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16.決別のために
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自分もレーヌ邸に行くとオデットが言い出したのは、カミーユに会いたいと思ったからだ。
けれどそれは彼に愛情があるからなんて理由ではなく、自分の口で離縁を突き付けたいと思ったからだ。
アデルもジョセフも会わせたくない、あんな男の屋敷に連れて行きたくないと渋い表情をしていたが、オデットの考えを聞いて頷いてくれた。
ファルス家を出る前、使用人たちから「気を付けてくださいね」と心配そうに声をかけられた。
特にまだ若いシェフはオデットを案じていたようだった。
「ジョセフ様、どうか……どうかオデット様をお守りください」
「分かっているよ、ロジェ。随分と心配性だなぁ」
「も、申し訳ありません。その、俺にはオデット様のご無事を祈ることしか出来ないのが歯痒くて……」
何度もジョセフに頭を下げるロジェの姿が何だかおかしくて、オデットが笑いを零せば彼は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてしまった。ロジェには少し悪いと思うが、おかげで緊張が解れた。
「ロジェ、わたくしのことを心配してくれてありがとう」
「……良い結果になるといいですね」
「ええ。……頑張るわね」
ロジェは二年前に雇われた料理人だ。元は平民向けの飲食店で働いていたのを、ジョセフにスカウトされた。調味料や香辛料をふんだんに使うのではなく、素材の味を重視した料理はアデルたちだけでなく使用人からの評判もいい。
そして何より、その穏やかで真面目な人柄が周囲の人々に好印象を与える。オデットもその一人だった。
レーヌ邸に到着し、馬車から降りる。すると玄関のドアが勢いよく開き、カミーユに出迎えられた。
「ようやく戻って来たか、オデット。いいか、よく聞け。俺はお前を手放すつもりはないぞ。……この言葉の意味、分かっているな?」
離婚される側なのに、高圧的な態度は以前とまるで変わっていなかった。しかもオデットへの執着を見せている。
この期に及んで。オデットの頭の中にそんな言葉が浮かぶ。
アデルも扇で口元を隠しているが、殺気を抑えられていない。ジョセフは何やら弁護士と目で会話をしている。
「……意味が分かっても分からなくても、わたくしの気持ちが変わることはありません。そこをご理解ください」
「ほ、本気で言っているのか? お前のせいで俺も爵位を取り上げられそうになっているんだぞ。それにお前がいないと寂しい。ファルス子爵に早く頼んでこんな馬鹿げたことは止めさせるんだ」
「あら、わたくしは止めるつもりなんて更々ございませんわ」
アデルが二人の会話に割り込むと、カミーユは眉を寄せた。
「アデル夫人。あなたが何を言おうと、全ての決定権はファルス子爵にある。そのことをご理解されていないのか?」
「ええ、ですから止めるつもりはないと申したのですけれど?」
「……何だ、その物言いは。まるであなたが子爵であるかのような……」
「実際、そうですからね。現在のファルス子爵はこのわたくしです。コンスタンは最早ファルス家の人間ではありませんわ」
カミーユの両目が大きく見開かれる。
「馬鹿な……妻が家督を継ぐ? そんな話聞いたことがないぞ……」
「殆ど例がないだけで、法律上可能ですわね」
「……俺とオデットを離婚させたいがために、一族の主を捨てたのか? 何故そこまでして俺たちの絆を引き裂こうとする?」
まるで自分が被害者であるかのような問いかけに、オデットの心はますます冷めていく。
絆? 彼の中ではそんなものが存在していたことにも驚きだ。
ジョセフが何か言おうとするのを制して、オデットは口を開いた。
「お父様が勘当されたことについては、カミーユ様も少なからず関係しているのですよ」
「……?」
「詳しくは中でお話ししましょう」
オデットが笑顔で提案すると、カミーユは納得いっていない様子で屋敷へ入っていった。
