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20.パン作り
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「パン作りですか?」
「うん。僕じゃ作り方分からないお願いしてもいい?」
「は、はい。勿論!」
ジョセフに頼まれ、ロジェは背筋を伸ばして返事をした。
「店ではパンもよく焼いていましたから、俺の得意分野でもあります」
「それはちょうどよかった。……それじゃあ、よろしくね」
ジョセフは笑顔でロジェの肩を叩くと、厨房から出て行こうとした。オデットがそれを慌てて呼び止める。
「お兄様お待ちください。お兄様はご一緒に焼いてくださらないのですか?」
「ごめん、ちょっと用事思い出しちゃって! 二人でのんびりやってて」
「え!? お兄様……!?」
まるで逃げるように去って行くジョセフを呆然と見送ることしか出来なかった。
他の料理人も「下拵えは済ませましたので~」と出て行ってしまい、厨房にはオデットとロジェだけが取り残された。
オデットがそっとロジェへ視線を向けると、困ったような笑みで「……では始めましょうか」と声をかけられた。
「オデット様……もしかして以前にもパンを作ったことがありますか?」
ロジェからそんな質問をされたのは、捏ねた生地を発酵させている間、休憩も兼ねて紅茶を飲んでいる最中のことだった。
「あら、どうして分かったの?」
「生地の捏ね方がやけにお上手だったので」
「実はカミ―ユ様のお屋敷で、ある人に教えてもらいながら挑戦してみたの」
「な、なるほど……」
「…………」
「…………」
内容はどうあれカミ―ユの名前を出すべきではなかったと、オデットは自らの失言に気付いた。
ファルス家の使用人にとって、カミ―ユ関連の話題はタブーとされている。それをオデット本人から出されてロジェも反応に困っている様子だった。
「ごめんなさい、変な話をしてしまって」
そう詫びるとロジェは首を横に振った。
「いいえ、そのようことはありません。……その時のパン作りは楽しかったですか? そのパンは美味しかったですか?」
「勿論よ。自分で捏ねて焼いたパンがあんなに美味しいものだなんて思わなかったわ」
「そうでしたか……」
ロジェは目尻を下げて微笑んだ。
「あなたがレーヌ邸で過ごした日々の中で、楽しい思い出があってよかった」
その言葉にオデットは一瞬目を丸くしてから、くすりと笑い声を漏らした。
「どうしてロジェがそんなに嬉しそうなの?」
「嬉しいし安心しましたよ。こんなの、俺が言うことではないかもしれませんが」
「……あなたはいつも私を気遣ってくれるわね」
特に他意のない言葉だった。
「当然です。オデット様は私たち使用人にとって大切な御方なのですから」
だからロジェもあまり深く考えず、そう言ったのだろう。
「ありがとう……」
オデットは笑みを作りながら礼を告げた。
胸の痛みに気付かない振りをする。こんな他愛のないやり取りの中で自覚したばかりの想いを悟られなくはなかった。
きっと彼を困らせてしまう。好いていない相手に言い寄られる苦痛と嫌悪感はよく理解している。
そしてその頃、執務室で口論が起こっていることをオデットは知らずにいた。
「うん。僕じゃ作り方分からないお願いしてもいい?」
「は、はい。勿論!」
ジョセフに頼まれ、ロジェは背筋を伸ばして返事をした。
「店ではパンもよく焼いていましたから、俺の得意分野でもあります」
「それはちょうどよかった。……それじゃあ、よろしくね」
ジョセフは笑顔でロジェの肩を叩くと、厨房から出て行こうとした。オデットがそれを慌てて呼び止める。
「お兄様お待ちください。お兄様はご一緒に焼いてくださらないのですか?」
「ごめん、ちょっと用事思い出しちゃって! 二人でのんびりやってて」
「え!? お兄様……!?」
まるで逃げるように去って行くジョセフを呆然と見送ることしか出来なかった。
他の料理人も「下拵えは済ませましたので~」と出て行ってしまい、厨房にはオデットとロジェだけが取り残された。
オデットがそっとロジェへ視線を向けると、困ったような笑みで「……では始めましょうか」と声をかけられた。
「オデット様……もしかして以前にもパンを作ったことがありますか?」
ロジェからそんな質問をされたのは、捏ねた生地を発酵させている間、休憩も兼ねて紅茶を飲んでいる最中のことだった。
「あら、どうして分かったの?」
「生地の捏ね方がやけにお上手だったので」
「実はカミ―ユ様のお屋敷で、ある人に教えてもらいながら挑戦してみたの」
「な、なるほど……」
「…………」
「…………」
内容はどうあれカミ―ユの名前を出すべきではなかったと、オデットは自らの失言に気付いた。
ファルス家の使用人にとって、カミ―ユ関連の話題はタブーとされている。それをオデット本人から出されてロジェも反応に困っている様子だった。
「ごめんなさい、変な話をしてしまって」
そう詫びるとロジェは首を横に振った。
「いいえ、そのようことはありません。……その時のパン作りは楽しかったですか? そのパンは美味しかったですか?」
「勿論よ。自分で捏ねて焼いたパンがあんなに美味しいものだなんて思わなかったわ」
「そうでしたか……」
ロジェは目尻を下げて微笑んだ。
「あなたがレーヌ邸で過ごした日々の中で、楽しい思い出があってよかった」
その言葉にオデットは一瞬目を丸くしてから、くすりと笑い声を漏らした。
「どうしてロジェがそんなに嬉しそうなの?」
「嬉しいし安心しましたよ。こんなの、俺が言うことではないかもしれませんが」
「……あなたはいつも私を気遣ってくれるわね」
特に他意のない言葉だった。
「当然です。オデット様は私たち使用人にとって大切な御方なのですから」
だからロジェもあまり深く考えず、そう言ったのだろう。
「ありがとう……」
オデットは笑みを作りながら礼を告げた。
胸の痛みに気付かない振りをする。こんな他愛のないやり取りの中で自覚したばかりの想いを悟られなくはなかった。
きっと彼を困らせてしまう。好いていない相手に言い寄られる苦痛と嫌悪感はよく理解している。
そしてその頃、執務室で口論が起こっていることをオデットは知らずにいた。
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