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夏 四歌
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【星が降る キャンプの夜のベランダで】
「一旦、わたしは群馬の実家に帰るから、両親に顔見せないと心配するんで……」
「そうだね。わたしなんか毎日見たくないけど顔合わせてるんだけど……」
「そんなこと言ったら。お父さん泣いちゃうよ」
「ない、ない。家は親子倦怠期だから」
「何それ?」
ここ理工学部の実験棟の一階ロビーで、なぜか文学部の忍と高子が楽しく話をしている。
すでに夏休みに入りこの実験棟も人影はまばらで、研究室に残る学生がたまに通り過ぎるくらいであった。
「悪い、悪い。待たせちまった?」
業が階段を急いで降りてくる。
「遅ーい。待ったから、ジュース!」
「ヘイ、ヘイ。何がご所望?」
そう言って、業は二人のために自販機で飲み物を選んだ。
真夏の日差しから逃げるように、俺は実験棟に駆け込む。日当たりの良くない建物のせいか中はひんやりと感じられた。
待っていた三人は楽しそうに話し込んでいたが、俺に気付き手をあげる。
「遅ーい。待ったから、ジュース!」
忍が楽し気に言う。高子は困った顔をした。
「もう飲んでるだろう!」
俺は分かり切った突っ込みを入れた。
「ここなんだけど、どう?」
俺はスマホで三人に予め調べておいたサイトを見せる。
「グランピンング、いいねぇ!」
忍の感嘆文に業が突っ込んだ。
「お前、分かっているのか? グランピングだぞ、グランピング」
業が疑わし気に聞き返す。
「……グランピングでしょ……分かってるよ」
(こいつは絶対知らないなと俺も思った)
「グラウンドでピンを倒すんだ!」
「えっ、そうなの!」
業がいい加減な事を言うと、忍は本当かと思って驚く。横にいた高子はこらえ切れず肩を震わせて笑った。
「もう止めて……お腹が痛い……」
どうやら高子のツボに入ってしまったようだ。
「群馬県の無人駅にあるそうだ。駅だから電車で行ける。道具も一式借りられる」
「手ぶらでキャンプ、おまけにテントも張らなくて良い……これなら俺みたいなキャンプ初心者でも大丈夫そうだな」
俺の説明を聞いて、業も安心する。
「水上ですから、上越線ですね。それならわたしも高崎駅から合流できます」
実家に一度帰る、高子も大丈夫そうだ。
忍は……と、見るとすでに自分のスマホで検索して、詳しく調べている。
「『日本一のモグラ駅』だって。下り線は地下七十メートル……」
夢中になっている。行かないなんて選択肢は忍の中には絶対ないだろう。
こうして俺の夏休みの計画に四人でのグランピングが加わったのであった。
☆ ☆ ☆
グランピング前日、俺は最寄りの駅ビルで待ち合わせをしていた。
「ゴメンね。待った?」
お気楽な声で、そのお気楽な人物は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「待った、待った。チョー待った!」
俺はふて腐れたような顔で反応を探る。
お気楽は不満げに口を尖らして反論した。
「時間ぴったりだよ! 裁判長。不当な証言です」
「弁護人、反論を認めません!」
「ちょっ、ずるいよ~」
俺も今しがた来たばっかりなのだが、忍はからかうと反応が面白いので、こんな会話が最近では癖になってしまっている。
食料は当日買うとして、忍が見たいものがあるというので、実家に帰った高子の代わりに俺が買い物に付き合うことになってしまったのだ。
「で、何処へ行く?」
俺の投げかけた言葉に、忍は楽し気に答える。
「うん、たくさんだよ!」
これは大変そうだ……。忍の満面の笑顔に俺の顔が自然と引きつった。
キャンプ用品、洋服、アクセサリーと覗いては、悩んで、買ったり買わなかったり。きっと高子ともこんな具合にショッピングを楽しんでいるのだろう……休憩で入った喫茶店で忍は満足げな表情をしていた。
「明日のグランピング楽しみだよ」
美味しそうにパフェを口にしながら、幸せそうに忍は微笑む。
「お前、変なフラグ立てようとしてないよな」
「え! これやばいフラグ?」
真面目に不安がる顔を俺は楽し気に見ながら、ゆっくりとコーヒーに口をつけた。
☆ ☆ ☆
