕は怖くて使っていないんですけど……。師匠には言いそびれてしまって。ベアトリクス様なら、これが何かわかりますか?」
そう言って、懐から小さく折り畳まれた油紙を取り出した。慎重に開けると、少量の白い粉が包まれていた。風で飛ばないように、ベアトリクスはそれをもう一度包み直して自分の懐にしまう。
深夜の不審な行動を見られたその弟子は、少年を仲間に引き入れようとしたのだろうか。しかし、少年がそれに応じなかったことで、こうして手がかりを得ることができた。
「でかした。これはわたしが預かろう。兄弟子の行方も、きっと探し出して見せる」
ベアトリクスは少年に礼を言うと、その足で王都に向かうことにした。
目指すのは、王立魔術研究院。内部の人間が関わっているのかわからないが、あそこならこの薬の成分も調べることができる。
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