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第二話・赤ずきん
漆
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吹雪が全ての音を遮っている。長崎の足跡さえすぐに消えてしまう。凍える手に息を吹き付けながら長崎は病院の裏口、職員用入口から入っていった。
「ふうっ、たまったもんじゃあないな! 」
フードに積もった雪を払いながらボヤいた。
それでも自然と顔がニヤけてしまう。
「アイツ、先に食ってないだろうな? 即、殺すからな!」
表情とは真逆な言葉を吐きながら、非常階段で地下へと降りて行った。
この病院の地下には小さな倉庫室とボイラー室があるだけだった。当然、人の出入りは限られる。
長崎たちにとって、滅多に人の来ない絶好の隠れ家だった。
鼻歌交じりで長崎はボイラー室の重い扉を開けて言った。
「さあ、赤ずきんちゃん! 狼さんが迎えに来たよ……」
「……」
そんな長崎の芝居がかった言葉に反応はなく、長崎が目を凝らすと、そこには少女ではなく、見知らぬ男がパイプ椅子に足を組んで座っていた。
「遅いぞ! 長崎竜也。こっちは待ちくたびれちまった」
そう言った男の横には、すでに手錠を掛けられた島原がうつ向いて座っている。
戸惑った長崎の後ろでドアの閉まる音がして、もう一人の男がドアを背に立った。
「長崎竜也! 事情を聞きたいので署まで来てもらえるか? 任意同行願います」
男は警察手帳を見せた。
長崎は冷静に頭をフル回転させてここを切り抜ける知恵を絞る。
「お、俺は院内で迷ってしまって、たまたま来ただけです! 任意同行でしょう? だったら拒否権はあるんですよね」
そう言って陣内の制止を押し退けてドアの向こうに逃げようとした。
「危ない!」
押しのけられた陣内はドアの外に転がり出されたが、ドアを押し開けた長崎はそこで床に這いつくばることになる。
「長崎竜也! 公務執行妨害で現行犯逮捕する」
駐在の天草の大きな声が廊下に響き渡った。
☆ ☆ ☆
足元に這いつくばった長崎に石川は普通に話しかける。
「確かに任意同行は拒否出来る。でも、公務執行妨害をしちゃあダメだな……所持品もしっかり預からせてもらうよ。お前の飛ばしスマホもな!」
如何にも楽しそうに石川は話しながら去っていく。
「ちょっと待ってくれ!」
たまらず長崎は呼び止めた。
「どうしてここが分かったんだ! それに俺の事まで……」
そう聞かれた石川は立ち止まって面倒臭そうに言った。
「嫌だよ! 何でお前に説明しなくちゃあいけないんだよ。まあ、お前が洗いざらい吐いたら、教えてやっても良いけどな!」
石川はもう振り返らず歩いて行ってしまった。
「さあ、行くぞ!」
天草が長崎を立たせて連行していく。
たくさんの警察車両が集まり、警察関係者が騒がしく走り回っている中を、堂々と犯人を連行していく天草の姿がことさらに誇らしげであった。
☆ ☆ ☆
(1時間ほど前)
思いがけない急な訪問者に、島原は動揺を隠せなかった。
閉じてあった正面玄関を強引に開けて、二人の男が入ってきたのだ。
「何なんですか、あなた達は!」
駆けつけた島原に男たちはこう言った。
「警察だ! ここに高校生が来たはずだ。出してもらおうか」
島原は顔を引きつらせながらもどうにか言葉を発した。
「し、知りません! 今日、面会には誰も来ていません」
震える手に力を入れてそう答えた。
刑事二人は疑わしそうに島原を見ていたが、
やがて諦めて若い方が丁寧な口調で話しかけてきた。
「なら、これからここに来るかもしれないので、立ち寄ったらば連絡をお願いします」
そう言って連絡先を言った。
島原が連絡先をメモしていると、後ろからもう一人が急に話しかけてくる。
「お前さん、背中にこんな糸くず付けてどうしたんだい? 取ってやるよ」
