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歌なき恋の想い人
Ⅳ
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「では、ラスト。わたしの番で良いですよね」そう言って、江藤さんはノートを広げました。
「わたしは大友皇子と十市皇女の関係を中心に調べました。父親が大海人皇子(天武天皇)そして母親は額田王。天智天皇の子である大友皇子の正妃になり、大友皇子との間に葛野王をもうけています」
「戦争さえ起こらなければ幸せそのものの一生って感じだね」有馬さんが口をはさみました。
「ホント、幸せに暮らしました。めでたしめでたしだったんだけど……父と夫が争いだしたんで、さあ困った困った」江藤さんが少しおどけて話します。
「ここは、今も昔も変わらない『婚家と実家の間でトラブルが発生したときに女性はどちらの側につくのか?』という難しいテーマだね」そう言って先生も話に加わりました。
「鵜野ノ讃良(持統天皇)は真っ先に夫側に付いていますよね」と、井原さん。
「額田王も元夫(大海人皇子)側に逃げたよね」と、有馬さん。
「十市皇女は高市皇子に連れられて結局、父(大海人皇子)側に逃げたんだ。これを手に手を取ってと見るか、強引に連れていかれたと見るかは意見が分かれるところだけれどね」ここは悩むところだと言いたげに先生は腕組みをしました。
「わたしは強引にって説に賛成なんです。まあ、強引と言うか仕方なくですかね」江藤さんが話を前にすすめました。
「ほぉ~、それはどうして?」感心するように先生が尋ねました。
「それは大友皇子との関係です。大友皇子には十市皇女以外の妃の記録がないんです。それに二人の間に葛野王(かどのおお)をもうけています。けっして不仲ではなかったとわたしは考えました」江藤さんの説明に嬉しそうに先生はうなずいていました。
「十市皇女スパイ説なんてなかったっけ?」検索したら出てきたと有馬さん。
「そうそう、父からの密使を受けて大津京から高市皇子と脱出なんて」井原さんもスマホで見出しを読みました。
「その辺は、ちょっと創作くさいね。まあ、父の大海人皇子とは手紙のやり取りを頻繁にしていたみたいだから。それが疑われて、立場が悪くなったなんてことはあっただろうけどね……」そうやりきれなさそうに先生は言いました。
「十市皇女が険悪になる父と夫の仲を必死に修復しようとしたけどダメで、最後は泣く泣く落ち延びていったんだろうと、わたしは考えました」江藤さんは残念そうでした。
「じゃあ、先日、君が話していた歌につてはどう考えた?」先生が優しく聞きました。
少しの沈黙の後、江藤さんは答えます。
「父への手紙でさえ疑われる立場で、とても歌なんか詠めなかったんだと思います」その声は少し震えているようでした。
「そうだね。それに戦争後は敗れた大友皇子への歌は詠ませてもらえなかったのかも知れないね……それで沈黙を守ったのかもね」先生は冷めてしまったコーヒーに口をつけながら、ため息を一つつきました。
「お母さんは言葉を使い和歌と言う世界で一番輝いた女性だったのに、その娘は言葉によって一番傷つけられた女性だったのかもしれないね……」
みんな、そんな先生の言葉を無言で聞いていました。わたしはコーヒーを入れ直しに席を立ち、三人はそれぞれどう考えたのでしょうか、しばらく部屋には沈黙が続いたのでした。
「わたしは大友皇子と十市皇女の関係を中心に調べました。父親が大海人皇子(天武天皇)そして母親は額田王。天智天皇の子である大友皇子の正妃になり、大友皇子との間に葛野王をもうけています」
「戦争さえ起こらなければ幸せそのものの一生って感じだね」有馬さんが口をはさみました。
「ホント、幸せに暮らしました。めでたしめでたしだったんだけど……父と夫が争いだしたんで、さあ困った困った」江藤さんが少しおどけて話します。
「ここは、今も昔も変わらない『婚家と実家の間でトラブルが発生したときに女性はどちらの側につくのか?』という難しいテーマだね」そう言って先生も話に加わりました。
「鵜野ノ讃良(持統天皇)は真っ先に夫側に付いていますよね」と、井原さん。
「額田王も元夫(大海人皇子)側に逃げたよね」と、有馬さん。
「十市皇女は高市皇子に連れられて結局、父(大海人皇子)側に逃げたんだ。これを手に手を取ってと見るか、強引に連れていかれたと見るかは意見が分かれるところだけれどね」ここは悩むところだと言いたげに先生は腕組みをしました。
「わたしは強引にって説に賛成なんです。まあ、強引と言うか仕方なくですかね」江藤さんが話を前にすすめました。
「ほぉ~、それはどうして?」感心するように先生が尋ねました。
「それは大友皇子との関係です。大友皇子には十市皇女以外の妃の記録がないんです。それに二人の間に葛野王(かどのおお)をもうけています。けっして不仲ではなかったとわたしは考えました」江藤さんの説明に嬉しそうに先生はうなずいていました。
「十市皇女スパイ説なんてなかったっけ?」検索したら出てきたと有馬さん。
「そうそう、父からの密使を受けて大津京から高市皇子と脱出なんて」井原さんもスマホで見出しを読みました。
「その辺は、ちょっと創作くさいね。まあ、父の大海人皇子とは手紙のやり取りを頻繁にしていたみたいだから。それが疑われて、立場が悪くなったなんてことはあっただろうけどね……」そうやりきれなさそうに先生は言いました。
「十市皇女が険悪になる父と夫の仲を必死に修復しようとしたけどダメで、最後は泣く泣く落ち延びていったんだろうと、わたしは考えました」江藤さんは残念そうでした。
「じゃあ、先日、君が話していた歌につてはどう考えた?」先生が優しく聞きました。
少しの沈黙の後、江藤さんは答えます。
「父への手紙でさえ疑われる立場で、とても歌なんか詠めなかったんだと思います」その声は少し震えているようでした。
「そうだね。それに戦争後は敗れた大友皇子への歌は詠ませてもらえなかったのかも知れないね……それで沈黙を守ったのかもね」先生は冷めてしまったコーヒーに口をつけながら、ため息を一つつきました。
「お母さんは言葉を使い和歌と言う世界で一番輝いた女性だったのに、その娘は言葉によって一番傷つけられた女性だったのかもしれないね……」
みんな、そんな先生の言葉を無言で聞いていました。わたしはコーヒーを入れ直しに席を立ち、三人はそれぞれどう考えたのでしょうか、しばらく部屋には沈黙が続いたのでした。
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