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高子(たかいこ)の想い
Ⅵ
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先生は戻られると待っていた井原さんに声をかけ奥のデスクに座りました。
「井原くん、答え合わせしたいような顔つきだね」そう言って、デスクの前のソファをすすめます。うなずいて井原さんはソファに座りました。
「君なりの答えが出たのかな?」そう言いながら先生は、わたしの入れたコーヒーを受け取りました。井原さんのぶんもテーブルに置いてから彼女に声をかけました。
「すぐに完璧な答えなんて出来ないんだから。今の気持ちを素直に言ってね」
井原さんは頷くようにしてから、自分の言葉をかみしめるように話し出したのです。
「先生、わたしは彼氏とケンカ別れして、凄くすさんだ気持ちでいて……こんな気持ちにさせたヤツなんかと二度と顔も合わせたくないって思いました。だから、自分の子供の世話役に別れた業平を指名した高子の気持ちが全然理解できなくって……でも、わたしと違ってこの二人はその後に色々な出会いや別れをして、再び向きあったんですよね。そして出した答えがこれなんですね」とつとつと井原さんは自分の手を見るようにうつむきながら話しました。わたしは井原さんのとなりに座りその手を優しく包みました。
「うん、自分の身になって考えたんだね。上出来だよ。井原くん、このまま卒論のテーマは伊勢物語でいいんじゃないかな。この先、君が一歩ずつ成長するにしたがって、その答えが変わっていくんだと僕は思うよ。卒論の発表を楽しみにしているね」そう言って、先生は満足げに微笑みました。
井原さんは後から迎えに来た有馬さんと二人で研究室を出て行きました。次、ここに来るときにはきっと笑顔で入ってくることでしょう。
「先生、先生の答えは教えてあげなかったんですね」コーヒーカップを下げながら、わたしは尋ねました。
「僕の考えだよね。言ったら彼女の考えを引っ張っちゃうからね、内緒。正解なんてどこにもないんだから……」美術館で買った竜田川の絵はがきを手に取りながら先生は少しお茶目にそう言ったのでした。
わたしには、あの時、すべてのしがらみを捨てて、自分を背負って逃げてくれた業平のまっすぐな想い。
高子の想いを決して裏切らなかった、そんな業平の誠実さを信じての事だろうと思いましたが……そうです、正解なんてどこにもないんです。わたしの願望にすぎません。そうあって欲しいと言う、わたしの願望でしか……。
後日、井原さんが元カレと会って話しをしたんだと、有馬さんがこっそりわたしにだけ教えてくれました。
よりは戻さなかったようですけど、もしかすると業平と高子の想いが通じたのかな? と思ったのはわたしのうがった考えでしょうか。
もう少しで7月の声が聞こえてきますが、どんよりとした鈍色の空はまだ続きそうでした。
了
「井原くん、答え合わせしたいような顔つきだね」そう言って、デスクの前のソファをすすめます。うなずいて井原さんはソファに座りました。
「君なりの答えが出たのかな?」そう言いながら先生は、わたしの入れたコーヒーを受け取りました。井原さんのぶんもテーブルに置いてから彼女に声をかけました。
「すぐに完璧な答えなんて出来ないんだから。今の気持ちを素直に言ってね」
井原さんは頷くようにしてから、自分の言葉をかみしめるように話し出したのです。
「先生、わたしは彼氏とケンカ別れして、凄くすさんだ気持ちでいて……こんな気持ちにさせたヤツなんかと二度と顔も合わせたくないって思いました。だから、自分の子供の世話役に別れた業平を指名した高子の気持ちが全然理解できなくって……でも、わたしと違ってこの二人はその後に色々な出会いや別れをして、再び向きあったんですよね。そして出した答えがこれなんですね」とつとつと井原さんは自分の手を見るようにうつむきながら話しました。わたしは井原さんのとなりに座りその手を優しく包みました。
「うん、自分の身になって考えたんだね。上出来だよ。井原くん、このまま卒論のテーマは伊勢物語でいいんじゃないかな。この先、君が一歩ずつ成長するにしたがって、その答えが変わっていくんだと僕は思うよ。卒論の発表を楽しみにしているね」そう言って、先生は満足げに微笑みました。
井原さんは後から迎えに来た有馬さんと二人で研究室を出て行きました。次、ここに来るときにはきっと笑顔で入ってくることでしょう。
「先生、先生の答えは教えてあげなかったんですね」コーヒーカップを下げながら、わたしは尋ねました。
「僕の考えだよね。言ったら彼女の考えを引っ張っちゃうからね、内緒。正解なんてどこにもないんだから……」美術館で買った竜田川の絵はがきを手に取りながら先生は少しお茶目にそう言ったのでした。
わたしには、あの時、すべてのしがらみを捨てて、自分を背負って逃げてくれた業平のまっすぐな想い。
高子の想いを決して裏切らなかった、そんな業平の誠実さを信じての事だろうと思いましたが……そうです、正解なんてどこにもないんです。わたしの願望にすぎません。そうあって欲しいと言う、わたしの願望でしか……。
後日、井原さんが元カレと会って話しをしたんだと、有馬さんがこっそりわたしにだけ教えてくれました。
よりは戻さなかったようですけど、もしかすると業平と高子の想いが通じたのかな? と思ったのはわたしのうがった考えでしょうか。
もう少しで7月の声が聞こえてきますが、どんよりとした鈍色の空はまだ続きそうでした。
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