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8.解放
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オデットが大好きだった茶葉で淹れた紅茶と、ドライフルーツ入りの焼き菓子。
懐かしくてずっと恋しかった組み合わせに、オデットは頬を緩めた。
レーヌ家に常備されている茶葉はカミーユが好む種類ばかりで、オデットの好みは徹底的に無視されていた。
一度メイドが気を利かせてオデットのために茶葉を買ったのだが、「レーヌ家ではこんな安物は飲まない」と言って捨てられてしまったのだ。
菓子だって胃もたれを起こしてしまうような、ミルククリームをたっぷり使ったものばかり。しかも甘すぎる。
いつしかオデットは、菓子を口にすることを止めていた。
「……美味しい」
焼き菓子の素朴な甘さを味わってから、香り高い紅茶を口に含む。
至福の一時だ。
「でもごめんなさいね、色々隠していたり知らせなかったり」
アデルから謝罪され、オデットは首を横に振る。
「いいえ、お母様。何か深い事情があったのでしょう? それにこうして、わたくしの大好きな紅茶とお菓子を用意してくださったではありませんか」
「……ありがとう」
「けれど、そろそろ教えてくださいませんか? わたくしがいない間に、このファルス家で何が起こったのか。お父様がどのような罪を犯したのかを……」
「そうね。……あなたは何だかんだであの人のことを父として見ていたからショックを受けるでしょうけど、隠しておくわけにはいかないもの」
そう言ってからアデルは深い溜め息をついた。吐息と共に迷いを吐き出したようにオデットには見えた。
そして娘をまっすぐ見据える。
「いい? あの人はね──」
アデルから話を聞かされたオデットは何も言うことなく、無言で紅茶を啜った。
言いたいことがたくさんある。それは主にコンスタンに対する罵詈雑言である。
彼は彼なりに、このファルス子爵家の更なる発展と繁栄のために行ったつもりだったのだろう。
だからと言って、何をしてもいいわけではない。父はそれを理解出来ていなかった。
「……それはお爺様たちがお怒りになるのも分かりますね」
ようやく口を開いたオデットだったが、そこにコンスタンに対する憐憫は含まれていなかった。あるのは呆れだけ。
アデルが先程言っていた通り、屋敷を追い出されて路頭に迷うはずだったのを温情で救われているだけに過ぎない。
だが、疑問が残る。
手紙でもこの件を伝えることは出来たはずだ。すぐに教えてくれてもよかったのに、という気持ちがオデットの中で沸き上がる。
「……今回のことは、あなたがこちらに戻って来るまでは公にしないと決めていたの。レーヌ伯爵が半ば自棄になってあなたに手を出すかもしれなかったから」
「お母様……?」
「オデット、今からあなたに大事なことを聞くわ。だから正直に答えてちょうだいね」
「は、はい」
「……レーヌ伯爵とはまだ夜を共にしたことはない?」
遠回しに性交渉があったか質問され、オデットは逡巡の後に頷いた。
自分をあれ程毛嫌いしている男だ。こちらから子供を作りたいと言っても拒絶されていただろう。
だがアデルは、娘がまだ初夜を迎えていないことに落胆するどころか、安心した様子だった。
「そう、よかったわ……」
「……?」
「それからオデット、わたくしに言いたいことがあるんじゃないかしら?」
アデルは静かな声で娘にそう問いかけた。
「あなたがあの屋敷でどんな暮らしを強いられてきたか……聞かなくてもおおよその見当はつくわ。今まではレーヌ伯爵とコンスタンがあなたの自由と尊厳を奪ってきたけど、それももうおしまい。わたくしがあなたを守るし、奪われたものを取り返してみせる」
アデルがどのような意図で言葉を紡いでいるのか、オデットには理解出来ない。
けれど、何故かこう思ってしまったのだ。「これで救われる」と。
