7 / 17
高子(たかいこ)の想い
Ⅰ
しおりを挟む
六月に入りますと、途端に天気が怪しい日が続きます。今日も重たげな鈍色の空はいつ泣き出すかわからない状態でした。
ここ、S大学の古典文学研究室は主である立花准教授が会議で席を外していられるため、なんとも弛緩した空気を漂わせておりました。
「ごめんなさいね。先生たちの会議はいつも長引くのよね」わたしはそう言って二人に入れたてのコーヒーをすすめました。
「雪乃さん、わたし達特に用事ってわけでもないんで、気にしないでください」恐縮するようにゼミの三年の有馬由美さんは頭を下げ、
「ようはわたしら時間つぶしに来ちゃっただけですから」同じくゼミの三年の井原麗香さんは窓の外を気にしながら答えました。
「雨が降り出す前に学校に着けてラッキーでしたね……」
「そうね、ギリギリセーフってところのようね」わたしも井原さんと同じ様に窓の外をのぞくと鈍色の空から涙のような雨がかすかな音をたてて降り始めているのが見えました。
他の学生がいないのを確認してから、井原さんは飲みかけのコーヒーを横に置き、切れ長の目を更に細くして前のめりでこう聞いてくるのです。
「この前のゼミの歓迎会の時も二人で消えたでしょう。雪乃さん、先生と!」
「ちょっと麗香。失礼だよ」そう言いながら有馬さんもわたしを注視します。
ああ、この二人はここに来る前にこの話題でひと騒ぎしてきたんだろうなぁとわたしは想像してしまいました。
「先生はお酒弱いわりにお好きなんで、結局わたしが送ることになっちゃうんですよ」
「忘年会の時も?」
「ええ、仕事の一環ですから」すました顔で答えますと、つまらなそうに二人は顔を見合わせました。
「ほらね、噂なんてそんなもんよ」つまらなそうに井原さんが有馬さんに言いました。
「え~、だって……」その方が面白いもんって言う有馬さんの言葉が、わたしには聞こえてくる気がしました。ズバズバ言ってくる井原さんよりも有馬さんの方が要注意人物だとわたしは認識を改めたのでした。
「でも、雪乃さん。あんまり全否定しない方がいいよ。立花先生に色目使う女子結構多いから」
「わたしの男に手を出さないで!」って、井原さんの心配に有馬さんが落ちをつけるように言いました。
真面目に助言するつもりの井原さんとただ単に面白がっているような有馬さん。
次回から対応に差をつけましょうかしらと、そう真面目に考えた、わたくし雪乃でした。
お昼前にようやく立花先生は会議から戻られました。ドアを開けてゼミの二人を見つけて、先生は嬉しそうにこうおっしゃいました。
「来週の火曜日、みんなでフィールドワークへ行こう」唐突な先生の言葉にわたし達が目を丸くしていますと、先生はテーブルに一枚のチラシを広げ、楽しそうに事の顛末を話しだされたのでした。
ここ、S大学の古典文学研究室は主である立花准教授が会議で席を外していられるため、なんとも弛緩した空気を漂わせておりました。
「ごめんなさいね。先生たちの会議はいつも長引くのよね」わたしはそう言って二人に入れたてのコーヒーをすすめました。
「雪乃さん、わたし達特に用事ってわけでもないんで、気にしないでください」恐縮するようにゼミの三年の有馬由美さんは頭を下げ、
「ようはわたしら時間つぶしに来ちゃっただけですから」同じくゼミの三年の井原麗香さんは窓の外を気にしながら答えました。
「雨が降り出す前に学校に着けてラッキーでしたね……」
「そうね、ギリギリセーフってところのようね」わたしも井原さんと同じ様に窓の外をのぞくと鈍色の空から涙のような雨がかすかな音をたてて降り始めているのが見えました。
他の学生がいないのを確認してから、井原さんは飲みかけのコーヒーを横に置き、切れ長の目を更に細くして前のめりでこう聞いてくるのです。
「この前のゼミの歓迎会の時も二人で消えたでしょう。雪乃さん、先生と!」
「ちょっと麗香。失礼だよ」そう言いながら有馬さんもわたしを注視します。
ああ、この二人はここに来る前にこの話題でひと騒ぎしてきたんだろうなぁとわたしは想像してしまいました。
「先生はお酒弱いわりにお好きなんで、結局わたしが送ることになっちゃうんですよ」
「忘年会の時も?」
「ええ、仕事の一環ですから」すました顔で答えますと、つまらなそうに二人は顔を見合わせました。
「ほらね、噂なんてそんなもんよ」つまらなそうに井原さんが有馬さんに言いました。
「え~、だって……」その方が面白いもんって言う有馬さんの言葉が、わたしには聞こえてくる気がしました。ズバズバ言ってくる井原さんよりも有馬さんの方が要注意人物だとわたしは認識を改めたのでした。
「でも、雪乃さん。あんまり全否定しない方がいいよ。立花先生に色目使う女子結構多いから」
「わたしの男に手を出さないで!」って、井原さんの心配に有馬さんが落ちをつけるように言いました。
真面目に助言するつもりの井原さんとただ単に面白がっているような有馬さん。
次回から対応に差をつけましょうかしらと、そう真面目に考えた、わたくし雪乃でした。
お昼前にようやく立花先生は会議から戻られました。ドアを開けてゼミの二人を見つけて、先生は嬉しそうにこうおっしゃいました。
「来週の火曜日、みんなでフィールドワークへ行こう」唐突な先生の言葉にわたし達が目を丸くしていますと、先生はテーブルに一枚のチラシを広げ、楽しそうに事の顛末を話しだされたのでした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
恋歌(れんか)~忍れど~
ふるは ゆう
恋愛
大学三年の春、京極定家は親友の有田業平の手伝いで大学の新入生歓迎会を手伝うことになる。そこで知り合った文学部の賀屋忍と北家高子、この二人との出会いが京極にとって、とても大切な一年になっていく。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる