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可憐な正妃

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 ガチャン。扉の鍵が外される音がした。侍女と教育係を手で制し、サディアスだけが部屋に入る。
 すると扉の前では不機嫌そうな表情のミリアが立っていた。

「サディアス様……」

 男の庇護欲を煽るような甘い声に惹かれるようにして、サディアスはその細い体を抱き締めた。
 ふわりと香るのは、普段彼女が愛用している香水の香りだ。それを吸い込むと、彼女との夜が脳裏に蘇る。

「どうしたんだい、ミリア。何が辛いんだ?」

 ある日、正妃をノーフォース公爵令嬢に変更すると両親が言い出した時、サディアスは喜んで歓迎した。
 ミリアは容姿が優れているだけではなく、子供のように無邪気な心の持ち主だ。
 アニュエラを冬の女だとすると、ミリアは春の少女。暖かなそよ風が吹く花畑の中で、微笑んでいるような少女だった。

 あんな幼稚な令嬢を正妃になどと陰口を叩く文官もいたが、そのほうがいいとサディアスは常々考えている。
 無駄に頭の回る妻は、夫を立てることを知らない。
 まさにアニュエラがそれだった。こちらが理想の政治論を語ると、彼女は様々な難癖をつけてきた。

『殿下、この国は王家だけのものではございません』

『民たちは確かに王家の道具に過ぎないのかもしれません。ですが、道具にも持ち主を選ぶ権利はございます』

『よいですか、殿下。あなたのやり方では、彼らはついて来ませんよ』

 あれは側妃でちょうどいい。アニュエラからの不敬極まる発言を思い返しながら、ミリアの言葉を待つ。
 すると彼女は、目を潤ませながらぽつりと言った。

「昨日の夜会でアニュエラ様は、皆さんと楽しそうにお喋りをなさったそうですね」
「あ、ああ」

 恐らく侍女から聞いたのだろう。

「私は毎日、勉強と公務ばかりでずるいですわ……!」

 ミリアはサディアスから距離を取ると、くるりと背を向けて俯いてしまった。
 これにはサディアスも答えに窮した。妃教育を受けていることを考慮し、既に何割かの公務は取り止めている。
 それでも、公爵家で何一つ不自由なく育てられてきたミリアには、窮屈に感じるのだろう。

「君には苦労をかける。ごめんよ」
「ねえ、サディアス様。お茶会を開いてもよろしいでしょうか?」
「お茶会?」
「ええ。昨夜、アニュエラ様とお話した貴族の方々と私も仲良くなりたいのです!」

 ミリアはサディアスに向き直ると、目を吊り上げてそう詰め寄った。

「……まあ、そのくらいなら構わないが」

 正妃主催の茶会であれば、皆喜んで出席するだろう。
 それに頭の固いアニュエラよりも、ミリアのほうが会話も弾むに決まっている。

 サディアスは早速茶会の準備に取りかかった。
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