グリムの囁き

ふるは ゆう

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第二話・赤ずきん

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 二つほど先の駅がヒナタの目的の駅であった。二時間遅れで到着した列車から降りたヒナタは改札を出て呆然と立ち尽くす。
「ここだよね……」
 駅のロータリーには車が一台もなく、おまけに吹雪が待合所まで吹き込んでいる。
 慌てて待合所の奥に引っ込みストーブの前に座ってあたりを見回すと、もう一人奥に20代ぐらいの男がスマホをいじくりながら座っていた。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
 ちょっと目があったので軽く挨拶をした。
(確か、列車を降りたのはわたし一人だったから、ここで前から待っている人だよね?)
 そんなことを思っていると、男も気になったのかスマホを止めて、ヒナタに話しかけてくる。
「誰か待ち合わせの人が来るのかい?」
 男はあまり興味の無さそうな感じで聞いてきた。

「いいえ、病院の送迎バスに乗るつもりでした」
「それ、少し前にラストのやつが行っちゃたよ」
「あちゃーっ!」
 ヒナタは頭を抱えて奇妙な声を出した。

「んー。タクシーもこの大雪じゃあ呼んでも来ないし、北の森病院だろう、さすがに歩くのは無理だよ」
 男はヒナタに現実の厳しさを突きつける。
「……」
 急に無口になった少女に、男は仕方なく嫌々そうに話を切り出した。
「俺、車で来ているから送ろうか?」

 ヒナタは男の顔色を伺いながら聞き返した。
「お兄さん、ひどく嫌そうですよね?」

「当たり前だろう。これじゃあナンパみたいじゃあないか! 俺、これでも良識のある社会人なんだよ」
 半分冗談気味に男は訴えた。

「すいません。出来ればお願いします」
 ヒナタはしおらしくお願いする。
「ところで、お兄さんの車は?」
 外を見ながらヒナタは不安げに聞くと、男は当然とばかりに答えた。
「そこに止めてあるだろう俺の愛車……」
 そう言って振り向いた先には、こんもりと積み上がった雪の山があるだけだった。
「げっ! ここまで積もったのかよ」
 男はたっぷり30分近くを車を掘り出すために要したのだった。 

 ☆ ☆ ☆

「これ、どうぞ」
 助手席に座ったヒナタが冷たいジュースを差し出した。
「サンキュー」
 受け取った男はすぐに喉を鳴らして飲む。そして、免許証と身分証をヒナタに向かって差し出して言った。
「長崎竜也(ながさきたつや)25歳。地元の地方公務員だ! ちゃんと車に乗る前に確認するんだぞ」
 そう言って長崎はヒナタの赤いニット帽を大げさに叩く。
「はい……。これからはそうします」
 チョット拗ねたようにヒナタは口を尖らせながら返事をした。

「北の森病院だよな! 20分もあれば着くぞ。悪い、その前に少しメールさせてくれ」
 そう言って長崎は別の黒いスマホを取り出して何か簡単に打ってから送った。
「長崎さん、スマホ二台持ちですか?」
「仕事用だよ! 社会人は大変なんだからな」
 ポケットにしまうと、長崎は車を出した。窓に吹きつける雪は全く勢いを緩めることはなかった。
「今日は親の迎えなんだけど、次の列車のようだから、二時間ぐらい後だろうね」
 長崎はひとり言のように話しだす。
「長崎さんは生まれもこっちですか?」
 ヒナタは気になったので聞いてみる。
「何で?」
「いや、綺麗な標準語だから……」
「お! 鋭いよ。ちゃん」
 楽しそうに長崎が茶化した。
「赤ずきんじゃないですから! これ、赤いニット帽!」
 ヒナタは赤いニット帽をかぶり直しながら突っ込みを入れた。少しの時間だけだが楽しいドライブになりそうだった。

「俺は大学からこっち。両親がこっちの出で七年前に戻ってきたんだ」
 運転中の長崎は少し饒舌だった。
「七年前じゃあキミは知らないだろうけど。親父が勤務していた東京の小学校で、結構ヤバイ事件があってね。担任の先生が生徒を殺しちゃったんだ」
「え! 殺したんですか?」
 ヒナタは驚いて聞き返した。
「そう、親父は丁度その学年の学年主任をやっていてね。責任取らされそうになったんだけど、当時の校長がね、上手いことやってくれてこっちへの転勤で済んだんだってさ。それで、一家でこっちに引っ越してきたわけ……」
 結構重たい話を長崎は軽いノリで話した。
「その校長先生はどうなったんですか?」
 ヒナタは校長の心配をしたが、
「ん、校長? 自分も上手くやったよ当然、すぐに違う学校の校長に転任。今じゃあ、もっと偉くなってんじゃあないの?」
 長崎の意外な答えに何か割り切れない気持ちでヒナタは口をつぐんだ。
「俺は大学からこっちだから、ほぼ標準語。でも段々怪しくなって来てるけどね」

 その後も長崎はここでの話しなど色々話してくれて、二十分あまりのドライブはすぐに終わりを告げる。
「この時間だと、裏の職員用入口しかダメじゃあないかな。そっちに横付けするから」
 そう言って、長崎は病院の裏にまわって、職員用入口という表示がある小さな入口の横に車をつけた。
「ありがとうございます」
 丁寧にお辞儀したヒナタに長崎は軽くひらひらと手を振って言った。
「良いよ。気にするな!」
 そう言ってすぐに車を出そうとする長崎にヒナタは思い切って言った。
「あの! 良かったら連絡先教えてもらえませんか?」
「……」
 少しの沈黙の後、長崎は笑いながら言った。
「キミは高校生だろう。俺、未成年は守備範囲外だから! せめて大学生ならな」
 そう言って手を振って行ってしまった。

「わたし、女として見られてないってことよね……」
 ちょっと敗北感の残ったヒナタだった。

 ☆ ☆ ☆

 職員用入口と書いてある入口を開けると、白衣の男性が立っていた。
「え? こんな時に面会?」
 少し驚いたように聞いてきた。
「あ、はい! 祖母が入院しているんですけど……そのお見舞いです」
 ヒナタは白衣の男に事情を説明した。

「そうか、大変だったね。こんな吹雪の夜に入口に立っているから驚いたよ……」
 ちょっと恥ずかしそうに男はうつむきながら言った。
「すいません、驚かしちゃいましたか? でも、このカッコだと雪女より……」
「ふっ、赤い帽にピンクのダウンじゃあ、サンタだね……」
 二人して笑ってしまう。
 初めのうちは、ぎこちない態度の男だったが少しずつうち解けていった。
「今晩はお祖母さんの部屋に泊まるんだよね? 用意をするから、休憩室で待っててくれるかい?」
 そう言って白衣の男は出ていった。しかし、すぐに戻ってきて、湯気の立っている紙コップをヒナタの前に置いた。
「ココアだけど、これでも飲んで待ってて。少しかかるから……」
「ありがとうございます」
 ヒナタは立ち上がってお礼を言う。
「俺は看護師の島原健吾しまばらけんごって言うんだ。よろしく!」
 少しシャイな感じの島原はメガネを直しながら早口で言った。
「島原さんですね、よろしくお願いします」
 ヒナタは温かい休憩室のソファーで、熱いぐらいのココアをすすりながら部屋の準備が整うのを待った。
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