そう言って背中から何かをつまんだ。
「そう言えば、その娘の帽子もこんな毛糸の色だったな……」
後ろが見えない島原は動揺した。(そんな、何時付いたんだ? 寝かせて服を脱がせた時か? ベッドに縛り付けた時か? どう誤魔化したら良いんだ……)
島原はとっさに思いついた言い訳を言った。
「今日は寒かったので白衣の上に赤いカーディガンを羽織っていたんですよ。それが付いたんでしょうかね?」
島原はとっさにしては良い言い訳だったと思って振り返ったが、そこには満面の笑顔の刑事が立っていた。
「何で赤なんだ? お前が何でその娘の帽子の色を知っているんだ!」
刑事が持っていたのはただの白い糸くずだった。
そんなやり取りの最中にも、密かに陣内は地下へと向かう非常階段を確認していた。
そして、隙をみて階段を駆け下りて地下へ向かう。ボイラー室は島原が慌てて出てきたため施錠していなかった。
「ヒナタ!」
焦って思わず叫んでしまう。状況を確認し、共犯者が隠れていないかを確認してから侵入するのがセオリーだが……。
陣内の頭からはそんな事はどこかに吹っ飛んでいた。
「……陣内さん? ……」
陣内の声に、ヒナタは小さな声で答えた。
「そうだ! 助けに来たぞ」
そう言って陣内は自分のコートをヒナタに掛けた。
☆ ☆ ☆
別の部屋にヒナタは移され、今、手錠を掛けられた島原が石川と対座している。
「おい、島原。俺の言うことをよく聞いて、それから自分で判断しろ! 良いな」
そう石川は前置きしてから話し出した。
「お前は逮捕された。拉致監禁だな。これに殺人と死体遺棄も加わる可能性大だ! 分かっているよな」
パイプ椅子をさらに近づけてから話を続ける。
「ただ、これはお前が主犯、もしくは単独犯だった時の話だ。主犯がいてその指示となると話は違ってくる。まして、捜査に積極的に協力したとなれば……」
うなだれている島原を覗き込むようにしながら石川はゆっくりとその先を続けた。
「お前が素直に自白して主犯を逮捕出来れば、ちゃんと俺が証言してやる。島原は反省して捜査に積極的に協力したとな!」
島原はそれを聞いて顔を上げる。そんな島原の肩を叩いて石川は頷いた。
「さあ、詳しく話すんだ。主犯の事をな!」
うなずいた島原は長崎の事を話し出した。連絡用のアドレス、前の二人の事、殺したのは長崎でその後始末をさせられたことなど……。
すぐにアドレスから飛ばしスマホと判明し、話を聞いた石川は真面目な顔で島原に言った。
「お前、危なかったぞ! そいつは自分がやばくなったら、お前を自殺に見せかけて殺して罪を全部なすりつけるつもりだったぞ!」
「そ、そんな……」
呆然とする島原にさらに追い打ちを掛けるように言う。
「連絡は全て飛ばしスマホ。監視カメラにも写っていない。遺体の始末もお前の車だよな。あいつとお前の繋がりは何処にも出てこないんだよ!」
信用していた共犯者に切り捨てられそうになっていた。そのショックは島原にとって大きかった。
「でもな、安心しな。あいつが飛ばしスマホを持っていればそれが証拠だ。ちゃんと捕まえてやるよ。主犯としてな!」
石川は島原を見てもう一度強く頷いた。それを見て島原も頷き返した。
「石川さん。主犯が来ます!」
ボイラー室のドアを開けて陣内が石川に言った。
「よし分かった! 打ち合わせ通りに」
「了解!」
全てが整い、主犯、長崎の登場を全員が待っていた。その事は長崎だけが知らなかったのだった。
☆ ☆ ☆
「終わったんだね……」
「ああ」
「ホントに?」
「そうだ! もう安心だ」
別室に保護されたヒナタは婦人警官に付き添われて、別の病院に入院するべく待機していた。
かなりのショックを受けたヒナタも、少しづつではあるが落ち着きを取り戻しつつあった。
「陣内さん、心配してくれたんだ……」
「ああ、心配したぞ」
「ありがとう……」
