愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀

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26.新しい地獄(カミーユ視点)

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 不毛の地と呼ばれていた北部は、多くの人々が尽力したおかげで作物が実り始めた。それによって徐々にではあるが、移住者が増え始めて一つの村が出来た。
 村は町となり、町は都市に成長する。数十年前と比べると驚くほどの発展ぶりだ。現在では北部でのみ育てられている果実を名物として売り出している。

 開墾の初期に関わっていた人々は北部の父として今でも崇められている。だがそれはあくまで、自ら開墾に志願した者たちだ。
 罪を犯し、罰という名目で北部に連れて来られた者たちはその限りではない。
 と言っても自らの行いを悔やみ、誠実に働く者は開墾者たちに認められて、立派な人間としてやり直すことが出来た。だが自身の非を認めず、いつまでも精神的に成長しない罪人は奴隷のように扱われ続けた。
 男娼のような扱いを受けることはなかった。欲の発散に時間を使っている暇があれば、土を耕すという考えの者が多かったからだ。
 それにいくら美しい顔をしていても、中身が醜悪な男と交わりたいとは思わない。例えば、女の敵と貴族の間で疎まれた美青年は、愛する女性を持つ男たちにとっても忌まわしい存在だったという。




 労働を続けて十数年後。青年は体を酷使し続けた結果、右足を患って農作業が出来なくなった。
 彼は自分をここまで追い詰めた開墾者たちを恨んだが、好機だとも思った。役立たずになれば、ここにいる必要もなくなる。
 まずは実家に帰り、いつまでも自分を迎えに来ない両親に抗議する。そして無能のくせに当主の座に就いているであろう愚弟をレーヌ家から追い出すのだ。

 だがその目論見は意外な形で崩れた。
 動けなくなったら別の場所に連れて行くようにと、伯爵となった弟から指示が出ていたらしい。
 青年、いや男は土の匂いばかりがする小屋から小綺麗な建物に移された。

「ではまず、この薬をお飲みください。足の具合が良くなりますよ」

 医者らしき者からそう言われて錠剤を渡された。
 ようやく自分を貴族として敬う者に会えた。ここに住むようにと案内された部屋は狭いが、北部にいた頃に比べれば遥かにいい。
 温かい食事が支給されるし、柔らかいベッドで眠ることも出来る。
 そう喜び、男は薬を飲んだ。

 数日後、歩く度に痺れるような痛みを発していた足は回復した。おかげで部屋を歩き回れるようになったが、そのことは医者に告げなかった。
 もし足が治ったと知られたら、またあの薄汚い場所に戻される。だったら足が治らない振りをして、ずっとここに留まった方がいい。

「どういうことだ、足の痛みが全然引かないぞ。このヤブ医者が!」
「申し訳ありません。ではこちらの薬をお飲みください。ああ、こちらはせめてものお詫びです」

 医者は新しい錠剤と共に金銭を渡して来た。慰謝料のつもりだろう。ここを出た時のために、ありがたく受け取ることにする。



 異変は三日後に起こった。頭が割れるように痛み出したのだ。痙攣も止まらず、延々と胃液を吐き続ける。
 謝ったあとに医者が寄越した別の薬を飲むと、痙攣と吐き気は治まったが頭痛は残ったままだ。やがて強烈な胃の痛みも感じるようになった。

 薬を飲む度に男の体は何らかの異常をきたした。
 医者は新しい薬を渡すついでに金をくれた。中々の額だ。

 薬を飲んで苦しみ、金を貰う日々。男は気が狂いそうになった。
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