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第四章 窓辺のコッペリア

04 素直でない紫色(ヴィオレット)

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――― どうしてこうなったのでしょうか? あの頃にはもう戻れないのでしょうか?

 ◇ Real world ◇

 都内の閑静な住宅街にその黒いワンボックスカーは静かに停車した。音もなく横のスライドドアが開き影が三体飛び出していく。やがて音もなくドアは閉じ、再び静寂が夜の闇を作り出していった。

 カオルはその時少し後悔していた。友人の誘いに乗って、二次会まで付き合ってこの時間だ。再びスマホを確認する、どうにか終電前に帰れたが親への言い訳をどうするかなどと考えて歩いていると、ふと、後ろからの足音に気が付いた。

 自分と同じスピードで付いて来ている? 少し怖くなって早足になった。

「え!」後ろの足音も同じ様に早くなった? カオルは背筋がぞっとして、振り向かずに走り出した!

 スーッと、横に何かが並びかけて耳元に言葉を残す!
「お姉さん、あんまり急ぐと転んじゃうよ……」

 急に囁かれた言葉に動揺したカオルは足をもつれさせて転がった。
「ほら! 言った通りでしょう……」
 倒れ込んだカオルの前には真っ赤なドレスを着たビスクドールが立ち塞がる。
 人形は武装し右手には鋭利なレイピアを持ち、ゆっくりとこちらに近づいて来る。

「止めて! やだー!」
 カオルが叫んだ瞬間、夜の闇にきらめいたレイピアは絶叫するカオルの突き出したカバンを貫いていた。

 ☆☆ ☆☆

「人形に襲われた? もう少し上手いウソがつけないのか?」
 うんざりした顔で黒岩銀次郎は交番で泣きじゃくる女子大生に手を焼いていた。

「銀さん! 落ち着かせて下さい。泣かせてどうするんですか!」
 火に油を注いでいる銀次郎に相棒の涼はあきれ顔で被害者の相手を交代する。
「大丈夫かい? 落ち着いたら家まで送るから安心して。事情は後日ゆっくり聞くからね」
 持ち前のソフトさを前面に出して、涼は朗らかに対応した。

 この日、二人は助教授の失踪事件の応援で、大学まで来ていてその帰りだった。
 元教授と共に、助教授も行方不明。捜査一課と手分けしての捜査になっていた。
「今さっき、小雪ちゃんからの連絡で元教授の屋敷から三体の自動人形(オートマタ)を保護したと報告がありました」
「自動人形(オートマタ)?」
「動くビスクドールらしいですよ……」

「なんだ? 今日はやけに人形が絡んでくるじゃねえか?」
「ひな祭りか? 子供の日か?」

 涼はとりあえず、銀次郎の愚痴をスルーして、周辺の監視カメラのデータを回収・解析し始めた。

 ☆☆ ☆☆

 警視庁電脳捜査課の白河課長は、夕方の小雪からの報告に頭を痛めていた。

「ビスクドール? 自動人形(オートマタ)? コッペリア?」
 どこをどう突っ込んで良いのか。理路整然とした小雪の報告ですら、理解が追いつくのにやっとのことであった。

「捜査一課では、この件に関して対応しきれないとのことで、こちらにお鉢が回って来たと言うことね……」
 いわゆる、分からない物は電脳に回しておけ! 的な事のようだ。

「中山さん、了解したわ。三体の自動人形(オートマタ)はこちらで保護します」
「コントロールルームまでお連れして」
「了解しました! 三十分後に到着予定です。お願いします」

 さて、さて、この後の展開がどうなるのか? 白河課長にも全く予想がつかなかった。

 きっかり、三十分後に車は本部の地下駐車場に到着した。非常事態なので、白河も地下まで対応に行く。
 小雪の運転する電脳のワゴン車からは、高校生三人の後から三体の自動人形(オートマタ)が自然な動作で降りて来た。
 先頭に立つ紫色のビスクドールは白河に対し自然な口調で挨拶をした。
「課長さん、しばらくの間お世話になります」そう言って丁寧に頭を下げた。
「こ、こちらこそよろしく! とりあえずは部屋の方へどうぞ……」
 挨拶が白河課長の方が多少ぎこちなくなったのは仕方のないことだと小雪は思った。

「いっちゃんは一緒に来てくれないの?」
 桃色のビスクドールは一郎に腕を絡めて猫撫で声を出した。
「僕は、部外者だからここまでだよ! ゴメンね」一郎は律儀に説明すると、
「えー! 付いて来てよー! わたし寂しいから……」余計に腕を絡めてくる。

 困った一郎を桃色から無理やり引き剥がして、恵はその頬を掴み持ち上げながらニヤリと笑って言った。
「課長さん! 一体ばかり顔がもげていても仕方ないですよね? 移動中の事故で……心臓部は壊しませんから大丈夫ですよー!」
 そう言って、恵は右腕にナックルダスターをはめようとする。

 桃色は震え上がって絡めた腕を引っ込め、逃げるように歩き出した。

 この後、三体の自動人形(オートマタ)は電脳捜査課メインコントロールルームへ案内されたのだった。

 ☆☆ ☆☆

 この夜は、簡単な事情聴取をしてお開きになる。三体の自動人形(オートマタ)は別の部屋に隔離され翌日、朝から銀次郎と涼も加え大人数での再度事情聴取となった。

「私たちは大久保教授に作られた自動人形(オートマタ)、教授(マスター)はコッペリアと呼んでいます」
 今日も、紫色のビスクドールが中心に話を進める。
「七体のコッペリアがあり、クルール・シリーズと呼ばれた教授(マスター)の最高傑作です」
「ここに居る、私が紫色(ヴィオレット)、隣の幼いのが桃色(ローズ)、もう一体無口なのが水色(ブルシェル)」
「あと四体はどうしたんだ? どこにいる?」
 銀次郎の問いかけに紫色(ヴィオレット)はこう答えた。

「金色(ドレ)は教授(マスター)と共にいる! ただ、他の三体が助教授(サブマスター)と共に行方不明よ」

 ここで失踪した元教授と助教授が出て来る。こいつら四体も同じく行方不明……探す奴が増えただけか……。

 気落ちした銀次郎に替わって、こんどは赤羽が質問をする。
「君たち自動人形(オートマタ)はリンクしているのではないの? 他の子の場所とか分からないの?」
「金色(ドレ)が全てを把握しているの。上位互換と言うのかしら? 他の子たちの行動はわかるはずなのだけど……どうやら三体はリンクを切っているらしくて分からないわ……」
 申し訳なさそうに紫色(ヴィオレット)は答えた。

「心配?」涼は、彼女らの今の気持ちを聞く。

「……そうね、金色(ドレ)は心配ないけど……赤色(ルージュ)と白色(ブロンシュ)と黒色(ノアール)が……」

 涼は彼女らが自動人形(オートマタ)なのだが、仲間を心配する気持ちがあることに驚きを隠せなかった。
「探そうみんなを! だから協力して欲しい」真摯な涼の言葉に対して、

「まあ、あなたたちがそう言うなら仕方がないわね! 協力してあげるわ」
 少しだけ素直ではない紫色(ヴィオレット)だった。
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