弱々しいが、ちゃんと言葉に出来た。
ヒナタの思いはちゃんと伝えられた。
陣内は思わずヒナタを毛布ごと抱きしめる。
外は相変わらず風も雪も止まない、長い長い吹雪の夜だった。
「ふうっ、たまったもんじゃあないな! 」
フードに積もった雪を払いながらボヤいた。
それでも自然と顔がニヤけてしまう。
「アイツ、先に食ってないだろうな? 即、殺すからな!」
表情とは真逆な言葉を吐きながら、非常階段で地下へと降りて行った。
この病院の地下には小さな倉庫室とボイラー室があるだけだった。当然、人の出入りは限られる。
長崎たちにとって、滅多に人の来ない絶好の隠れ家だった。
鼻歌交じりで長崎はボイラー室の重い扉を開けて言った。
「さあ、赤ずきんちゃん! 狼さんが迎えに来たよ……」
「……」
そんな長崎の芝居がかった言葉に反応はなく、長崎が目を凝らすと、そこには少女ではなく、見知らぬ男がパイプ椅子に足を組んで座っていた。
「遅いぞ! 長崎竜也。こっちは待ちくたびれちまった」
そう言った男の横には、すでに手錠を掛けられた島原がうつ向いて座っている。
戸惑った長崎の後ろでドアの閉まる音がして、もう一人の男がドアを背に立った。
「長崎竜也! 事情を聞きたいので署まで来てもらえるか? 任意同行願います」
男は警察手帳を見せた。
長崎は冷静に頭をフル回転させてここを切り抜ける知恵を絞る。
「お、俺は院内で迷ってしまって、たまたま来ただけです! 任意同行でしょう? だったら拒否権はあるんですよね」
そう言って陣内の制止を押し退けてドアの向こうに逃げようとした。
「危ない!」
押しのけられた陣内はドアの外に転がり出されたが、ドアを押し開けた長崎はそこで床に這いつくばることになる。
「長崎竜也! 公務執行妨害で現行犯逮捕する」
駐在の天草の大きな声が廊下に響き渡った。
☆ ☆ ☆
足元に這いつくばった長崎に石川は普通に話しかける。
「確かに任意同行は拒否出来る。でも、公務執行妨害をしちゃあダメだな……所持品もしっかり預からせてもらうよ。お前の飛ばしスマホもな!」
如何にも楽しそうに石川は話しながら去っていく。
「ちょっと待ってくれ!」
たまらず長崎は呼び止めた。
「どうしてここが分かったんだ! それに俺の事まで……」
そう聞かれた石川は立ち止まって面倒臭そうに言った。
「嫌だよ! 何でお前に説明しなくちゃあいけないんだよ。まあ、お前が洗いざらい吐いたら、教えてやっても良いけどな!」
石川はもう振り返らず歩いて行ってしまった。
「さあ、行くぞ!」
天草が長崎を立たせて連行していく。
たくさんの警察車両が集まり、警察関係者が騒がしく走り回っている中を、堂々と犯人を連行していく天草の姿がことさらに誇らしげであった。
☆ ☆ ☆
(1時間ほど前)
思いがけない急な訪問者に、島原は動揺を隠せなかった。
閉じてあった正面玄関を強引に開けて、二人の男が入ってきたのだ。
「何なんですか、あなた達は!」
駆けつけた島原に男たちはこう言った。
「警察だ! ここに高校生が来たはずだ。出してもらおうか」
島原は顔を引きつらせながらもどうにか言葉を発した。
「し、知りません! 今日、面会には誰も来ていません」
震える手に力を入れてそう答えた。
刑事二人は疑わしそうに島原を見ていたが、
やがて諦めて若い方が丁寧な口調で話しかけてきた。
「なら、これからここに来るかもしれないので、立ち寄ったらば連絡をお願いします」
そう言って連絡先を言った。
島原が連絡先をメモしていると、後ろからもう一人が急に話しかけてくる。
「お前さん、背中にこんな糸くず付けてどうしたんだい? 取ってやるよ」
そう言って背中から何かをつまんだ。
「そう言えば、その娘の帽子もこんな毛糸の色だったな……」
後ろが見えない島原は動揺した。(そんな、何時付いたんだ? 寝かせて服を脱がせた時か? ベッドに縛り付けた時か? どう誤魔化したら良いんだ……)