「お母様、わたくし……カミーユ様とはもう一緒にいられない。いたくないの……」
そう告げる声は震えていた。
懐かしくてずっと恋しかった組み合わせに、オデットは頬を緩めた。
レーヌ家に常備されている茶葉はカミーユが好む種類ばかりで、オデットの好みは徹底的に無視されていた。
一度メイドが気を利かせてオデットのために茶葉を買ったのだが、「レーヌ家ではこんな安物は飲まない」と言って捨てられてしまったのだ。
菓子だって胃もたれを起こしてしまうような、ミルククリームをたっぷり使ったものばかり。しかも甘すぎる。
いつしかオデットは、菓子を口にすることを止めていた。
「……美味しい」
焼き菓子の素朴な甘さを味わってから、香り高い紅茶を口に含む。
至福の一時だ。
「でもごめんなさいね、色々隠していたり知らせなかったり」
アデルから謝罪され、オデットは首を横に振る。
「いいえ、お母様。何か深い事情があったのでしょう? それにこうして、わたくしの大好きな紅茶とお菓子を用意してくださったではありませんか」
「……ありがとう」
「けれど、そろそろ教えてくださいませんか? わたくしがいない間に、このファルス家で何が起こったのか。お父様がどのような罪を犯したのかを……」
「そうね。……あなたは何だかんだであの人のことを父として見ていたからショックを受けるでしょうけど、隠しておくわけにはいかないもの」
そう言ってからアデルは深い溜め息をついた。吐息と共に迷いを吐き出したようにオデットには見えた。
そして娘をまっすぐ見据える。
「いい? あの人はね──」
アデルから話を聞かされたオデットは何も言うことなく、無言で紅茶を啜った。
言いたいことがたくさんある。それは主にコンスタンに対する罵詈雑言である。
彼は彼なりに、このファルス子爵家の更なる発展と繁栄のために行ったつもりだったのだろう。
だからと言って、何をしてもいいわけではない。父はそれを理解出来ていなかった。
「……それはお爺様たちがお怒りになるのも分かりますね」
ようやく口を開いたオデットだったが、そこにコンスタンに対する憐憫は含まれていなかった。あるのは呆れだけ。
アデルが先程言っていた通り、屋敷を追い出されて路頭に迷うはずだったのを温情で救われているだけに過ぎない。
だが、疑問が残る。
手紙でもこの件を伝えることは出来たはずだ。すぐに教えてくれてもよかったのに、という気持ちがオデットの中で沸き上がる。
「……今回のことは、あなたがこちらに戻って来るまでは公にしないと決めていたの。レーヌ伯爵が半ば自棄になってあなたに手を出すかもしれなかったから」
「お母様……?」
「オデット、今からあなたに大事なことを聞くわ。だから正直に答えてちょうだいね」
「は、はい」
「……レーヌ伯爵とはまだ夜を共にしたことはない?」
遠回しに性交渉があったか質問され、オデットは逡巡の後に頷いた。
自分をあれ程毛嫌いしている男だ。こちらから子供を作りたいと言っても拒絶されていただろう。
だがアデルは、娘がまだ初夜を迎えていないことに落胆するどころか、安心した様子だった。
「そう、よかったわ……」
「……?」
「それからオデット、わたくしに言いたいことがあるんじゃないかしら?」
アデルは静かな声で娘にそう問いかけた。
「あなたがあの屋敷でどんな暮らしを強いられてきたか……聞かなくてもおおよその見当はつくわ。今まではレーヌ伯爵とコンスタンがあなたの自由と尊厳を奪ってきたけど、それももうおしまい。わたくしがあなたを守るし、奪われたものを取り返してみせる」
アデルがどのような意図で言葉を紡いでいるのか、オデットには理解出来ない。
けれど、何故かこう思ってしまったのだ。「これで救われる」と。
「お母様、わたくし……カミーユ様とはもう一緒にいられない。いたくないの……」
そう告げる声は震えていた。
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