グランピング当日、俺たちは高子の地元の高崎駅で待ち合わせ、食材を確保してから上越線に乗り込んだ。食材を高子の引いて来たクーラーボックスに詰め込み俺が引く。
「ねえ、せっかく高崎なんだからさぁ。お弁当買って列車で食べようよ」
忍は駅弁の売店の前で「ぐんまちゃん」の人形と写真を取りながら言う。
「久しぶり、最近は食べてないね」
高子も楽し気に答える。
「二人とも高校はこっちだっけ?」
「はい、忍も二年から高崎なんです。一緒の高校だったんですよ」
「でも、今は親父さんの転勤で東京なんだけどねぇ」
今度は高子と「ぐんまちゃん」の写真を撮りながら、忍は説明する。
「君たちもどうかね? 群馬に来たらば、やっぱり「ぐんまちゃん」だろう?」
そう言って忍は俺たちに「ぐんまちゃん」との記念撮影を強要する。
「群馬で『ぐんまちゃん』か……なぁ、定、東京のマスコットキャラクターって何だっけ?」
業の素の疑問に俺は困惑した。
「え、東京のマスコットキャラクター?」
俺はしばらく考えてからつぶやいた。
「小池ちゃん?」
「なっ、わけないだろう!」
業と忍の突っ込みに、高子は涙を流して笑っていた。
上越線に乗り込み、俺たちはさっそく売店で買った「ダルマ弁当」を広げる。車窓にはのどかな風景が過ぎていく。
「いいなぁ、これだけで結構、十分楽しいんだけど……」
窓の流れる風景を見ながら業はつぶやく。
「業平くん、これからだよ。まだ、わたしたちはグランピングの『グ』の字にもたどり着いてないんだかね」
真面目な(ふざけているのだが)顔で忍が
業に言う。
「……確かに、ぐんまちゃんの『ぐ』には、たどり着いたけどな……」
もう止めてくれとばかり、涙目の高子が俺の肩を叩く。
目的の駅まで、そんなくだらない話で俺たちは時間も忘れ盛り上がったのだった。
JR上越線の土合駅は、下りホームと上りホームが離れており、高低差七十メートルにもおよぶ「日本一のモグラ駅」として「関東の駅百選」にも選ばれた有名な駅だそうだ。
俺たちは地下にある下りホームに降り立つ。
「ザ・トンネルだね……」
「……ホントに降りて良かったのかな?」
不安げな二人を残して俺たちは地上へと行くであろう長い階段の下までたどり着く。
「ここで良いみたいだな。ほら、看板があるぞ」
先頭を歩く業が立て看板を指さした。
「見て、見て。ようこそ『日本一のモグラ駅』へ、だって!」
喜び勇んで飛んできた忍が大きな声で看板の文字を読む。
「凄い階段だな……」
俺は思わずその階段を見上げてつぶやく。
「……この階段は、三百三十八メートル、四百六十二段あります。階段を上り、百四十三メートルの連絡通路を経て、改札口になります……」
高子が詳しく看板を読んでから、俺の方を振り向き、俺の引いている大型のクーラーボックスを悲し気に見つめた。
「頑張って、定家くん……」
(俺が持つの決定? ヘルプは無いの?)
俺はここまで考えが至らなかった事を猛烈に悔やんだ。
結局、業が手伝ってくれ。上り階段四百八十六段を休み休み、どうにか上りきることが出来たが……。
元気に上り始めた忍だったが、途中から無口になり、やがて泣き言を言い出した。
「ねえ、これ階段の足場に数字が書いてあるよ。まだ三百だよ……四百八十六までまだまだだよ……」
ご丁寧に足場に書いてある数字が余計、気持ちを萎えさせるようだ。
「一番遅いヤツおやつ抜きな!」
クーラーボックスを抱えながら追い抜いた俺がそう言うと、泣きそうな顔で忍は言った。
「定家くんのバカ!」
その声は長い階段に響き渡った。
☆ ☆ ☆
地上の駅にやっとのことでたどり着いた俺たち四人は、さっそく駅舎内のカフェでチェックインを済ませ、グランピング施設に向かう。
やがて駅から続くウッドデッキの向こうに白いマシュマロのような可愛い建物が並んでいるのが見えてくる。
「凄い、凄いよ!」
地上にやっとのことでたどり着いた時には、死んだ魚のような目をしていた忍だったが、この光景に再び目を輝かして、荷物を置きざりにしてウッドデッキを走っていった。
「こら、転ぶぞ!」
俺の声なんて届いていないようだった。
「……忍ったら、感動しすぎちゃって。凄い、凄い、しか言ってないね……」
高子もこの景色を見渡しながら言葉を探しているようだったが、改めて俺に向かってこう言った。
「定家くん、こんな素敵な場所に連れてきてくれて、ありがとう」
俺には最高の言葉だった。