島原はとっさに思いついた言い訳を言った。
「今日は寒かったので白衣の上に赤いカーディガンを羽織っていたんですよ。それが付いたんでしょうかね?」
島原はとっさにしては良い言い訳だったと思って振り返ったが、そこには満面の笑顔の刑事が立っていた。
「何で赤なんだ? お前が何でその娘の帽子の色を知っているんだ!」
刑事が持っていたのはただの白い糸くずだった。
そんなやり取りの最中にも、密かに陣内は地下へと向かう非常階段を確認していた。
そして、隙をみて階段を駆け下りて地下へ向かう。ボイラー室は島原が慌てて出てきたため施錠していなかった。
「ヒナタ!」
焦って思わず叫んでしまう。状況を確認し、共犯者が隠れていないかを確認してから侵入するのがセオリーだが……。
陣内の頭からはそんな事はどこかに吹っ飛んでいた。
「……陣内さん? ……」
陣内の声に、ヒナタは小さな声で答えた。
「そうだ! 助けに来たぞ」
そう言って陣内は自分のコートをヒナタに掛けた。
☆ ☆ ☆
別の部屋にヒナタは移され、今、手錠を掛けられた島原が石川と対座している。
「おい、島原。俺の言うことをよく聞いて、それから自分で判断しろ! 良いな」
そう石川は前置きしてから話し出した。
「お前は逮捕された。拉致監禁だな。これに殺人と死体遺棄も加わる可能性大だ! 分かっているよな」
パイプ椅子をさらに近づけてから話を続ける。
「ただ、これはお前が主犯、もしくは単独犯だった時の話だ。主犯がいてその指示となると話は違ってくる。まして、捜査に積極的に協力したとなれば……」
うなだれている島原を覗き込むようにしながら石川はゆっくりとその先を続けた。
「お前が素直に自白して主犯を逮捕出来れば、ちゃんと俺が証言してやる。島原は反省して捜査に積極的に協力したとな!」
島原はそれを聞いて顔を上げる。そんな島原の肩を叩いて石川は頷いた。
「さあ、詳しく話すんだ。主犯の事をな!」
うなずいた島原は長崎の事を話し出した。連絡用のアドレス、前の二人の事、殺したのは長崎でその後始末をさせられたことなど……。
すぐにアドレスから飛ばしスマホと判明し、話を聞いた石川は真面目な顔で島原に言った。
「お前、危なかったぞ! そいつは自分がやばくなったら、お前を自殺に見せかけて殺して罪を全部なすりつけるつもりだったぞ!」
「そ、そんな……」
呆然とする島原にさらに追い打ちを掛けるように言う。
「連絡は全て飛ばしスマホ。監視カメラにも写っていない。遺体の始末もお前の車だよな。あいつとお前の繋がりは何処にも出てこないんだよ!」
信用していた共犯者に切り捨てられそうになっていた。そのショックは島原にとって大きかった。
「でもな、安心しな。あいつが飛ばしスマホを持っていればそれが証拠だ。ちゃんと捕まえてやるよ。主犯としてな!」
石川は島原を見てもう一度強く頷いた。それを見て島原も頷き返した。
「石川さん。主犯が来ます!」
ボイラー室のドアを開けて陣内が石川に言った。
「よし分かった! 打ち合わせ通りに」
「了解!」
全てが整い、主犯、長崎の登場を全員が待っていた。その事は長崎だけが知らなかったのだった。
☆ ☆ ☆
「終わったんだね……」
「ああ」
「ホントに?」
「そうだ! もう安心だ」
別室に保護されたヒナタは婦人警官に付き添われて、別の病院に入院するべく待機していた。
かなりのショックを受けたヒナタも、少しづつではあるが落ち着きを取り戻しつつあった。
「陣内さん、心配してくれたんだ……」
「ああ、心配したぞ」
「ありがとう……」
弱々しいが、ちゃんと言葉に出来た。
ヒナタの思いはちゃんと伝えられた。
陣内は思わずヒナタを毛布ごと抱きしめる。
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