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歌なき恋の想い人
Ⅱ
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今日は午後から講義の予定もありません。いつもなら静かな研究室のはずなのですが、なぜか立花先生が昼食から戻られるのを三人の生徒が待っていました。各々資料らしきプリントやノートPCを持参しています。それに、いつものゼミの二人だけではなく、もう一人が昨日お手伝いをしていた日本史研究室の江藤翔子さんだったのでありました。
「どうしたの今日は?」わたしは不思議に思い尋ねました。
「あれから翔子と話して、三人でそれぞれ調べてみようかって話になったんだ。で、先生と雪乃さんにも意見を聞きたいなって」
代表して有馬さんが答えてくれました。十市皇女、歌を詠わなかった歌人の娘。わたしも少し興味を持ったのでした。
「で、これをレポート提出したら。梅田さんの好感度アップ間違いなしだよね。翔子」どうだとばかり、有馬さんがニヤけて江藤さんを覗き込みました。
「ていっ!」江藤さんの手刀が正確に有馬さんの頭頂部に刺さりました。
「ぎゃふん~♪」有馬さんは平常運転でした。
戻られた先生は話を聞いて満足げにうなずきました。
「自主的に色々調べることは良いことだよ。ドンドンやって欲しいな。僕たちも協力は惜しまないから」そう言って、楽し気にテーブルにつき、わたしは五人分のコーヒーのドリップを始めました。
「まず、わたしは十市皇女の親子関係、由美が高市皇子との関係、翔子が大友皇子との夫婦関係って感じに分担して調べました」
「なるほどね。各々調べて持ち寄ったってことだね」先生は満足げにうなずきました。
「はい、十市皇女は大海人皇子と額田王の間に生まれますが、その後、母の額田王が天智天皇の后になるんです」
「そこ、変だよね。大海人皇子は天智の弟だよね。弟の奥さん取っちゃったの?」早くも横から有馬さんの疑問の声が出ました。
「そうなんだよ。これは事実だね。当時、女流歌人として有名だった額田王を后に迎えて権威のはくづけをしたってことらしいんだけど……そこまで天智天皇の力が強かったのか、文化芸術面での補強をしたかったのか。この後、額田王は多くの天皇主催の宴で素晴らしい歌を詠んでいるんだよ」
「文化芸術面での補強、大成功ってことでしょうか?」井原さんの言葉がやけに冷ややかに聞えました。
「う~ん、そうだね。大海人皇子や十市皇女にとっては最悪だけどね」きまり悪そうに先生は答えました。
「立花先生、壬申の乱って、もうここから火種があったってことですかね」江藤さんが聞きました。
「ああ、そう考えることも出来そうだね……」そう言って、先生はコーヒーカップに口をつけました。
「父の大海人皇子には愛されいたようです。しかし、母の額田王とはどうだったのでしょうか? 歌を詠んでいない事を考えると複雑だったのかなとわたしは思いました」最後まで言い終わって、井原さんはコーヒーを一口飲みました。
「なんか、お母さんひどくない。自分の出世のために、他の男の所へ……」そう、ふくれっ面で有馬さんが怒っています。わたしにも有馬さんの言いたいことはよくわかりました。
「でもね、当時の最高権力者なんだよ、天智天皇は。天智としても天皇の権威を揺るぎないものにしたかったんだと思うよ。軍事面だけでなく、文化芸術面でも……当事者としては、たまったもんじゃあないけどね」
「喜んでではなかったんですよね。きっと、引きはがされたって感じでしょうか」わたしも少し先生の説明に言葉を添えました。
「江藤くんの壬申の乱はここから始まったって言うのは、あながち間違いではないかもしれないね」先生はそう説明を締めくくりました。
「どうしたの今日は?」わたしは不思議に思い尋ねました。
「あれから翔子と話して、三人でそれぞれ調べてみようかって話になったんだ。で、先生と雪乃さんにも意見を聞きたいなって」
代表して有馬さんが答えてくれました。十市皇女、歌を詠わなかった歌人の娘。わたしも少し興味を持ったのでした。
「で、これをレポート提出したら。梅田さんの好感度アップ間違いなしだよね。翔子」どうだとばかり、有馬さんがニヤけて江藤さんを覗き込みました。
「ていっ!」江藤さんの手刀が正確に有馬さんの頭頂部に刺さりました。
「ぎゃふん~♪」有馬さんは平常運転でした。
戻られた先生は話を聞いて満足げにうなずきました。
「自主的に色々調べることは良いことだよ。ドンドンやって欲しいな。僕たちも協力は惜しまないから」そう言って、楽し気にテーブルにつき、わたしは五人分のコーヒーのドリップを始めました。
「まず、わたしは十市皇女の親子関係、由美が高市皇子との関係、翔子が大友皇子との夫婦関係って感じに分担して調べました」
「なるほどね。各々調べて持ち寄ったってことだね」先生は満足げにうなずきました。
「はい、十市皇女は大海人皇子と額田王の間に生まれますが、その後、母の額田王が天智天皇の后になるんです」
「そこ、変だよね。大海人皇子は天智の弟だよね。弟の奥さん取っちゃったの?」早くも横から有馬さんの疑問の声が出ました。
「そうなんだよ。これは事実だね。当時、女流歌人として有名だった額田王を后に迎えて権威のはくづけをしたってことらしいんだけど……そこまで天智天皇の力が強かったのか、文化芸術面での補強をしたかったのか。この後、額田王は多くの天皇主催の宴で素晴らしい歌を詠んでいるんだよ」
「文化芸術面での補強、大成功ってことでしょうか?」井原さんの言葉がやけに冷ややかに聞えました。
「う~ん、そうだね。大海人皇子や十市皇女にとっては最悪だけどね」きまり悪そうに先生は答えました。
「立花先生、壬申の乱って、もうここから火種があったってことですかね」江藤さんが聞きました。
「ああ、そう考えることも出来そうだね……」そう言って、先生はコーヒーカップに口をつけました。
「父の大海人皇子には愛されいたようです。しかし、母の額田王とはどうだったのでしょうか? 歌を詠んでいない事を考えると複雑だったのかなとわたしは思いました」最後まで言い終わって、井原さんはコーヒーを一口飲みました。
「なんか、お母さんひどくない。自分の出世のために、他の男の所へ……」そう、ふくれっ面で有馬さんが怒っています。わたしにも有馬さんの言いたいことはよくわかりました。
「でもね、当時の最高権力者なんだよ、天智天皇は。天智としても天皇の権威を揺るぎないものにしたかったんだと思うよ。軍事面だけでなく、文化芸術面でも……当事者としては、たまったもんじゃあないけどね」
「喜んでではなかったんですよね。きっと、引きはがされたって感じでしょうか」わたしも少し先生の説明に言葉を添えました。
「江藤くんの壬申の乱はここから始まったって言うのは、あながち間違いではないかもしれないね」先生はそう説明を締めくくりました。
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