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25.僻地(カミーユ視点)
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この子は神の最高傑作。それがまだ五歳のカミーユを一目見た王家の者の第一声だ。
レーヌ伯爵の長子は驚くほど美しい。その噂を聞いてわざわざレーヌ邸を訪れたのだ。そしてカミーユの美しさは本物だったわけである。
この国で最も貴き血を引く者が自分を見て感動する姿を見てカミーユは、言い知れぬ優越感を覚えた。自分は類稀なる美しさを持って生まれた存在で、他の誰よりも価値を持った人間だと感じた。それこそ平凡な容姿の両親よりも。
そのことを気付いた時からカミーユは他者の言葉に耳を傾けるのを止めた。神の傑作に指図するなんてとんだ冒涜だと思ったからだ。
親近感を覚える者も誰一人としていなかった。寂しいとは感じなかった。カミーユが唯一共感を感じたのは生きている人間ではなく、書物の世界の人物だった。
カミーユと同じように美しい美貌を持って生まれた公爵令息であり、孤高の男。だからこそ手本とするのなら彼の生き方だと決めたのである。
公爵令息は妻を理想の女性にするために、彼女にあらゆる試練を与えた。そのことで周囲からは「狂っている」と罵倒されたが、彼はこう言い返したのだ。「彼女のためだ」と。
カミーユはこの場面が一番好きだった。周りの人間にいくら批判されようが、自らの愛の形を貫こうとしたのである。こんな男になりたいものだと、本気で思っていた。
だが彼は、最終的に妻の元恋人に刺殺されて物語が終わる。令息がまるで極悪人のように扱われた一方、元恋人は英雄扱いされて令息の妻と結ばれてしまう。
カミーユは憤り、奥歯を噛み締めた。こんな最期認めない。そして自分はこんな結末など迎えてやるものかと闘志を燃やした。
だから、この苦痛にも今は耐えるしかない。
「おい、カミーユ! 動きが遅いぞ!」
黙れ、こっちはもう疲れて腕が上がらないんだ。そんな思いを込めて睨み付けると、大柄の男に顔面を殴られた。
「あぐ……っ」
「命令に従わない罰だよ。動けるようになるまで、その辺で休んでろ」
冷たい声で言い放ち、男はカミ―ユを畑の外に突き飛ばして自分は土を耕し始めた。
ここは国の北部に位置する僻地であり、カミーユに課せられた労働は土地の開墾だった。
力仕事など殆どしたことのないカミーユにとっては、地獄のような毎日だ。すぐ力尽きてしまい、そうすれば罰として殴られる。よりにもって顔面を。
開墾に携わっている男たちは皆カミーユを知っており、初日から敵視していた。
妻を虐げていただけでなく貴族の娘に手を出して身籠らせた挙句、堕胎までさせた悪魔。それがカミーユに対する認識だ。
「くそ……平民の分際で……!」
「何が平民の分際で、だ。テメェだってもう平民じゃねぇか」
近くにいた男が蔑みの視線を向ける。
好きで平民になったわけではない。ダミアンが乱心を起こして、自分をレーヌ家から追放しただけである。すぐにリオンを後継者にしたのは間違いだと気付き、後悔するはずだ。
「顔しか取り柄のないクズを持った親父さんも大変だったろうな」
「何だと!? 誰に向かってそんな口を……」
「テメェの奥さんだったお嬢さんが本当に可哀想だ」
オデット。長らく彼女に会っていないせいで、どんな顔だったか時折忘れそうになる。だが結ばれるのなら彼女以外に考えられないと、カミーユは今でも想っていた。
夜、疲労から気絶するように眠りに就く度に、彼女を抱く夢を見ている。カミーユにどんな扱いを受けようが、オデットは健気に微笑んで受け入れてくれる甘美な夢だ。
それが現実になる日も近いと信じている。
離婚して、カミーユがこの地に来て二ヶ月が経つ。
