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ふたりきりの茶会

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 ずっと自室に塞ぎ込んでいたソフィー王女も庭園を散策したり、図書室に出向いたりすることが増えてきた。
 しかし、未だに王妃やアニュエラ、慣れ親しんだ侍女以外の女性を見掛けると、その場にすくんでしまい、泣き出してしまう。

「ごめんなさい、ごめんなさい……っ」

 青ざめた顔で謝り続けるソフィーに、王宮の人々は彼女を哀れんだ。
 以前は初対面の人間に対しても物怖じしない、明るい性格だった。
 それがあんな・・・小娘に、幼い心を踏みにじられ、壊されてしまった。

 この状態では、とても人前には出られない。
 交流会での出来事に関しては、箝口令が敷かれている。
 しかし、人の口に戸は立てられぬものだ。
 ひと月も経たないうちに、レディーナ王国の貴族たちの知るところとなった。

「何だ? ミジューム王家は人の皮を被った獣でも飼っているのか?」
「しかも王太子は、自分の妻を放って外の空気を吸いに行っていたそうじゃないか」
「あのミリア妃はともかく、アニュエラ妃がいるというのに……あれ・・には王太子としての自覚がないのか?」
「違いない。クレイラー商会のご令嬢にも、一方的に迫ったんだろう?」

 ミリアのみならず、ミジューム王家を揶揄する声が飛び交う。
 しかし血の気の多い者たちは、怒りの矛先を自国の君主にも向けた。

「これはミジューム王国からの立派な宣戦布告だ!」
「あのような国、攻め滅ぼしてしまえばいい!」
「陛下は甘すぎる! 何故、王太子妃の廃妃を要求しなかったのだ!」
「いっそ王太子も、廃嫡に追い込めばよかったろうに……」

 貴族同士が集まれば、過激な発言が繰り返される。
 元よりミジューム王国、いやミジューム王家への信頼は、クレイラー商会の一件が起こる以前から薄い。
 王太子妃の公務停止及び国交断絶。それだけで気が済まない者は少なくなかった。



「陛下も判断を誤りましたわね……」

 アニュエラはそう呟き、紅茶を啜った。
 庭園に設けられた温室には、季節を問わず様々な植物が植栽されている。
 ガラスの円卓の中心には、大輪の赤い薔薇が飾られていた。

「それは、我が国の王へのお言葉ですか?」

 質問というより確認するような口調で尋ねたのは、若い男だった。
 イスワール伯爵シェイル。外務大臣とともに、ミジューム王国へ出向いた外交官だ。

「まさか。うちの国王陛下に対してですわ」

 にっこりと微笑んで答える。

「確かにレディーナ国王陛下は、随分と甘い要求をされましたけど……まさかその通りの対応をなさるとは思いませんでしたわ」
「ミリア妃の公務停止の件ですか?」
「ええ。以前から問題のある方でしたが、今回は完全に一線を超えた行為です。即刻ミリア様を廃妃にするべきでした。レディーナ国王陛下はミジューム王家に対して温情をかけたのではなく、試しただけでしたから」
「ああ……やはり、アニュエラ様も気付いておいででしたか」

 シェイルが相槌を打ち、皿に盛りつけられていたクッキーを手に取る。

「当然ですわ。国王王妃両陛下は、殿下とミリア様に相当お怒りでしたもの。あの程度で済むはずがないと思っておりました」
「ですが、ミジューム国王もよくあのような方を王家に置き続けていますね」
「何らかの事情・・がおありなのかもしれませんが……諸国の中には、『問題のある妃を切り捨てなかった不誠実な王家』と見なす国もあるでしょう」
「ですが、こうも考えられませんか? 『ミリア妃の代わりとなる女性が見付からない』。並大抵の方では、あの王太子を制御出来ませんよ」
「あら、それは困りましたわね」

 他人事のような物言いだった。
 ミリア妃以外の女性が見付からなかった場合、誰が正妃に選ばれることになるのか、誰よりも理解しているはずなのに。

「一部の貴族は今回の処遇にご不満のようですが、もう少し長い目で見ていただきたいですわね」
「と、仰いますと?」
「外から攻めなくとも、いずれあの国は内側から崩れていきますわよ」

 アニュエラが断言すると、シェイルはわざとらしく肩を竦めた。

「あなたはそれでよろしいのですか?」
「そうですわね……何の罪のない人民たちが、悪政の犠牲になるのは避けなければなりませんわね。あの水害の時のようなことが再び起こってはなりませんから」
「私も微力ながら、お力添えさせていただきます」
「ありがとう。頼りにしていますわ」

 アニュエラとシェイルは顔を見合わせて微笑んだ。



 
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