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11.夜会(カミーユ視点)
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マリュン公爵はカミーユより七つ歳上だが、それでも十分に若い。それで貴族社会の頂点に立ったのだ。
若年ながら経済学、政治能力に優れ、美しく聡明な妻にも恵まれた。周囲からは「マリュン家はこれからも安泰だ」と言われている。
そんな彼が主催する夜会は豪勢なものだった。
装飾がなされた広いホールに並べられた料理の数々。貴族でも滅多に口に出来ない高級食材が使われており、ワインも葡萄の産地であるパトリベール領のもので濃厚な色合いと香りが楽しめる。
王宮で開かれるパーティーと同等、或いはそれ以上かもしれない。
鴨肉のローストを味わってからワインを口内に流し込む。最高の贅沢だ。目的を忘れてしまいそうになり、カミーユは慌てて我に返った。
(マリュン公爵は、ジョセフはどこにいる?)
どちらかにだけでも早めに接触しておきたい。周囲を見回していると、ようやく見付けることが出来た。
それも二人同時に。
彼らは二人きりで談笑していた。
マリュン公爵は揶揄うような笑みを浮かべ、ジョセフも困った振りをして会話を楽しんでいる。
まるで歳の離れた兄弟の一時を見ているような気分である。
彼らの間に割り込むのは流石に得策ではない。マリュン公爵とジョセフが離れるのを待ちつつ料理に舌鼓を打っていると、ひそひそと話し声が耳に入って来た。
「本当はファルス子爵が出席するはずだったのに、ジョセフ卿が代わりにきたって話だな」
「ファルス子爵は何でも病気らしい。見舞いに行っても面会を断られるそうだ」
気になる内容だった。カミーユはその話をしている二人組に近付いた。
同じ伯爵家の者だが、彼らはまだ令息の立場。それにレーヌ家は伯爵家でも地位が高い方だ。気軽に声をかけることが出来た。
「その話、もう少し詳しく聞かせてくれ」
「あ、レーヌ伯……」
「ご夫人から聞いていらっしゃらないのですか?」
「いや、自分の家のことは話したがらない女でな。だから私もこのような時、話題についていけず困る」
「あー……分かります。オデット様、内向的なところがありそうですからね」
カミーユに同情した二人はうんうんと頷いた。
「結婚式も目立ちたくないからって挙げないと言い張ったのでしょう? 人生一度の晴れ舞台なのに」
「本日の夜会も父親が病気だからって欠席だなんて……カミーユ様も大変ですね」
「いいや、オデットの我儘には慣れているよ」
「流石レーヌ伯。外見も中身も美形とは」
「やめてくれ、照れる。……それでファルス子爵についてだが」
カミーユが話題を変えに入ると、片方が「それがですねぇ」とどこか馬鹿にするような笑みを見せた。
「誰もファルス子爵の容態について詳しく知る者がいないのですよ。アデル夫人も茶会で質問責めに遭うようですが、さらりと躱すばかりで……」
「ですから皆、ジョセフ卿に話を聞こうと鼻息を荒くしていましたが、あちらも上手くはぐらかすばかり。まったく面白みのない……おっと失礼」
カミーユにとってジョセフは義兄に当たる。そのことを思い出して令息は口を噤んだが、カミーユが気分を害することはなかった、むしろその逆だ。
「どうやら私の妻の至らなさは兄譲りらしい。空気の読めなさは一体どうしたものか」
「ですが、マリュン公に声をかけられるきっかけにはなっているようですよ? 公も詳細を知りたいと思っていたようですから」
「ふん、話題作りに父を利用したのか……」
カミーユがそう言って笑顔を見せた時、令息たちが急に意地の悪い表情を浮かべた。
「……見てくださいよ、レーヌ伯。今夜はあの男も招待されていたようです」
彼らの視線の先にいたのは、いかにも気弱そうな青年だった。話の輪にも入れず、一人壁際に立っている。
「貧乏男爵家の生まれのくせに、マリュン公爵に贔屓されているようですよ」
「……あんな男が?」
「そうなんです。だからあんまり調子に乗り過ぎないように、今のうちに『教育』しておこうと思っていたのですよ」
「それはいい考えだ」
立場の弱い者に『力』を与えると増長する傾向にある。
カミ―ユもオデットにはそんな醜い女になって欲しくなくて、敢えて厳しく接しているのだ。
「では……行ってみます?」
「今ならマリュン公爵もジョセフ卿との会話に夢中ですし」
カミーユからの賛同を得られて気が大きくなったのか、令息二人が男爵令息の下へ向かう。
カミーユもそれに続く。今から貴族社会の厳しさを教え込むのが上の立場にいる者の役目なのだから。
だが、思わぬ邪魔が入る。
「あーっ、いたいた!」
カミ―ユたちが声をかけるより先に、ジョセフが男爵令息に声をかけたのだ。
「ジョ、ジョセフ卿……」
「何こんなところで一人で黄昏ているの。美味しい料理と美味しいワインがあるんだから、もっと楽しまないと!」
「は、はいっ」
「ほら、向こうへ行こう。マリュン公も君とお話したがっているよ」
「マリュン公爵が私とですか?」
「君が仔犬みたいに震えているものだから、声をかけるタイミングを探してたんだってさ」
そう言って男爵令息を連れて、再びマリュン公爵のところへ戻って行く。
その際、カミーユとも視線が合ったのだが、
「こんばんは~、カミーユ様! 白身魚のトマト煮込みが大変美味でしたので、是非召し上がってみてくださーい!」
と笑顔で言い残して去ってしまった。
若年ながら経済学、政治能力に優れ、美しく聡明な妻にも恵まれた。周囲からは「マリュン家はこれからも安泰だ」と言われている。
そんな彼が主催する夜会は豪勢なものだった。
装飾がなされた広いホールに並べられた料理の数々。貴族でも滅多に口に出来ない高級食材が使われており、ワインも葡萄の産地であるパトリベール領のもので濃厚な色合いと香りが楽しめる。
王宮で開かれるパーティーと同等、或いはそれ以上かもしれない。
鴨肉のローストを味わってからワインを口内に流し込む。最高の贅沢だ。目的を忘れてしまいそうになり、カミーユは慌てて我に返った。
(マリュン公爵は、ジョセフはどこにいる?)
