愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀

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31.変貌

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 エミリーを襲った男は既へ城に突き出され、牢屋に入っているということだった。ジョセフは昼間の予定をキャンセルし、城へと急いだ。妙な胸騒ぎがしたのである。

「あっ、ジョセフ伯父様!」

 城に到着すると、エミリーはにこやかに手を振ってみせた。見知らぬ男に手を出されて恐ろしかったろうに、おくびにも出さない。母と妹に似て本当に気丈な姪だとジョセフは苦笑した。

「エミリー、怪我はしていないかい?」
「私はしていませんよ」
「私は?」

 では男を取り押さえてくれた街の住民が怪我を……?
 ジョセフが眉を顰めていると、エミリーに付き添っていた兵士が笑いながら教えてくれた。

「怒りの収まらなかったエミリーさんがね、男の股間に蹴りを入れてやったんですよ」
「ああ、なるほど……」
「やりすぎだとは言いません。何せそいつ、拘束から抜け出してエミリーさんをもう一度押し倒そうとしたんです。正当防衛ですね」

 想像しただけで怒りと嫌悪が沸き上がる。ジョセフが言葉を失っていると、エミリーが目を吊り上げながら信じられないことを言った。

「ジョセフ伯父様、その男自分はカミーユだって名乗って、私をお母様と勘違いしていました」
「……何だって」
「だから私も頭に血が上っちゃって……」

 エミリーには一度だけカミーユのことを話したことがある。この先、姪の人生に関わることはないだろうが、一応知らせるべきだと思ったのだ。
 それは正解だったのかもしれない。恐怖より怒りが勝って、カミーユに抵抗することが出来たのだから。

「……君、その男に会うことは出来るかい?」

 兵士に尋ねると、彼は「うーん……」と難色を示した。

「や、面会するのは問題ないんですが、話が通じるか分からないですよ。ずっと『オデットは私のものだ』って喚いているんで」
「話が通じないのは昔から変わらないよ。奴のところに案内してくれ、頼む」

 会ってどうこうしたいわけではない。ただ昨夜門番が追い払った男と同一人物か確かめておきたかった。
 兵士に案内されたのは、一番奥の牢屋。見ればベッドの上で魚のように跳ねる男の姿があった。
 縄で手足を縛られ、口には布が巻かれている。随分と酷い扱いを受けているなとジョセフは驚いた。

「あまりにもうるさいし、格子に体当たりを繰り返すものだから無理矢理大人しくさせたんですよ。酒に酔っ払っているのか、薬でもキメてるのか……どちらにせよ、他の囚人の迷惑になられちゃ困りますからね」

 兵士が呆れた口調で語る。
 するとこちらに気付いたのか、男が唸り声を上げた。自分へ殺気が向けられていると自覚し、ジョセフは男がカミーユであると確信する。昨夜も見た顔だ。
 だが……。

「君は本当にカミーユか?」

 カミーユ本人だと思いつつも、口ではそんな疑問を投げかける。
 何故なら、それほどまでにカミーユは変貌を遂げていたのだ。

 顔は浮腫み、切り傷や吹き出物の痕まみれ。目は病人のように窪み、唇は皮が破れて血が滲んでいる。
 銀糸のような美しかった毛髪もごっそり抜け、真っ赤に炎症した頭皮が剥き出しだ。
 ジョセフは思わず身震いをする。あの美しすぎた男がここまで。
 恐らくは薬の影響だろうが、こんな姿になるくらいなら早々と死んだ方が彼にとって幸せだったかもしれない。
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