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32.愛されなかった男

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 牢屋の見張り兵に口の布だけ外してやってくれと頼んだ。カミーユにとって自分は憎むべき人間の一人だろう。口汚く罵倒されると予想しつつ、どうしてエミリーに手を出したのか知りたいと思った。

 見張り兵が牢の中に入り、カミーユの口から布を外す。
 その瞬間、カミーユはジョセフを睨み付けたまま、

「おいジョセフ! あの女を今すぐここに連れて来い! オデットの姿をした悪女のことだぞ!」
「……エミリーのことかな?」
「そうに決まっているだろう! 私の股間を蹴ったのだ! あんな野蛮な女がオデットの娘のわけがあるか……!」

 余程根に持っているらしい。そしてエミリーに何故そんなことをされたのか理解する気もないようだ。見た目はここまで変わったのに、中身は三十年前とまるで変わらない。ジョセフは苦笑しながら肩を竦めた。

「エミリーはオデットの実の娘だよ」
「嘘だ! オデットが私以外の男と繋がって子を産むはずが……」
「あれだけ似てるのに、何故それを認めようとしないんだ」
「うるさぁぁぁいっ!! 貴様もあの女もみんな私の敵だ! オデットに今すぐ会わせないと全員処刑してやる!」

 血走った目は焦点が合わなくなり、ジョセフをまっすぐ捉えていない。

「……一応聞いておくけど、今更オデットに会ってどうするんだい?」
「ふふ、ふふふ……愚問だな」

 ジョセフがニヤリと笑う。

「オデットと、子作りを、する。絶対に優秀な男児が生まれる、はずだ。オデットも私の技巧に目を潤ませて歓喜するぞ」

 ジョセフは兵士たちと顔を見合わせた。
 これはもう駄目だ。貴族一の美貌を持つと言われた男もここまで堕ちるとは。神もさぞや嘆いているだろう。
 いや、ひょっとしたらせせら笑っているかもしれない。確かにカミーユの美しさは本物だった。だが本当に美しいだけだったのだ。

 カミーユに家督を継げるだけの能力などなかった。幼い頃から自らの美貌を自覚し、それ故に周囲の人間を徹底的に見下して勉学を怠っていた。勉強などしなくても自分なら出来ると過信があったのだ。
 ダミアンがオデットを息子の婚約者に選んだのは、その頭の悪さを補うためだった。残念ながら当の本人は、そのことに気付いていなかったが。
 他の貴族から密かに馬鹿にされていたことも知らずにいたようだ。主に頼まれて一時期レーヌ邸で働いていたクロエも、カミーユの無知と無能ぶりを間近で目にし、本来の主であるマリュン公爵にその様子を長々と語ったという。

「頭が悪くても性格がよければ、たくさんの人に好かれてオデットからも愛された。……哀れな男だよ」
「何を言う! 悪いのは私の愛を理解出来なかったオデットだ! 私から離れて心が穢れたから、あそこまで醜い姿になって……どこだ! 美しい姿をしたオデットは! 貴様が隠しているのは分かっているんだぞ!」
「…………」

 支離滅裂なことを言い出した。ジョセフは苦笑してから兵士に「こいつ、このままだとどうなる?」と尋ねた。

「昔に比べると、強姦罪も重くなりましたからね。麻酔無しの去勢に耐えることが出来ても、一生檻の中です」
「そうか。……まあこの男がオデットたちに再び危害を加えることがないなら何でもいい」

 そろそろ式典でオデットが広場に登場する頃だろう。それには間に合わせたいとジョセフはその場から立ち去ろうとする。

「待て! オデットをこの手で抱くまで私は諦めるわけには……!」

 何か馬鹿なことを言っているが無視した。
 いざ去勢された後もあのような戯言を言うのか少し気になったが、カミーユとは二度と会わないつもりだ。オデットにも会わせないし、今回の件も伏せておく。恐らくはエミリーも賛成してくれるだろう。

「……何かすごいですね」

 見張り兵がカミーユの口に再び布を巻き付けながら呆れ顔で言う。
 それに対してジョセフは溜め息をついてから言った。

「元は神が作ったとか言われていた男でね。だったら、人のまともな愛し方なんて理解出来るはずがないさ」

 とはいえ、このまま一人寂しく死んでいくのはあまりに哀れだ。
 せめて何か贈ってやろう。そう思ったジョセフはその数日後、従者に頼んで大量の贈り物をカミーユに届けさせた。
 それは大量の鏡だった。



※次回でラストです。
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