立花准教授のフィールドワーク

ふるは ゆう

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高子(たかいこ)の想い

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 地下鉄の表参道駅を降りてみゆき通りを西麻布方面に歩くと、低層ではありますが重厚な和風建築の大屋根とそれを取り囲む庭園の木々が見えてきます。ここ根津美術館は現代日本を代表する建築家隈研吾氏の設計によるものだそうです。
 午前の講義を早めに切り上げてまでしていった表参道のレストランで、お昼ご飯を堪能した先生は美術館を見上げ満足そうにこうつぶやきました。
「庭園の中にはお茶室もあるからね。ゆっくり散策してからお抹茶をいただこうかね……」
「先生、中ではゼミの生徒さんにちゃんと説明してくださいね」わたしは心配になって少し強めに念を押しました。
「も、もちろんだよ」そう言いよどんだ先生は、誤魔化すように生徒たちを見つけ手を挙げて歩いて行ってしまいました。

 本日は美術館は休館日で、学生と引率者のみの見学です。集団ごとに引率の先生の声が静かに響きます。わたし達の前のグループは高校生なのでしょうか、和気あいあいとした声が響いていました。
「皆さん、とりあえずこの特別展の目玉、国宝の燕子花図屏風を見ましょう」先生は先頭に立って進んでいきました。わたしも遅れないように有馬さんや井原さんと並ぶようにしてついて行きました。
 尾形光琳作・燕子花屏風絵の前には、前を歩いていた高校生の集団がまだおりました。
「これから君たちが見るのは有名な燕子花の屏風絵だね『かきつばた』と言えば伊勢物語でも有名な在原業平が詠んだ歌があるんだけど……」そう言って、先生は皆を見回し井原さんと目が合いました。
「『唐衣きつゝなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ』って歌ですよね」すぐに井原さんが答えました。
 先生は満足げにうなずきます。
「正解、尾形光琳によって生みだされたこの国宝『燕子花図屏風』は、『伊勢物語』のその一節に基づくと考えられているんだ。作中で、東国に下る途中の主人公が、三河国の八橋で燕子花の群生を目にし、「かきつばた」の五文字を各句の冒頭において詠んだんだけど……確か、その屏風絵もあるはずなんだ……」そう言いながら先生は他の展示物を見回します。そして、反対側にあった対の屏風絵を見つけて指さしました。
「あれだよ。伊勢物語八橋・龍田川屏風、右隻 第9段『東下り』と左隻 第106段『龍田川』、業平が『かきつばた』を詠んだ場面と、龍田川を詠んだ場面だね」
 説明を聞いた学生さんは、みんな同じように反対側に展示されている一対の屏風絵に注目しました。わたしには井原さんの表情が一瞬硬くなったように見えたのでした。
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