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第二章 逆光の少女
#1
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「ああ、やっと見つけた。間違いない――」
仄暗い部屋の中で、水鏡を見つめ、その人物は唇の端を歪めてほくそ笑む。
「今度こそ、逃がしませんよ――」
*
「行くぞ」
外に出ると、彼らがいたのは森に囲まれた、木造の小さな家だった。
日は傾きかけ、遠くの空は茜色に染まってきている。しかし、急げば近くの街まで行ける。少しでも距離を稼ぎ、今夜はそこで宿を取るつもりだった。
小屋を少し離れ、森に入ろうとしたところで、急に辺りに霧が立ち込めた。足元も見えないくらいの、濃い霧だった。
「手を」
戸惑っていると、霧の中から、少年の手が差し出されたのがかろうじて見て取れた。
「早くしろ。この霧は結界になっているから、俺とはぐれたら出られなくなるぞ」
アーネストが手を伸ばすと、エドワードは乱暴にその手首を掴み、歩き出した。意外にほっそりとした、華奢な手だった。
「……なるほど。こうやって誰でも出入りできないようにしているわけか」
霧を抜けてから、感心したようにアーネストが呟くと、
「こうでもしないと、うるさくて敵わないんだ。暗殺依頼とか、検出されない毒薬を作ってくれとかいう依頼も多いからな」
引き受けることはないけどな、と少年は付け加えた。
「ところで、ユリウス王子は、どんな状態なんだ?」
獣道に足を踏み入れながら、少年はアーネストを振り返らずに尋ねる。
王子の剣は、術の影響が他に出ないよう、封印を施してエドワードが持っていた。例の魔導書も一緒だった。これで王子への影響も減るはずだが、完全に術を絶つには、大元である魔導書をどうにかしないといけないらしい。
「今すぐどうなるというものではないと、宮廷魔術師――ベルンハルト卿は言っていたが。ただ、どんな術か特定できない以上、確かなことは言えないとも言っていた」
「……あんたはその宮廷魔術師を、信用しているのか?」
痛いところを突かれ、アーネストは少しためらった後、口を開く。
「……正直に言って、あまり。ユリウス殿下は、国民からの支持を得てはいるが、その宮廷内では敵が多い。ベルンハルト卿も、表向きは中立で、こちらに協力的だが、裏では何を考えているかわからないと、俺は思っている」
宮廷内の事情を軽々しく外部に話すことはできないが、ここは情報を共有しておいた方がいい。
そう考えてアーネストは話を続けるが、エドワードからは軽蔑したような眼差しを向けられてしまう。
「へえ。あんたは王子の近衛騎士のくせに、そんな信用ならない人間を、王子に近付けたわけか?」
少年の物言いにアーネストは少しむっとするが、正直に答える。
「それについては弁解のしようがない。ただ、殿下はこの際、敵味方の区別をはっきりさせようと、あえて疑わしい人間も懐に入れていた。それが仇になってしまったわけだが……」
「……敵の目的は、ユリウス王子を亡き者にする、あるいは無力化すること。それでレーヴェは戦に負け、帝国の属国になる。敵は第一王子派の人間か、帝国側の人間か……あるいは帝国と第一王子派が通じている可能性も……」
エドワードはぶつぶつと呟く。
「わからないのは、どうして俺を指名してきたのかということだな。師匠の方が名は知れているし、俺のどっちかというと剣を扱うことが本職の傭兵だから、魔術師としては無名だ。宮廷魔術師なんかに目を付けられる理由はないはず……」
アーネストに話しかけているというよりは、独り言のようだ。
「気になっていたのだが……君は、エルフとの混血か?」
透けるような淡い空色の髪。そんな特徴を持つのは、エルフ族だけだった。エルフは、長い寿命と高い魔力を持
ち、尖った耳が特徴の種族だ。しかし、エドワードにはその特徴的な耳はなく、普通の人間のそれと同じだった。それに、エルフは森の奥深くに暮らし、人とはほとんど交流を持たない。姿を見ることも稀だった。そのエルフとの混血となれば、大変珍しい存在だった。
そこになにかあるのではないかとアーネストは思ったのだが、
「周りがそう言うなら、そうなんじゃないか?」
