茨の女王

降羽 優

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終章 茨の女王

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「このスキャンダルが表に出れば、彼の監督人生は完全に断たれる。つまり、わたしは自らの手を汚さずに彼を抹殺した。これこそが完全犯罪よ! 葵、貴方もこのぐらいの事をやらないと、ケチな小細工などせずにね! 」睨む様な葵の視線を感じながらも、結衣は中央に座って満足げに微笑んだ。

「恐ろしい人ですね…… 流石、『茨の女王』だ! 」さも恐ろし気に剣は己の両腕をさすった。

「いいえ! わたしは芸能界に女帝として君臨する『薔薇の女王』よ! 
間違えないで頂戴! 」そう言い残して結衣は去っていく。

 剣はドアを開けて恭しくお辞儀をし、彼女が去って行くのを見送った。
 去り際に一言、言い残して…… 。

「また、お願いね。探偵さん」

 × × ×
○昭和二十年終戦後、薔薇の洋館(昼)
  すっかり焼けてしまった館に訪れる二人の姿があった。

千秋「お母様、やっとたどり着きましたね。でもこれが以前『薔薇の洋館』と言われた我が家の姿なのですか? 」
和枝「館は残っていただけましですよ。でも、庭は…… 薔薇たちは全部ダメでしょうかね? (不安げに壊れかけた門の鍵を開ける)」

  二人壊れかけた門を開いて中へと歩き出す。

千秋「見てください、お母様。生きている薔薇が…… こんな状況でも花が、花のつぼみが! (残っていた薔薇を見つけて喜ぶ)」
和枝「死んでいない。これから咲こうと…… 花も生きようとしているのね! 」
千秋「お母様、もう一度。今度は一から、わたしたちの『薔薇の園』を作りましょう」

  二人は肩を寄せ合いながらも、しっかりとした足取りで館へと進んでいった。
      「茨の園」完    
 × × × 

 剣はもう何度目かのこの映画のエンドロールを見ていた。

「この傑作は神山耕三が一人で作ったのではないんですね、薫さんや岩淵たち作り手の思いがたくさん詰まっていたんですね…… 」

 隣にはまた、菫が座って観ていた。
「ねえ、所長。なんで神山は直接思いを言わないで脚本に書いたりしたんですか? 」
「菫くん、男は大事なことほど上手く口に出して言えないものなんだよ。女は現実に生き、男は夢に生きるって感じかな? 」

 そう言って、剣は取り出したディスクを丁寧にケースにしまって、書斎の棚に並べた。
         完





※参考資料
 
 旧古河邸 公益財団法人 大谷美術館ホームページ

 東京大空襲 戦災資料センター 東京大空襲とその被害

 NHKアーカイブス 戦争の記憶へ寄せられた手記から 
 戦時中の引き上げ船で遭難 
 
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