口ではカミーユを拒絶していたが、物理的に離れたら夫の存在の大きさに気付けるはずだ。
そう思い続け──気が付けば長い歳月が経っていた。
レーヌ伯爵の長子は驚くほど美しい。その噂を聞いてわざわざレーヌ邸を訪れたのだ。そしてカミーユの美しさは本物だったわけである。
この国で最も貴き血を引く者が自分を見て感動する姿を見てカミーユは、言い知れぬ優越感を覚えた。自分は類稀なる美しさを持って生まれた存在で、他の誰よりも価値を持った人間だと感じた。それこそ平凡な容姿の両親よりも。
そのことを気付いた時からカミーユは他者の言葉に耳を傾けるのを止めた。神の傑作に指図するなんてとんだ冒涜だと思ったからだ。
親近感を覚える者も誰一人としていなかった。寂しいとは感じなかった。カミーユが唯一共感を感じたのは生きている人間ではなく、書物の世界の人物だった。
カミーユと同じように美しい美貌を持って生まれた公爵令息であり、孤高の男。だからこそ手本とするのなら彼の生き方だと決めたのである。
公爵令息は妻を理想の女性にするために、彼女にあらゆる試練を与えた。そのことで周囲からは「狂っている」と罵倒されたが、彼はこう言い返したのだ。「彼女のためだ」と。
カミーユはこの場面が一番好きだった。周りの人間にいくら批判されようが、自らの愛の形を貫こうとしたのである。こんな男になりたいものだと、本気で思っていた。
だが彼は、最終的に妻の元恋人に刺殺されて物語が終わる。令息がまるで極悪人のように扱われた一方、元恋人は英雄扱いされて令息の妻と結ばれてしまう。
カミーユは憤り、奥歯を噛み締めた。こんな最期認めない。そして自分はこんな結末など迎えてやるものかと闘志を燃やした。
だから、この苦痛にも今は耐えるしかない。
「おい、カミーユ! 動きが遅いぞ!」
黙れ、こっちはもう疲れて腕が上がらないんだ。そんな思いを込めて睨み付けると、大柄の男に顔面を殴られた。
「あぐ……っ」
「命令に従わない罰だよ。動けるようになるまで、その辺で休んでろ」
冷たい声で言い放ち、男はカミ―ユを畑の外に突き飛ばして自分は土を耕し始めた。
ここは国の北部に位置する僻地であり、カミーユに課せられた労働は土地の開墾だった。
力仕事など殆どしたことのないカミーユにとっては、地獄のような毎日だ。すぐ力尽きてしまい、そうすれば罰として殴られる。よりにもって顔面を。
開墾に携わっている男たちは皆カミーユを知っており、初日から敵視していた。
妻を虐げていただけでなく貴族の娘に手を出して身籠らせた挙句、堕胎までさせた悪魔。それがカミーユに対する認識だ。
「くそ……平民の分際で……!」
「何が平民の分際で、だ。テメェだってもう平民じゃねぇか」
近くにいた男が蔑みの視線を向ける。
好きで平民になったわけではない。ダミアンが乱心を起こして、自分をレーヌ家から追放しただけである。すぐにリオンを後継者にしたのは間違いだと気付き、後悔するはずだ。
「顔しか取り柄のないクズを持った親父さんも大変だったろうな」
「何だと!? 誰に向かってそんな口を……」
「テメェの奥さんだったお嬢さんが本当に可哀想だ」
オデット。長らく彼女に会っていないせいで、どんな顔だったか時折忘れそうになる。だが結ばれるのなら彼女以外に考えられないと、カミーユは今でも想っていた。
夜、疲労から気絶するように眠りに就く度に、彼女を抱く夢を見ている。カミーユにどんな扱いを受けようが、オデットは健気に微笑んで受け入れてくれる甘美な夢だ。
それが現実になる日も近いと信じている。
離婚して、カミーユがこの地に来て二ヶ月が経つ。
口ではカミーユを拒絶していたが、物理的に離れたら夫の存在の大きさに気付けるはずだ。
そう思い続け──気が付けば長い歳月が経っていた。
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