日も暮れかかるころ、中央の広場でバーベキューを楽しむ。他のグループとも自然と話が盛り上がった。
夕食後は忍が隠し持ってきたモノを取り出した。
「やっぱ、これでしょ」
嬉しそうに取り出したのは花火セットだった。
家族連れできた子供たちも加えて、賑やかに花火に火をつける。
子供たちに混ざって楽しく忍と高子がはしゃいでいる。俺と業はゆったりと椅子に座って冷えた缶ビールを開けた。
「最高の夏休みだな」
業はそう言って缶ビールを掲げる。
「同感!」
俺も素直に同意した。
見上げた夜空は何処までも広く澄み渡っている。星がつかめそうだった。
「……でもな。いい加減決めてやれよ」
「……」
「アイツらのためにも……」
業のその言葉は、俺の中に深くしみ込んだ。
「……ああ、俺は逃げているのかな……」
「分からん。答えはお前の中に……だな」
缶ビールを美味そうに業は喉を鳴らして飲む、忍たちの歓声はまだ続いていた。
疲れ切って、忍と高子はマシュマロのようなコテージのベッドに横になった。
「遊んだね。遊びすぎたね……」
「大丈夫? 熱でも出すんじゃないの」
「……へ、へっ。大丈夫だって。楽しかったんだもん、ホントだよ!」
「分かってるって」
「……」
二人白い天井を見ながら話す。
「……高子、ありがとう……」
「え?」
「わたし、次はフィンランドへ行くの」
忍は天井を見たまま話し続ける。
「だから、定家くんのことお願いね……」
「忍れど、色に出でにけりわが恋は、ものや思ふと人の問ふまで」
「高子、隠していたってさぁ、わかっちゃうんだよ。こう見えても、わたしあなたの親友なんだからね」
「……忍」
二人はマシュマロのようなその白い天井をいつまでも見つめていた。
【星が降る キャンプの夜のベランダで 語る思いは星に届くか】
「一旦、わたしは群馬の実家に帰るから、両親に顔見せないと心配するんで……」
「そうだね。わたしなんか毎日見たくないけど顔合わせてるんだけど……」
「そんなこと言ったら。お父さん泣いちゃうよ」
「ない、ない。家は親子倦怠期だから」
「何それ?」
ここ理工学部の実験棟の一階ロビーで、なぜか文学部の忍と高子が楽しく話をしている。
すでに夏休みに入りこの実験棟も人影はまばらで、研究室に残る学生がたまに通り過ぎるくらいであった。
「悪い、悪い。待たせちまった?」
業が階段を急いで降りてくる。
「遅ーい。待ったから、ジュース!」
「ヘイ、ヘイ。何がご所望?」
そう言って、業は二人のために自販機で飲み物を選んだ。
真夏の日差しから逃げるように、俺は実験棟に駆け込む。日当たりの良くない建物のせいか中はひんやりと感じられた。
待っていた三人は楽しそうに話し込んでいたが、俺に気付き手をあげる。
「遅ーい。待ったから、ジュース!」
忍が楽し気に言う。高子は困った顔をした。
「もう飲んでるだろう!」
俺は分かり切った突っ込みを入れた。
「ここなんだけど、どう?」
俺はスマホで三人に予め調べておいたサイトを見せる。
「グランピンング、いいねぇ!」
忍の感嘆文に業が突っ込んだ。
「お前、分かっているのか? グランピングだぞ、グランピング」
業が疑わし気に聞き返す。
「……グランピングでしょ……分かってるよ」
(こいつは絶対知らないなと俺も思った)
「グラウンドでピンを倒すんだ!」
「えっ、そうなの!」
業がいい加減な事を言うと、忍は本当かと思って驚く。横にいた高子はこらえ切れず肩を震わせて笑った。
「もう止めて……お腹が痛い……」
どうやら高子のツボに入ってしまったようだ。
「群馬県の無人駅にあるそうだ。駅だから電車で行ける。道具も一式借りられる」
「手ぶらでキャンプ、おまけにテントも張らなくて良い……これなら俺みたいなキャンプ初心者でも大丈夫そうだな」
俺の説明を聞いて、業も安心する。
「水上ですから、上越線ですね。それならわたしも高崎駅から合流できます」
実家に一度帰る、高子も大丈夫そうだ。
忍は……と、見るとすでに自分のスマホで検索して、詳しく調べている。
「『日本一のモグラ駅』だって。下り線は地下七十メートル……」
夢中になっている。行かないなんて選択肢は忍の中には絶対ないだろう。
こうして俺の夏休みの計画に四人でのグランピングが加わったのであった。
☆ ☆ ☆
グランピング前日、俺は最寄りの駅ビルで待ち合わせをしていた。
