蒼天の風 祈りの剣

月代零

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第一章 魔法使いの弟子

#3

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 少年は入口の土間に備えられたかまどに火を熾し、湯を沸かし始めた。
 アーネストは、改めて部屋の中をそっと観察する。
 あまり広くはない部屋だった。窓には様々な草花が吊るされ、壁一面には棚が設えられている。そこにはわずかな食器の他、何かの液体や粉の入った瓶や、大小の箱、本や紙の束などが所狭しと収められていた。家具も調度品も質素なもので、使い込まれた跡がある。

「それで、貴殿はどうしてここへやって来たのだ?」

 ベアトリクスが口を開く。
 思わぬところで休息を得ることになってしまったが、あまりのんびりしている時間はない。内心焦りながら口を開こうとしたアーネストだが、そこへ湯気の立つ素焼きのカップがどん、とやや乱暴に置かれた。
 少年は、師匠と呼ぶベアトリクスの前には丁寧にカップを置き、アーネストを一瞥すると少し離れて壁にもたれる。その視線は、相変わらず厳しい。
 ベアトリクスは少年の淹れた茶をゆっくりと飲み、

「あれのことは気にするな。用心棒も兼ねているんだが、このところ色々あって気が立っているんだろう」

 はあ、とアーネストは曖昧に相槌を打ち、カップを持ち上げて一口、口に含む。薄荷のさわやかな香りが鼻に抜けた。
 どこから話したものかとアーネストは逡巡し、

「現在、南方の国境で、我が国とフェルス帝国が交戦中なのはご存知でしょうか」
「ああ、無論だ。であればこそ、何故王子の近衛騎士である貴殿が、一人でこのような場所へ?」

 アーネストはそれを説明するために、口を開く。
 彼らの暮らすレーヴェ王国は、海と山に囲まれた小さな国だ。国境のすぐ南側には、近年その支配域を広めているフェルス帝国が位置している。フェルス帝国も、元は大陸の南端に位置する小さな国だったが、徐々に力を蓄え、周辺諸国を飲み込み、大陸の南側はほぼ帝国の属国となっている。
そして、ついに帝国はレーヴェの国境まで迫っており、ここ数年、両国の間では戦が絶えない状態が続いていた。
 先日も帝国から宣戦布告がなされ、南方の国境の要、リーリエ砦付近で攻防が続き、国民も不安な日々を送っている。

「レーヴェ軍の指揮は、第二王子ユリウス殿下が直々に執っており、負けはしない戦のはずでした。しかし――」

 戦の最中、王子が突然倒れた。持病などはなく、原因は不明。今は臨時で副将軍や各部隊長が指揮を執っているが、兵士たちにも不安が広がっている。

「此度の戦には、王都から宮廷魔術師が同行しておりました。その見立てによると、呪詛がかけられていると……」

 普通に見れば、急な病で片付けられてしまうはずだった。しかし、微かに感じられた魔力の痕跡。それが、王子が倒れた原因だという。

「正確には、王子の剣に呪詛がかけられている、という話でした。そして、それと同種の魔力反応が、こちらにあると。それを回収し、それを所持しているはずの、青い髪の魔術師を連れてくるようにと、宮廷魔術師は言ったのです」

 視界の隅で、エドワードが肩をぴくりと動かしたのが見えた。

「呪いという不確かなことを確かめるのに多くの兵を割くわけにもいかず、戦の最中でもあるため、ユリウス殿下の側近であるわたしが、こうして単独で参った次第です」

 それを聞いて、ベアトリクスの眉間の皺が深くなる。壁にもたれて、黙ってこちらに耳を傾けていたエドワードからも、強い視線を感じた。

「なるほど……。つまり、我々が第二王子に呪詛をかけた犯人だと、貴殿は言いたいのか?」
「いいえ、決してそのようなことは!」

 アーネストは慌てて首を横に振る。急に動いて、庇い損ねた傷が痛んだ。

「……正直、その話を聞いた時は、わたしもそう思いました。しかし、そのようなことをする理由が、あなた方にありますか?」
「ないな。レーヴェが帝国に支配されるのは、我々も困る」

 帝国に支配された国々は、死なない程度の重税を課せられ、文化も誇りも奪われ、苦渋の生活を送っていた。どの国にとっても、帝国は脅威なのだ。

「……これは公にされていないのですが、このところ国王陛下のお加減がよろしくなく、王位継承争いが、水面下で激化しつつあるのです」

 戦で疲弊するのを終わりにし、いっそ帝国の支配を受け入れ、貴族階級にだけ旨味を残す形でレーヴェの名前を残そうというのが、第一王子を筆頭とする一派だった。
それに抵抗し、王国の独立と国民の生活を守ろうとしているのが、第二王子。
民から人気のあるのは第二王子だが、王宮内では第一王子派がやや優勢だった。そのような状況で第二王子が倒れたのは、偶然とは思えなかった。

「それに、宮廷魔術師が言ったのは、青い髪の魔術師を連れてくるように、ということだけです。それが何を意味するのか、わたしにはわかりかねました。けれど、状況を変えるにはわずかでも動くしかなかったのです。王子を救う術があるのなら、どうか力を貸していただきたい」

 言い終わると、アーネストは深々と頭を下げた。

「……こちらは貴族に頭を下げられるような身分ではない。よしてくれ」

 アーネストは頭を上げる。そのようなことを言う割に、この女性は尊大な口を利いている気もするが、それをとやかく言うつもりはアーネストにはない。

「……だそうだ。エディ、あれを持ってこい」

 呼ばれた少年は、

「……はい」

 ものすごく渋い顔をして、奥へと引っ込んだ。
 少しして戻ってきたその手には、一冊の本が抱えられていた。幾重にも護符らしきものが張られ、厳重に封印されているようだった。

「では、こちらの持っている情報も話そう」
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