自身の立場と状況をまるで分かっていない様子の義弟に、「もしかして記憶すっぽ抜けてる?」とジョセフが首を傾げながら呟いた。
けれどそれは彼に愛情があるからなんて理由ではなく、自分の口で離縁を突き付けたいと思ったからだ。
アデルもジョセフも会わせたくない、あんな男の屋敷に連れて行きたくないと渋い表情をしていたが、オデットの考えを聞いて頷いてくれた。
ファルス家を出る前、使用人たちから「気を付けてくださいね」と心配そうに声をかけられた。
特にまだ若いシェフはオデットを案じていたようだった。
「ジョセフ様、どうか……どうかオデット様をお守りください」
「分かっているよ、ロジェ。随分と心配性だなぁ」
「も、申し訳ありません。その、俺にはオデット様のご無事を祈ることしか出来ないのが歯痒くて……」
何度もジョセフに頭を下げるロジェの姿が何だかおかしくて、オデットが笑いを零せば彼は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてしまった。ロジェには少し悪いと思うが、おかげで緊張が解れた。
「ロジェ、わたくしのことを心配してくれてありがとう」
「……良い結果になるといいですね」
「ええ。……頑張るわね」
ロジェは二年前に雇われた料理人だ。元は平民向けの飲食店で働いていたのを、ジョセフにスカウトされた。調味料や香辛料をふんだんに使うのではなく、素材の味を重視した料理はアデルたちだけでなく使用人からの評判もいい。
そして何より、その穏やかで真面目な人柄が周囲の人々に好印象を与える。オデットもその一人だった。
レーヌ邸に到着し、馬車から降りる。すると玄関のドアが勢いよく開き、カミーユに出迎えられた。
「ようやく戻って来たか、オデット。いいか、よく聞け。俺はお前を手放すつもりはないぞ。……この言葉の意味、分かっているな?」
離婚される側なのに、高圧的な態度は以前とまるで変わっていなかった。しかもオデットへの執着を見せている。
この期に及んで。オデットの頭の中にそんな言葉が浮かぶ。
アデルも扇で口元を隠しているが、殺気を抑えられていない。ジョセフは何やら弁護士と目で会話をしている。
「……意味が分かっても分からなくても、わたくしの気持ちが変わることはありません。そこをご理解ください」
「ほ、本気で言っているのか? お前のせいで俺も爵位を取り上げられそうになっているんだぞ。それにお前がいないと寂しい。ファルス子爵に早く頼んでこんな馬鹿げたことは止めさせるんだ」
「あら、わたくしは止めるつもりなんて更々ございませんわ」
アデルが二人の会話に割り込むと、カミーユは眉を寄せた。
「アデル夫人。あなたが何を言おうと、全ての決定権はファルス子爵にある。そのことをご理解されていないのか?」
「ええ、ですから止めるつもりはないと申したのですけれど?」
「……何だ、その物言いは。まるであなたが子爵であるかのような……」
「実際、そうですからね。現在のファルス子爵はこのわたくしです。コンスタンは最早ファルス家の人間ではありませんわ」
カミーユの両目が大きく見開かれる。
「馬鹿な……妻が家督を継ぐ? そんな話聞いたことがないぞ……」
「殆ど例がないだけで、法律上可能ですわね」
「……俺とオデットを離婚させたいがために、一族の主を捨てたのか? 何故そこまでして俺たちの絆を引き裂こうとする?」
まるで自分が被害者であるかのような問いかけに、オデットの心はますます冷めていく。
絆? 彼の中ではそんなものが存在していたことにも驚きだ。
ジョセフが何か言おうとするのを制して、オデットは口を開いた。
「お父様が勘当されたことについては、カミーユ様も少なからず関係しているのですよ」
「……?」
「詳しくは中でお話ししましょう」
オデットが笑顔で提案すると、カミーユは納得いっていない様子で屋敷へ入っていった。
自身の立場と状況をまるで分かっていない様子の義弟に、「もしかして記憶すっぽ抜けてる?」とジョセフが首を傾げながら呟いた。
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