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アグニール帝国

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 かの大国から送られてきた書状に、王宮はにわかにどよめいた。
 アグニール帝国との国交は、長い間途絶えていた。しかも現在ミジューム王国と懇意の仲であるレディーナ王国とは、敵対関係にある。
 あちらから接触を図ってくるなど、本来なら有り得ない事態だった。
 ……自分以外は誰もがそう思っているらしい。サディアスはこの状況に、一人ほくそ笑んでいた。

「帝国からの使者が殿下とお会いしたいとのことです。如何されますか?」
「断るわけにはいかないだろう。日時や場所は、先方の都合に合わせると返書を出せ」

 これだけ清々しい気分なのは、何年ぶりだろうか。怪訝そうな表情で確認を取る宰相に、サディアスは椅子の上で足を組みながら命じた。
 しかし宰相は、すぐに返事をしなかった。それどころか、眉を顰めて何かを考え込んでいる。

「どうした、宰相。何を渋っている?」
「いえ。この会談に応じてよいものかと……」

 宰相は珍しく歯切れが悪かった。この国は新たな転換点を迎えようとしているのに、何を躊躇っているのか。焦らされているような気分になり、サディアスは大きく息をつく。

「いいに決まっているではないか。運がよければ、帝国との国交を回復させることが出来るのだぞ」
「そんな簡単な話ではございません。そもそも、何故こうして接触を図ってきたのかが分からない。……殿下、何かお心当たりはございますか?」
「いいや。だが、もしかしたら私の才を風の便りに聞いたのかもしれん……」

 疑いの眼差しを向けられ、平然としらばっくれる。こうして成果が得られたのなら、以前書状を送ったことを明かしてもいいだろう。だが未だにくすぶり続ける自尊心が、サディアスに虚言を吐かせた。

「……そうでございますか。ですが、帝国との国交は諸刃の剣となります。そのことをゆめゆめお忘れなきよう」
「諸刃の剣……?」
「我が国は、レディーナ王国と蜜月の関係になっております。そんな状態で、今更帝国と国交を再開するというのは、得策ではありません」
「はぁ? 二つの大国と友好を結べるのだぞ。この絶好の機会を逃すつもりか!?」
「レディーナ王国とアグニール帝国が不仲であることはご存じですか?」
「あ、ああ。それがどうした?」

 宰相の口から大きな溜め息が漏れる。

「よいですか、殿下。どちらにすり寄れば、どちらかに睨まれることになりますよ」
「ど、どちらとも同じくらい、親交を深めればいいだけの話だ」
「……例えばですが、アグニール帝国がある同盟を打診してきたとします。その条件としてレディーナ王国と縁を切ることを突きつけられたら、殿下はどういたしますか?」
「…………」

 サディアスは、ここでようやく宰相が何を言おうとしているのか察した。

「現在のミジューム王国には、まだそのような要求をはねつけるほどの国力はありません」
「そ……それを何とか解決するのがお前たちの仕事だろう。すぐに外務大臣や外交官を集めて、良案を捻り出せ。そして帝国にも返事を送れ!」
「殿下……あまりに無責任過ぎますよ」
「口答えをするな! 私は帝国に認められたのだ。その私への侮辱は、帝国に対する侮辱と見なすぞ!」
「……出過ぎた発言失礼いたしました」

 素直に謝罪を述べた宰相に、サディアスは高揚感を覚える。
 若き王太子の脳内では、輝かしい未来が駆け巡っていた。
 
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