どちらかにだけでも早めに接触しておきたい。周囲を見回していると、ようやく見付けることが出来た。
それも二人同時に。
彼らは二人きりで談笑していた。
マリュン公爵は揶揄うような笑みを浮かべ、ジョセフも困った振りをして会話を楽しんでいる。
まるで歳の離れた兄弟の一時を見ているような気分である。
彼らの間に割り込むのは流石に得策ではない。マリュン公爵とジョセフが離れるのを待ちつつ料理に舌鼓を打っていると、ひそひそと話し声が耳に入って来た。
「本当はファルス子爵が出席するはずだったのに、ジョセフ卿が代わりにきたって話だな」
「ファルス子爵は何でも病気らしい。見舞いに行っても面会を断られるそうだ」
気になる内容だった。カミーユはその話をしている二人組に近付いた。
同じ伯爵家の者だが、彼らはまだ令息の立場。それにレーヌ家は伯爵家でも地位が高い方だ。気軽に声をかけることが出来た。
「その話、もう少し詳しく聞かせてくれ」
「あ、レーヌ伯……」
「ご夫人から聞いていらっしゃらないのですか?」
「いや、自分の家のことは話したがらない女でな。だから私もこのような時、話題についていけず困る」
「あー……分かります。オデット様、内向的なところがありそうですからね」
カミーユに同情した二人はうんうんと頷いた。
「結婚式も目立ちたくないからって挙げないと言い張ったのでしょう? 人生一度の晴れ舞台なのに」
「本日の夜会も父親が病気だからって欠席だなんて……カミーユ様も大変ですね」
「いいや、オデットの我儘には慣れているよ」
「流石レーヌ伯。外見も中身も美形とは」
「やめてくれ、照れる。……それでファルス子爵についてだが」
カミーユが話題を変えに入ると、片方が「それがですねぇ」とどこか馬鹿にするような笑みを見せた。
「誰もファルス子爵の容態について詳しく知る者がいないのですよ。アデル夫人も茶会で質問責めに遭うようですが、さらりと躱すばかりで……」
「ですから皆、ジョセフ卿に話を聞こうと鼻息を荒くしていましたが、あちらも上手くはぐらかすばかり。まったく面白みのない……おっと失礼」
カミーユにとってジョセフは義兄に当たる。そのことを思い出して令息は口を噤んだが、カミーユが気分を害することはなかった、むしろその逆だ。
「どうやら私の妻の至らなさは兄譲りらしい。空気の読めなさは一体どうしたものか」
「ですが、マリュン公に声をかけられるきっかけにはなっているようですよ? 公も詳細を知りたいと思っていたようですから」
「ふん、話題作りに父を利用したのか……」
カミーユがそう言って笑顔を見せた時、令息たちが急に意地の悪い表情を浮かべた。
「……見てくださいよ、レーヌ伯。今夜はあの男も招待されていたようです」
彼らの視線の先にいたのは、いかにも気弱そうな青年だった。話の輪にも入れず、一人壁際に立っている。
「貧乏男爵家の生まれのくせに、マリュン公爵に贔屓されているようですよ」
「……あんな男が?」
「そうなんです。だからあんまり調子に乗り過ぎないように、今のうちに『教育』しておこうと思っていたのですよ」
「それはいい考えだ」
立場の弱い者に『力』を与えると増長する傾向にある。
カミ―ユもオデットにはそんな醜い女になって欲しくなくて、敢えて厳しく接しているのだ。
「では……行ってみます?」
「今ならマリュン公爵もジョセフ卿との会話に夢中ですし」
カミーユからの賛同を得られて気が大きくなったのか、令息二人が男爵令息の下へ向かう。
カミーユもそれに続く。今から貴族社会の厳しさを教え込むのが上の立場にいる者の役目なのだから。
だが、思わぬ邪魔が入る。
「あーっ、いたいた!」
カミ―ユたちが声をかけるより先に、ジョセフが男爵令息に声をかけたのだ。
「ジョ、ジョセフ卿……」
「何こんなところで一人で黄昏ているの。美味しい料理と美味しいワインがあるんだから、もっと楽しまないと!」
「は、はいっ」
「ほら、向こうへ行こう。マリュン公も君とお話したがっているよ」
「マリュン公爵が私とですか?」
「君が仔犬みたいに震えているものだから、声をかけるタイミングを探してたんだってさ」
そう言って男爵令息を連れて、再びマリュン公爵のところへ戻って行く。
その際、カミーユとも視線が合ったのだが、
「こんばんは~、カミーユ様! 白身魚のトマト煮込みが大変美味でしたので、是非召し上がってみてくださーい!」
と笑顔で言い残して去ってしまった。
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