「ゴメンね。待った?」
お気楽な声で、そのお気楽な人物は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「待った、待った。チョー待った!」
俺はふて腐れたような顔で反応を探る。
お気楽は不満げに口を尖らして反論した。
「時間ぴったりだよ! 裁判長。不当な証言です」
「弁護人、反論を認めません!」
「ちょっ、ずるいよ~」
俺も今しがた来たばっかりなのだが、忍はからかうと反応が面白いので、こんな会話が最近では癖になってしまっている。
食料は当日買うとして、忍が見たいものがあるというので、実家に帰った高子の代わりに俺が買い物に付き合うことになってしまったのだ。
「で、何処へ行く?」
俺の投げかけた言葉に、忍は楽し気に答える。
「うん、たくさんだよ!」
これは大変そうだ……。忍の満面の笑顔に俺の顔が自然と引きつった。
キャンプ用品、洋服、アクセサリーと覗いては、悩んで、買ったり買わなかったり。きっと高子ともこんな具合にショッピングを楽しんでいるのだろう……休憩で入った喫茶店で忍は満足げな表情をしていた。
「明日のグランピング楽しみだよ」
美味しそうにパフェを口にしながら、幸せそうに忍は微笑む。
「お前、変なフラグ立てようとしてないよな」
「え! これやばいフラグ?」
真面目に不安がる顔を俺は楽し気に見ながら、ゆっくりとコーヒーに口をつけた。
☆ ☆ ☆
グランピング当日、俺たちは高子の地元の高崎駅で待ち合わせ、食材を確保してから上越線に乗り込んだ。食材を高子の引いて来たクーラーボックスに詰め込み俺が引く。
「ねえ、せっかく高崎なんだからさぁ。お弁当買って列車で食べようよ」
忍は駅弁の売店の前で「ぐんまちゃん」の人形と写真を取りながら言う。
「久しぶり、最近は食べてないね」
高子も楽し気に答える。
「二人とも高校はこっちだっけ?」
「はい、忍も二年から高崎なんです。一緒の高校だったんですよ」
「でも、今は親父さんの転勤で東京なんだけどねぇ」
今度は高子と「ぐんまちゃん」の写真を撮りながら、忍は説明する。
「君たちもどうかね? 群馬に来たらば、やっぱり「ぐんまちゃん」だろう?」
そう言って忍は俺たちに「ぐんまちゃん」との記念撮影を強要する。
「群馬で『ぐんまちゃん』か……なぁ、定、東京のマスコットキャラクターって何だっけ?」
業の素の疑問に俺は困惑した。
「え、東京のマスコットキャラクター?」
俺はしばらく考えてからつぶやいた。
「小池ちゃん?」
「なっ、わけないだろう!」
業と忍の突っ込みに、高子は涙を流して笑っていた。
上越線に乗り込み、俺たちはさっそく売店で買った「ダルマ弁当」を広げる。車窓にはのどかな風景が過ぎていく。
「いいなぁ、これだけで結構、十分楽しいんだけど……」
窓の流れる風景を見ながら業はつぶやく。
「業平くん、これからだよ。まだ、わたしたちはグランピングの『グ』の字にもたどり着いてないんだかね」
真面目な(ふざけているのだが)顔で忍が
業に言う。
「……確かに、ぐんまちゃんの『ぐ』には、たどり着いたけどな……」
もう止めてくれとばかり、涙目の高子が俺の肩を叩く。
目的の駅まで、そんなくだらない話で俺たちは時間も忘れ盛り上がったのだった。
JR上越線の土合駅は、下りホームと上りホームが離れており、高低差七十メートルにもおよぶ「日本一のモグラ駅」として「関東の駅百選」にも選ばれた有名な駅だそうだ。
俺たちは地下にある下りホームに降り立つ。
「ザ・トンネルだね……」
「……ホントに降りて良かったのかな?」
不安げな二人を残して俺たちは地上へと行くであろう長い階段の下までたどり着く。
「ここで良いみたいだな。ほら、看板があるぞ」
先頭を歩く業が立て看板を指さした。
「見て、見て。ようこそ『日本一のモグラ駅』へ、だって!」
喜び勇んで飛んできた忍が大きな声で看板の文字を読む。
「凄い階段だな……」
俺は思わずその階段を見上げてつぶやく。
「……この階段は、三百三十八メートル、四百六十二段あります。階段を上り、百四十三メートルの連絡通路を経て、改札口になります……」
高子が詳しく看板を読んでから、俺の方を振り向き、俺の引いている大型のクーラーボックスを悲し気に見つめた。
「頑張って、定家くん……」
(俺が持つの決定? ヘルプは無いの?)
