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第一章 ヘブンズ・ゲート

08 アリアドネ

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 ☆ Virtual ☆

 ヘブンズゲート内、中央広場に銀次郎たちは集まっていた。千人を越すであろう群衆の熱気の中心に、銀次郎を含め数十人の男たちが松明を掲げ円を作っている。午後六時を知らせる鐘の音を合図に、銀次郎は剣を携え中央に立ってこう宣言した。
「俺たちはもう待てない! 予告通り、午後六時から、一体ずつNPCを殺戮する。要求は一つ、俺たちを解放しろ!」

 黒マントの男に両脇を抱えられNPCの女が中央に引きずり出される。
「やめてください! やめてください!」
 と繰り返す女の衣装を引きちぎり、胸元をあらわにして。銀次郎は剣で浅く切りつける。
NPCなので、当然、血は出ないが、中の基盤が少し覗く。

「良いか。皆んな。刺すぞ!」
 そう叫んでから、銀次郎は群衆と声を合わせカウントダウンを開始した。

「3」
「2」
「1」
「0」

 群衆の声が轟く。中央広場には、狂気が蔓延していた。

 銀次郎が剣を大きく振りかぶったと同時に、横にいたマントの緑川がNPCの胸の基盤にマイクロSDカードを素早く差し込んで言う!

「行け、アリアドネ。お前の糸で。リアルと繋げ!」
 と同時に銀次郎も叫んだ。

「涼。今だ!」

 ◇ Real world ◇

 この時を待っていた白河課長は、即座に、山梨のバックアップセンターにいる涼に指示が飛び、マイクロSDカードが刺された。

 一瞬の静寂の後に、アラートが鳴り響く。次の瞬間、すべてのサーバーが沈黙し、ひとつずつ再起動していく。

 涼のインカムにフォックスからの報告が入る。
「ポートオープンを確認後、バッファオーバーフロー完了、管理者権限奪取しました。そちらに送ります!」

 この時点で、ドリームキャッスル本社メインサーバーが管理者権限をもって、正常に稼働を開始した。
 これによって、千人の人質は、無事解放される事になったのだった。
 しかし、これと同時に、グリーンクライシスに関わったと思われる、複数の企業のサーバーが大規模なDDoS攻撃を受け、長期間のシステムダウンを余儀なくされたことについては。現在、あまり大きなニュースにはなっていない。

「う~ん! 赤羽くん。あなた結構えげつないわね」
 と言う白河課長に、涼は反論する。
「それなりのペナルティがあっても良いんじゃないですか? うちがやった事じゃなくて、あくまで『unknown』がやったことですから……」

 課長は諦めた顔で窓の外を見た。
 今日は特に長い一日だった。

 ◇ Real world ◇


 東京スカイドームの100人の人質は無事に解放された。その中には銀次郎と緑川も含まれている。緑川の家族は、仁と恵が連れてきてくれていた。

「すみれ! ヒナ!」
 二人を見た緑川は駆け寄って抱きしめる。
「お父さん、わかったことがあるんだ……。お父さんは二人がとても大切なんだ。だから、ずっと、ずっと、一緒にいてほしい!」
 緑川はそう言って、二人を強く強く抱きしめた。

 この光景を見ていた恵は、父の隣に来て言った。
「親父! 私も頑張ったんだよ。褒めて、褒めて!」
「ああ、よくやった。自慢の娘だぞ!」
 銀次郎は恵の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 この後、仁に恵を送ってもらい。銀次郎は電脳捜査課に戻ってみんなと合流する。
 詳しい話を涼がしていたが、半分以上はわからなかった。
 まあ要するに、緑川がアリアドネと言うバックドアソフトの入ったマイクロSDカードを刺すことで、起動させて、同時にホワイトハッカーが管理者権限を乗っ取った。と言う事らしい……たぶん。

「銀さん! あの公開処刑はすごかった、真に迫ってましたよ!」
 涼は労いの言葉をくれたが……。

「あのね、黒岩さん。もう少し全国に放送されること考えてね! あれじゃあ公開陵辱みたいに見えたわよ。これから私は本部長に報告に行くんだけど……」
 課長は頭を抱えながら出ていった。

 銀次郎も当分帰れそうにないようだ。まだ長い一日は終わりそうにはなかった。
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