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第五章 慟哭のヘルプマン

06 運命の日

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 この日は、朝から生憎の小雨の降る少し肌寒い一日だった。
 ここ東京刑務所は、葛飾区にある最近建て替えられた高層の建物である。
 まだ早朝の時間だが、大きな門の横端にある非常扉の様な小さな扉が開き男が一人出て来た。警備員に挨拶をしてから外に出る。
「何か、天気にまで歓迎されていない感じだな」男は恨めしそうに雨空を見上げながらつぶやいた。
 山神正義二十八歳、危険運転致死と違法薬物使用で五年の刑期を終えて、今日、出所したのだった。
 すぐに山神に傘を持って駆け寄る初老の男がいた。
「お帰りなさい、正義さん。お待ちしておりました」男は丁寧な挨拶をして止めてあった車に案内した。
「ありがとう、曽根さん。わざわざ迎えに来なくても……」
「いいえ、お父様もお待ちです。お屋敷へ戻りましょう」
 そう言って後部座席のドアを開き山神を乗せてから、ゆっくと車を動かした。5年ぶりに見る風景は、思っていたよりも代わり映えがしていなかった。

「タバコある?」後部座席から身を乗り出して聞く山神に、曽根は少し嫌な顔をして聞き返した。
「もう、お止めになったのではないのですか」
「タバコだから良いでしょう。もう変なモノはやらないからさ」
「センターのコンソールボックスにあります。本当にもう止めて下さいね。約束ですよ」曽根は困った顔で言った。
「分かってる。あんな女に騙されて吸ったのが俺の敗因! もう、同じ過ちは犯さないから信用して」美味しそうにタバコの煙を燻らせて、山神はやっと娑婆に出られた感覚をしみじみと感じていた。
「おや? 何でしょう」曽根がバックミラーを見ながら減速した。
「どうしたの? 曽根さん」
「覆面パトカーがサイレンをつけてこっちに来ます」
「曽根さん違反?」
「いいえ、交通違反などは……」
 曽根は車を路肩に止めて警察官を待った。

 やがて近付いた警察官は、すまなそうに窓を開けた曽根に話しかけた。
「すいませんね! この車、マフラーが取れかけていますよ。一緒に確認してください」
 慌てて降りた曽根は警官と確認に行った。
「曽根さん大丈夫?」
 しばらくしても戻らない曽根を心配して、山神も降りようとドアを開けた瞬間。
「バチ! バチ!」 わき腹にスタンガンを押し付けられて、山神も意識を失った。
 警察官はそのまま運転席に乗り込み車を走らせる。高速には乗らず、カメラの無いような細い道を通って行った。 
 午前八時前葛飾区路上での出来事である。

 午前八時電脳捜査課
 朝一番で、交通総務課の佳子から連絡が入った。
「大変だよ! 銀さん。仁さんと連絡が取れないんだ。今、薫と二人で家まで行く所なんだけど」切羽詰まった声で佳子が電話してきた。
「おい! 桃色(ローズ)、仁さんのケータイの位置は?」
「今日は自宅から動いていないよ」速攻で返事が返って来た。
「仁さんのケータイは自宅だ。二人は直行してくれ」
「了解!」
 少し考えてから、銀次郎は白河課長に断って席を立った。
「銀さん何処へ行くんですか?」すかさず涼も後を追った。
「……」
 無言のまま銀次郎はエレベーターに乗り、捜査一課のフロアーで降り、課長室をノックした。
「失礼します。後藤課長ご在席でしょうか」
「どうした? 黒岩か入れ」
「黒岩と赤羽入ります」

 騒がしい捜査一課の中で、ここだけは別の空間の様だった。
「先ずは、座れ! 何が聞きたい」
 席を勧められた銀次郎は直ぐに座ると前置きも無く本題を話し始める。
「仁さん。仁義弘の事です!」
「俺が組対四課に行ってから退職するまでに何があったんですか?」
 後藤課長はしばらく黒岩を見ていたが、少しずつ話し出した。
「そうか、お前は知らなかったんだな。事故の事を……」
「確かに、仁が自分から話すとは思わんな」
「事故ですか?」
「ああ! そうだ。五年ほど前にあいつの家族が事故で亡くなってな。それからすぐ自己都合とか言って、辞めちまったんだ」
「最近、復帰したんで安心していたんだが……」

 涼は横でノートPCを叩いて検索し、すぐに情報を見つける。
「これですね」記事を読み上げた。
「五年前、交差点に突っ込んだ車で親子三人が死亡。犯人は覚せい剤を使用しており、実刑五年」
「五年……今年か、出所は何時だ?」
 すぐに、涼がデータベースから日時を割り出す。PCを見ていた涼が一瞬固まった。

「今日です! 今日の午前八時」

「黒岩。その時の覚せい剤があのDDだったんだ」
「DD(ダスティ・ダスト)TV局での事件で元締めまで検挙した新種の薬(ヤク)ですね」
「ああ、これで繋がったんだな。薬(ヤク)を根絶し、犯人に復讐するつもりか……」
「はい!」

「仁義弘がもう一人のヘルプマンです!」そう言って、銀次郎が苦しそうな顔をした。
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