俺はここまで考えが至らなかった事を猛烈に悔やんだ。
結局、業が手伝ってくれ。上り階段四百八十六段を休み休み、どうにか上りきることが出来たが……。
元気に上り始めた忍だったが、途中から無口になり、やがて泣き言を言い出した。
「ねえ、これ階段の足場に数字が書いてあるよ。まだ三百だよ……四百八十六までまだまだだよ……」
ご丁寧に足場に書いてある数字が余計、気持ちを萎えさせるようだ。
「一番遅いヤツおやつ抜きな!」
クーラーボックスを抱えながら追い抜いた俺がそう言うと、泣きそうな顔で忍は言った。
「定家くんのバカ!」
その声は長い階段に響き渡った。
☆ ☆ ☆
地上の駅にやっとのことでたどり着いた俺たち四人は、さっそく駅舎内のカフェでチェックインを済ませ、グランピング施設に向かう。
やがて駅から続くウッドデッキの向こうに白いマシュマロのような可愛い建物が並んでいるのが見えてくる。
「凄い、凄いよ!」
地上にやっとのことでたどり着いた時には、死んだ魚のような目をしていた忍だったが、この光景に再び目を輝かして、荷物を置きざりにしてウッドデッキを走っていった。
「こら、転ぶぞ!」
俺の声なんて届いていないようだった。
「……忍ったら、感動しすぎちゃって。凄い、凄い、しか言ってないね……」
高子もこの景色を見渡しながら言葉を探しているようだったが、改めて俺に向かってこう言った。
「定家くん、こんな素敵な場所に連れてきてくれて、ありがとう」
俺には最高の言葉だった。
日も暮れかかるころ、中央の広場でバーベキューを楽しむ。他のグループとも自然と話が盛り上がった。
夕食後は忍が隠し持ってきたモノを取り出した。
「やっぱ、これでしょ」
嬉しそうに取り出したのは花火セットだった。
家族連れできた子供たちも加えて、賑やかに花火に火をつける。
子供たちに混ざって楽しく忍と高子がはしゃいでいる。俺と業はゆったりと椅子に座って冷えた缶ビールを開けた。
「最高の夏休みだな」
業はそう言って缶ビールを掲げる。
「同感!」
俺も素直に同意した。
見上げた夜空は何処までも広く澄み渡っている。星がつかめそうだった。
「……でもな。いい加減決めてやれよ」
「……」
「アイツらのためにも……」
業のその言葉は、俺の中に深くしみ込んだ。
「……ああ、俺は逃げているのかな……」
「分からん。答えはお前の中に……だな」
缶ビールを美味そうに業は喉を鳴らして飲む、忍たちの歓声はまだ続いていた。
疲れ切って、忍と高子はマシュマロのようなコテージのベッドに横になった。
「遊んだね。遊びすぎたね……」
「大丈夫? 熱でも出すんじゃないの」
「……へ、へっ。大丈夫だって。楽しかったんだもん、ホントだよ!」
「分かってるって」
「……」
二人白い天井を見ながら話す。
「……高子、ありがとう……」
「え?」
「わたし、次はフィンランドへ行くの」
忍は天井を見たまま話し続ける。
「だから、定家くんのことお願いね……」
「忍れど、色に出でにけりわが恋は、ものや思ふと人の問ふまで」
「高子、隠していたってさぁ、わかっちゃうんだよ。こう見えても、わたしあなたの親友なんだからね」
「……忍」
二人はマシュマロのようなその白い天井をいつまでも見つめていた。
【星が降る キャンプの夜のベランダで 語る思いは星に届くか】
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