上 下
3 / 13

3.私の偽者……!?

しおりを挟む
 鼻歌をふんふんと歌いながら紅茶を飲んでいると、傍にいたメイドに声をかけられた。

「奥様、今日はご機嫌ですね」
「さっきエリオット様に『あとで素敵な話があるんだ』って言われたの。だからワクワクしちゃって……」
「そういうことでしたか。……奥様はここ最近、ずっと暗い表情ばかりされていたので安心しました」

 メイドが優しく微笑みながら、紅茶のお代わりを淹れてくれる。
 彼女はエリオットが私以外の女と関係を持っていたことを知っている。いやこの屋敷の人間の大半が、例の件を把握済み。
 ちなみに私が教えたわけじゃない。

 原因はレナだった。
 エリオットに別れを告げられて、突如泣き出したのだ。

「いやぁぁぁぁっ! 何で、何で……!? レナのこと大好きだって、愛してるって言ってくれたのに!」
「レナ……君の気持ちは嬉しいよ。だけど、僕たちは元々愛し合ってはいけない関係だったんだ。そのことをやっと気づくことができた」
「愛しちゃいけないなんて誰が決めたの!? 神様!? それとも奥さん!?」

 法律だ、馬鹿。勉強してこい。
 私は罵倒したい気持ちを必死に堪えた。
 ここで暗黒面を披露して、エリオットに悪い印象を与えたくなかったし。

「さあ、レナ。目を覚ますんだ。楽しい夢はもう終わりの時間だよ」
「うっ、うぅぅっ、うあぁぁあぁん……っ!!」

 大 号 泣。
 レナの泣き声が耳にキンキン響く。
 これが最後だからと、あの女を抱き締めるエリオットにも苛立ちを覚える。
 浮気相手に慈悲を与えてやる必要なんてないのに。

 その後落ち着きを取り戻したレナは、大人しく帰って行ったものの、泣き声を聞いた使用人たちが屋敷中に噂を拡散させたというわけだ。
 エリオットに対する皆の態度が微妙に冷たくなり、私には優しくなったのが何よりの証拠。
 一度でも夫が不貞を働いたショックはまだ癒えないけれど、それでも彼が私を選んでくれたこと。そして使用人のみんなが、私の味方でいてくれることが嬉しかった。

 いつか完全に立ち直れるといいな。
 明るい未来を夢見て口元を緩めた、まさにその時だった。

「リリティーヌ様、早急にお聞きしたいことがございます」

 別のメイドが慌ただしく私の部屋に入ってきた。

「その……最近ドレスを大量に購入なさいましたか?」
「ううん。ここ半年くらい買ってないわよ」
「ですよね。いえ、失礼しました。リリティーヌ様は無暗に散財するような方ではないと、分かっていたのですが……」
「何かあったの?」

 私が尋ねると、メイドは困惑の表情で答えた。

「実は先程から服飾店から次々とドレスが届いているのです。もう六軒目ですよ……」
「六軒!? 何かの間違いじゃないの?」
「それが……ドレスの注文書に、リリティーヌ様のサインが書かれていまして」
「えっ!?」
「こちらがその注文書です」

 メイドから渡された六枚の紙に目を通していく。
 確かに『トゥール侯爵夫人リリティーヌ』の名前がある。けれど。

「ち、違う。これ、私が書いたものじゃないわよ!?」

 というか私の字、こんなに下手じゃないんだけど。
 誰かが私に成りすました? だとしたら、その目的は?

「リリティーヌ、さっき言っていたことなんだが……ん? どうしたんだい?」

 思考を巡らせていると、このタイミングでエリオットが部屋にやって来た。
 だけど今は、素敵な話どころじゃない。

「エリオット、大変よ! 私の偽者がドレスの爆買いを……!」
「ああ、それについても今から話をするよ」
「はい?」
「さあ、君も入っておいで」

 目を丸くする私をよそに、エリオットが誰かに呼びかける。
 すると見覚えのある人物が、ドアから顔を覗かせた。

「えぇ~? でも、エリオットの奥さんとっても怖いしぃ……」

 レナ!! 何故に!?

「大丈夫だよ、レナ。リリティーヌはとても聡明で優しい女性だから」
「エ、エリオット……? どうしてレナさんがうちにいるのかしら……」

 寒くもないのに声を震わせながら尋ねると、エリオットは私の両手を握り、甘えるように首を傾げながらとんでもないことを言い出した。

「レナをこの屋敷に住まわせたいと思うんだ。いいよね……?」
「は?」

 この男、一体何を言って……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?

よどら文鳥
恋愛
 デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。  予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。 「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」 「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」  シェリルは何も事情を聞かされていなかった。 「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」  どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。 「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」 「はーい」  同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。  シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。  だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

処理中です...