恋歌(れんか)~忍れど~

ふるは ゆう

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 花を持って娘が走って行く、
「そんなに急いだら危ないわよ、気を付けなさい」
 妻が気が気じゃなく、その後を追いかけて行った。
 春の香りを風が運んでくれるこの季節が、俺は一番好きで、そして一番切なくて嫌いな季節になった。

 毎年欠かさず、俺はここには足を運ぶ、一人で、二人で、いつからか三人で訪れる様になった。
「パパ! このお墓には誰が眠っているの?」
 今年で五歳になる娘が不思議そうに尋ねる。

「パパとママのとても大事なお友達が眠っているのよ」
 妻が少し寂し気な笑顔で答える。
「そう! 大事な大事な友達だよ……」
 俺はまだ散りきらない桜の木を仰いでから、隣の妻を見ると、妻は少しさみし気に微笑んでから言った。
「今日だけよ……」
 俺は墓に向かって微笑む。
「忍、良かったな。高子たかいこからお許しが出たぞ」
 そう言って、俺は一句口ずさんだ。

 【来ぬ人を まつ帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ】

 これは藤原定家の情熱的な恋の歌。式子内親王との決してかなわない恋の歌。それでも俺は君に送る。あの頃の笑顔を思って。

「俺は、今、幸せだよ……忍……」
 
 つぶやきは、春の香りとともに切なくも青い空に消えていった。

   完


※主な参考資料
 百人一首解剖図鑑
 四季の美 枕草子の原文内容と現代語訳
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感想 1

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みんなの感想(1件)

折々 りお
2022.05.04 折々 りお

登場人物の名前にも詩と関わりがあり、それぞれの想いが詩で繋がっていて、最後まで儚くて綺麗な作品でした!

2022.05.05 ふるは ゆう

ご感想どうもありがとうございます。読んだ方の少しでも心に残って貰えれば幸いです(礼

解除

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