愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀

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23.クロエ

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 クロエから見たカミーユの第一印象は「顔だけの男」だった。
 元々クロエはとある貴族の使用人の娘であり、成長すると親と同じ生き方を選んだ。幼い頃大病を患ったのだが、貴族は治療費を全額負担してクロエを救ってくれたのである。
 その恩義で、一生仕えようと心に決めたのだった。

 一時的ではあるが、クロエがレーヌ邸に身を置く要因となったのはカミーユとオデットの結婚だった。
 以前からカミーユのことは知っていた。彼は貴族社会の中ではかなりの有名人で、いい話も悪い話もクロエの耳に入って来ていた。

 いい話の殆どは『外見』に集約されていた。
 どんな貴婦人の美しさも霞むと囁かれるほどの美貌、月の光を集めたかのような銀髪、宝石を思わせるアイスブルーの双眸。さらに透明感のある白い肌も持っていると来た。
 幼い頃から神が作り出した最高傑作と呼ばれ、男女問わず多くの人々を魅了してきた。
 と言っても、クロエがカミーユの顔面に惑わされることはなかった。他人を外見の美醜で判断しない術を生まれながらにして身に付けていたからだ。

 カミーユの悪い話の方がクロエの関心を引き付けたくらいである。
 そんな性格だからこそ、クロエのレーヌ邸行きが決まったのだ。カミーユの見目に興味を持たず、親身になってオデットに接してくれそうなメイドが欲しいとダミアンが主に頼んだらしい。



 クロエから見て、カミーユのオデットに対する言動は正直言って酷すぎた。
 オデットを嫌っているわけではない。それは目を見れば分かる。だがオデットを自分が望む女性に作り替えようとしている魂胆も透けて見えた。
 だから彼女の趣味や嗜好を全て否定していたのだ。勉強をやめさせたのは「そんなことをしていないで、自分と会話しろ」という願望もあったのだろうが、誰が冷たく当たってくる旦那との会話を楽しめるものか。

 それに嫉妬深い。オデットがクロエとパンを焼いていただけで激怒した。しかもクロエに暴力を振るい、解雇まで言い渡した。
 本当にどうかしている。オデットが離婚を決意した時も、そのことをカミーユには報告しなかった。
 結果的にそれが正しかったと知ったのは、カミーユが複数の令嬢に手を出していたと判明した時だ。娼婦を連れ込んでいるなと薄々感じてはいたが、まさか貴族の娘だとは思わなかった。
 あれは完全に女の敵だ。




 オデットがファルス邸に避難し、離婚も成立したのを機にクロエもレーヌ邸から去ることとなった。契約期間はもう少しあるのだが、ダミアンから「君はもう戻っていい」と言葉をかけてもらったのだ。
 なのでお言葉に甘えることにした。オデットがいない今、クロエがここにいる理由もない。

「でもオデット様とちゃんとお別れ出来なかったのが残念だったなぁ……」

 カミーユに虐げられているというフィルター抜きで見ても、気品のある素晴らしい女性だったと思う。彼女なら引く手数多だろうし再婚相手もすぐに見付かるはずだ。
 オデット本人が再婚を望むならばの話だが。

 オデットの幸せを願いながら荷物整理を行っていると、部屋の外からカミーユが癇癪を起こした声が聞こえてきた。
 そういえば今日でカミーユは、レーヌ邸から追い出されるのだった。ただし平民になった彼を完全に見放すというわけではなく、ここから遠く離れた場所で監視付きの労働を課せられるらしい。

「オデットも、オデットも連れてこい! オデットといられないなら、どんな場所であっても地獄だ!」
「オデット嬢からしてみれば、お前といるだけで地獄でしかない!」
「何だと!? 私はオデットを私に似合う完璧な女にしてやるつもりだったのに、周りが騒ぐからこうなったんだ!」
「何が『私に似合う』だ! 自分がどの程度かも自覚出来ていないのか!?」

 随分と盛り上がっている。あれがいなくなったら、レーヌ邸も静かになるだろう。
 それに遠地に飛ばされれば、自力でオデットに会いに行くことは不可能なはずだ。

 この時クロエはそう考えていた。
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