上 下
20 / 33

20.パン作り

しおりを挟む
「パン作りですか?」
「うん。僕じゃ作り方分からないお願いしてもいい?」
「は、はい。勿論!」

 ジョセフに頼まれ、ロジェは背筋を伸ばして返事をした。

「店ではパンもよく焼いていましたから、俺の得意分野でもあります」
「それはちょうどよかった。……それじゃあ、よろしくね」

 ジョセフは笑顔でロジェの肩を叩くと、厨房から出て行こうとした。オデットがそれを慌てて呼び止める。

「お兄様お待ちください。お兄様はご一緒に焼いてくださらないのですか?」
「ごめん、ちょっと用事思い出しちゃって! 二人でのんびりやってて」
「え!? お兄様……!?」

 まるで逃げるように去って行くジョセフを呆然と見送ることしか出来なかった。
 他の料理人も「下拵したごしらえは済ませましたので~」と出て行ってしまい、厨房にはオデットとロジェだけが取り残された。
 オデットがそっとロジェへ視線を向けると、困ったような笑みで「……では始めましょうか」と声をかけられた。



「オデット様……もしかして以前にもパンを作ったことがありますか?」

 ロジェからそんな質問をされたのは、捏ねた生地を発酵させている間、休憩も兼ねて紅茶を飲んでいる最中のことだった。

「あら、どうして分かったの?」
「生地の捏ね方がやけにお上手だったので」
「実はカミ―ユ様のお屋敷で、ある人に教えてもらいながら挑戦してみたの」
「な、なるほど……」
「…………」
「…………」

 内容はどうあれカミ―ユの名前を出すべきではなかったと、オデットは自らの失言に気付いた。
 ファルス家の使用人にとって、カミ―ユ関連の話題はタブーとされている。それをオデット本人から出されてロジェも反応に困っている様子だった。

「ごめんなさい、変な話をしてしまって」

 そう詫びるとロジェは首を横に振った。

「いいえ、そのようことはありません。……その時のパン作りは楽しかったですか? そのパンは美味しかったですか?」
「勿論よ。自分で捏ねて焼いたパンがあんなに美味しいものだなんて思わなかったわ」
「そうでしたか……」

 ロジェは目尻を下げて微笑んだ。

「あなたがレーヌ邸で過ごした日々の中で、楽しい思い出があってよかった」

 その言葉にオデットは一瞬目を丸くしてから、くすりと笑い声を漏らした。

「どうしてロジェがそんなに嬉しそうなの?」
「嬉しいし安心しましたよ。こんなの、俺が言うことではないかもしれませんが」
「……あなたはいつも私を気遣ってくれるわね」

 特に他意のない言葉だった。

「当然です。オデット様は私たち使用人・・・・・にとって大切な御方なのですから」

 だからロジェもあまり深く考えず、そう言ったのだろう。

「ありがとう……」

 オデットは笑みを作りながら礼を告げた。
 胸の痛みに気付かない振りをする。こんな他愛のないやり取りの中で自覚したばかりの想いを悟られなくはなかった。
 きっと彼を困らせてしまう。好いていない相手に言い寄られる苦痛と嫌悪感はよく理解している。



 そしてその頃、執務室で口論が起こっていることをオデットは知らずにいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妾は正妃を婚約破棄へ追い込みました。妾は残酷な方法で正妃を王から引き離したのです。

五月ふう
恋愛
「ガイゼル王の子供を妊娠したので、   報告しに参りました。」 アメリアは今朝、 王の子供を妊娠したと言い張って 城に無理やり入ってきた。 「ガイゼル、、ほんとうなの?」 私の名前はレイシャ・カナートン。 この国の有力貴族の娘であり、来月にもガイゼルの正式な妻になる予定だ。 「ご、ごめん、レイシャ。  ほんとうだと、思う、、多分。」 「それでどうするの?」 「子供を妊娠してしまったんだから、  城に迎えるしか、  無いだろう、、?」 あんな、身元の分からない女を 城に入れるなんて冗談じゃないわよ。 「ガイゼル様。  当然私を、  妻にしてくれますよね?」 「冗談じゃ無いわよ!」 「ねぇ、ガイゼル様。  こんな怖い女とは婚約破棄して、  私と結婚しましょうよ?」 そして城にはいってきたアメリアは 私にさらなる苦しみをもたらした。

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?

柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。  お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。  婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。  そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――  ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

妊娠した愛妾の暗殺を疑われたのは、心優しき正妃様でした。〜さよなら陛下。貴方の事を愛していた私はもういないの〜

五月ふう
恋愛
「アリス……!!君がロゼッタの食事に毒を入れたんだろ……?自分の『正妃』としての地位がそんなに大切なのか?!」  今日は正妃アリスの誕生日を祝うパーティ。園庭には正妃の誕生日を祝うため、大勢の貴族たちが集まっている。主役である正妃アリスは自ら料理を作り、皆にふるまっていた。 「私は……ロゼッタの食事に毒を入れていないわ。」  アリスは毅然とした表情を浮かべて、はっきりとした口調で答えた。  銀色の髪に、透き通った緑の瞳を持つアリス。22歳を迎えたアリスは、多くの国民に慕われている。 「でもロゼッタが倒れたのは……君が作った料理を食べた直後だ!アリス……君は嫉妬に狂って、ロゼッタを傷つけたんだ‼僕の最愛の人を‼」 「まだ……毒を盛られたと決まったわけじゃないでしょう?ロゼッタが単に貧血で倒れた可能性もあるし……。」  突如倒れたロゼッタは医務室に運ばれ、現在看護を受けている。 「いや違う!それまで愛らしく微笑んでいたロゼッタが、突然血を吐いて倒れたんだぞ‼君が食事に何かを仕込んだんだ‼」 「落ち着いて……レオ……。」 「ロゼッタだけでなく、僕たちの子供まで亡き者にするつもりだったのだな‼」  愛人ロゼッタがレオナルドの子供を妊娠したとわかったのは、つい一週間前のことだ。ロゼッタは下級貴族の娘であり、本来ならばレオナルドと結ばれる身分ではなかった。  だが、正妃アリスには子供がいない。ロゼッタの存在はスウェルド王家にとって、重要なものとなっていた。国王レオナルドは、アリスのことを信じようとしない。  正妃の地位を剥奪され、牢屋に入れられることを予期したアリスはーーーー。

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

式前日に浮気現場を目撃してしまったので花嫁を交代したいと思います

おこめ
恋愛
式前日に一目だけでも婚約者に会いたいとやってきた邸で、婚約者のオリオンが浮気している現場を目撃してしまったキャス。 しかも浮気相手は従姉妹で幼馴染のミリーだった。 あんな男と結婚なんて嫌! よし花嫁を替えてやろう!というお話です。 オリオンはただのクズキモ男です。 ハッピーエンド。

くだらない結婚はもう終わりにしましょう

杉本凪咲
恋愛
夫の隣には私ではない女性。 妻である私を除け者にして、彼は違う女性を選んだ。 くだらない結婚に終わりを告げるべく、私は行動を起こす。

処理中です...