立花准教授のフィールドワーク

ふるは ゆう

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高子(たかいこ)の想い

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 六月に入りますと、途端に天気が怪しい日が続きます。今日も重たげな鈍色の空はいつ泣き出すかわからない状態でした。
 ここ、S大学の古典文学研究室は主である立花准教授が会議で席を外していられるため、なんとも弛緩した空気を漂わせておりました。
「ごめんなさいね。先生たちの会議はいつも長引くのよね」わたしはそう言って二人に入れたてのコーヒーをすすめました。
「雪乃さん、わたし達特に用事ってわけでもないんで、気にしないでください」恐縮するようにゼミの三年の有馬由美さんは頭を下げ、
「ようはわたしら時間つぶしに来ちゃっただけですから」同じくゼミの三年の井原麗香さんは窓の外を気にしながら答えました。
「雨が降り出す前に学校に着けてラッキーでしたね……」
「そうね、ギリギリセーフってところのようね」わたしも井原さんと同じ様に窓の外をのぞくと鈍色の空から涙のような雨がかすかな音をたてて降り始めているのが見えました。

 他の学生がいないのを確認してから、井原さんは飲みかけのコーヒーを横に置き、切れ長の目を更に細くして前のめりでこう聞いてくるのです。
「この前のゼミの歓迎会の時も二人で消えたでしょう。雪乃さん、先生と!」
「ちょっと麗香。失礼だよ」そう言いながら有馬さんもわたしを注視します。
 ああ、この二人はここに来る前にこの話題でひと騒ぎしてきたんだろうなぁとわたしは想像してしまいました。
「先生はお酒弱いわりにお好きなんで、結局わたしが送ることになっちゃうんですよ」
「忘年会の時も?」
「ええ、仕事の一環ですから」すました顔で答えますと、つまらなそうに二人は顔を見合わせました。
「ほらね、噂なんてそんなもんよ」つまらなそうに井原さんが有馬さんに言いました。
「え~、だって……」その方が面白いもんって言う有馬さんの言葉が、わたしには聞こえてくる気がしました。ズバズバ言ってくる井原さんよりも有馬さんの方が要注意人物だとわたしは認識を改めたのでした。

「でも、雪乃さん。あんまり全否定しない方がいいよ。立花先生に色目使う女子結構多いから」
「わたしの男に手を出さないで!」って、井原さんの心配に有馬さんが落ちをつけるように言いました。
 真面目に助言するつもりの井原さんとただ単に面白がっているような有馬さん。
 次回から対応に差をつけましょうかしらと、そう真面目に考えた、わたくし雪乃でした。

 お昼前にようやく立花先生は会議から戻られました。ドアを開けてゼミの二人を見つけて、先生は嬉しそうにこうおっしゃいました。
「来週の火曜日、みんなでフィールドワークへ行こう」唐突な先生の言葉にわたし達が目を丸くしていますと、先生はテーブルに一枚のチラシを広げ、楽しそうに事の顛末を話しだされたのでした。
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