エドワードはそれについてあまり語りたくないようで、口を閉ざしてしまった。
仄暗い部屋の中で、水鏡を見つめ、その人物は唇の端を歪めてほくそ笑む。
「今度こそ、逃がしませんよ――」
*
「行くぞ」
外に出ると、彼らがいたのは森に囲まれた、木造の小さな家だった。
日は傾きかけ、遠くの空は茜色に染まってきている。しかし、急げば近くの街まで行ける。少しでも距離を稼ぎ、今夜はそこで宿を取るつもりだった。
小屋を少し離れ、森に入ろうとしたところで、急に辺りに霧が立ち込めた。足元も見えないくらいの、濃い霧だった。
「手を」
戸惑っていると、霧の中から、少年の手が差し出されたのがかろうじて見て取れた。
「早くしろ。この霧は結界になっているから、俺とはぐれたら出られなくなるぞ」
アーネストが手を伸ばすと、エドワードは乱暴にその手首を掴み、歩き出した。意外にほっそりとした、華奢な手だった。
「……なるほど。こうやって誰でも出入りできないようにしているわけか」
霧を抜けてから、感心したようにアーネストが呟くと、
「こうでもしないと、うるさくて敵わないんだ。暗殺依頼とか、検出されない毒薬を作ってくれとかいう依頼も多いからな」
引き受けることはないけどな、と少年は付け加えた。
「ところで、ユリウス王子は、どんな状態なんだ?」
獣道に足を踏み入れながら、少年はアーネストを振り返らずに尋ねる。
王子の剣は、術の影響が他に出ないよう、封印を施してエドワードが持っていた。例の魔導書も一緒だった。これで王子への影響も減るはずだが、完全に術を絶つには、大元である魔導書をどうにかしないといけないらしい。
「今すぐどうなるというものではないと、宮廷魔術師――ベルンハルト卿は言っていたが。ただ、どんな術か特定できない以上、確かなことは言えないとも言っていた」
「……あんたはその宮廷魔術師を、信用しているのか?」
痛いところを突かれ、アーネストは少しためらった後、口を開く。
「……正直に言って、あまり。ユリウス殿下は、国民からの支持を得てはいるが、その宮廷内では敵が多い。ベルンハルト卿も、表向きは中立で、こちらに協力的だが、裏では何を考えているかわからないと、俺は思っている」
宮廷内の事情を軽々しく外部に話すことはできないが、ここは情報を共有しておいた方がいい。
そう考えてアーネストは話を続けるが、エドワードからは軽蔑したような眼差しを向けられてしまう。
「へえ。あんたは王子の近衛騎士のくせに、そんな信用ならない人間を、王子に近付けたわけか?」
少年の物言いにアーネストは少しむっとするが、正直に答える。
「それについては弁解のしようがない。ただ、殿下はこの際、敵味方の区別をはっきりさせようと、あえて疑わしい人間も懐に入れていた。それが仇になってしまったわけだが……」
「……敵の目的は、ユリウス王子を亡き者にする、あるいは無力化すること。それでレーヴェは戦に負け、帝国の属国になる。敵は第一王子派の人間か、帝国側の人間か……あるいは帝国と第一王子派が通じている可能性も……」
エドワードはぶつぶつと呟く。
「わからないのは、どうして俺を指名してきたのかということだな。師匠の方が名は知れているし、俺のどっちかというと剣を扱うことが本職の傭兵だから、魔術師としては無名だ。宮廷魔術師なんかに目を付けられる理由はないはず……」
アーネストに話しかけているというよりは、独り言のようだ。
「気になっていたのだが……君は、エルフとの混血か?」
透けるような淡い空色の髪。そんな特徴を持つのは、エルフ族だけだった。エルフは、長い寿命と高い魔力を持
ち、尖った耳が特徴の種族だ。しかし、エドワードにはその特徴的な耳はなく、普通の人間のそれと同じだった。それに、エルフは森の奥深くに暮らし、人とはほとんど交流を持たない。姿を見ることも稀だった。そのエルフとの混血となれば、大変珍しい存在だった。
そこになにかあるのではないかとアーネストは思ったのだが、
「周りがそう言うなら、そうなんじゃないか?」
エドワードはそれについてあまり語りたくないようで、口を閉ざしてしまった。
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