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7.ファルス子爵家の現状
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「おかえりなさいませ、オデット様……!」
久方ぶりに実家に帰ってきたオデットを出迎えたのは、安堵した様子の使用人たちだった。結婚してから初めての里帰りだったが、この反応は少し大袈裟のようにオデットは思えた。
「あ、あの、皆さん。お母様は──」
「わたくしはここよ、オデット」
凛とした声。玄関に立っていたのはオデットの母、アデルだった。
いつまで経っても若々しい肌の持ち主。その美しさは多くの夫人や令嬢の憧れの的とも言われている。
「……ただいま帰りました、お母様」
カミーユに嫌みを言われ、行動を制限され続け、辛い思いをする日々を過ごす中で両親に会いたいという気持ちも自然と薄れていた。
だがいざ顔を合わせれば、胸の奥がぎゅうと締め付けられるような感覚がして、両目からは涙が溢れ出す。
その姿を見たアデルが眉を顰めるのを見て、オデットは慌てて涙を拭おうとした。
それを止めるようにアデルは娘の手に優しく触れた。
「いいわ。泣きたい時は好きなだけ泣いていいのよ」
「おか、お母様……っ!」
優しい言葉はひび割れていた心をそっと癒してくれる。
まるで幼子に戻ったかのように声を上げて泣きじゃくるオデットを、アデルは無言で抱き締めた。
使用人たちは母子の抱擁を見て皆目を潤ませ、中には洟を啜るメイドもいた。
「……ようやくあなたを取り戻すことが出来たわ」
そう呟くアデルは今この場にいない『敵』を睨み付けているかのように、憎悪の炎を双眸に宿していた。
「お父様の具合は如何ですか?」
「ああ、あの人ならあそこにいるわよ」
そう言ってアデルは何故か窓に視線を向けた。
え? と訝しげにオデットは母の視線を目で追いかけ、ぎょっとした。
「あ、あれ……お父様ですよね?」
「そうよ。あなたの父親で元ファルス子爵家当主。私の元夫でもあるわね」
「…………」
窓の外、つまり庭園でしゃがみ込んで草むしりをしている男性を見付ける。
庭師かと思いきや、何と父のコンスタンだった。沈痛の面持ちで炎天下の中作業を続けている。
「お父様は……ご自分で庭園の世話をされる方だったかしら」
「わたくしが命じたの。最近雑草が多くなってきたから」
「そんなどうして……」
一家の主が妻に命令されて草むしり。
本来なら有り得ない光景に困惑していると、アデルから衝撃的な事実を聞かされた。
「まだ正式に手続きは完了していないけれど、今この家の主はわたくしなのよ。そしてあの人は本来ならこの屋敷にいることも許されないわ。それをわたくしが温情で置いてあげているだけ」
「温情……ですか」
母とは月に一度手紙でやり取りしていたが、こんなこと教えられなかった。
確かにコンスタンとアデルは昔から意見の食い違いでよく言い争いをしていた。いや、アデルが一方的にコンスタンを怒っていた、と言うのが正しいかもしれないが。
事なかれ主義で体裁ばかり考えていた父と、倫理に背くやり方を嫌っていた母とでは相性が悪かったのだ。
しかし、まさか当主交代なんて大それた事態になるとは……。
「ちなみにこの件に関しては、先代ファルス子爵とわたくしの実家も承知済みよ。むしろ『あんな馬鹿にこのファルス家を任せられるか』とお怒りだったし」
「……お父様は一体何をしてしまったのです?」
アデルの両親だけではなく、実父である先代子爵まで激怒させたのだ。自分の悩みを打ち明けるどころではなくなってしまったと、オデットな内心パニックに陥っていた。
そんな娘の動揺を悟ったのか、アデルは柔らかな微笑を浮かべるとこう告げた。
「まずはお茶でも飲んで、疲れを癒してちょうだい」
久方ぶりに実家に帰ってきたオデットを出迎えたのは、安堵した様子の使用人たちだった。結婚してから初めての里帰りだったが、この反応は少し大袈裟のようにオデットは思えた。
「あ、あの、皆さん。お母様は──」
「わたくしはここよ、オデット」
凛とした声。玄関に立っていたのはオデットの母、アデルだった。
いつまで経っても若々しい肌の持ち主。その美しさは多くの夫人や令嬢の憧れの的とも言われている。
「……ただいま帰りました、お母様」
カミーユに嫌みを言われ、行動を制限され続け、辛い思いをする日々を過ごす中で両親に会いたいという気持ちも自然と薄れていた。
だがいざ顔を合わせれば、胸の奥がぎゅうと締め付けられるような感覚がして、両目からは涙が溢れ出す。
その姿を見たアデルが眉を顰めるのを見て、オデットは慌てて涙を拭おうとした。
それを止めるようにアデルは娘の手に優しく触れた。
「いいわ。泣きたい時は好きなだけ泣いていいのよ」
「おか、お母様……っ!」
優しい言葉はひび割れていた心をそっと癒してくれる。
まるで幼子に戻ったかのように声を上げて泣きじゃくるオデットを、アデルは無言で抱き締めた。
使用人たちは母子の抱擁を見て皆目を潤ませ、中には洟を啜るメイドもいた。
「……ようやくあなたを取り戻すことが出来たわ」
そう呟くアデルは今この場にいない『敵』を睨み付けているかのように、憎悪の炎を双眸に宿していた。
「お父様の具合は如何ですか?」
「ああ、あの人ならあそこにいるわよ」
そう言ってアデルは何故か窓に視線を向けた。
え? と訝しげにオデットは母の視線を目で追いかけ、ぎょっとした。
「あ、あれ……お父様ですよね?」
「そうよ。あなたの父親で元ファルス子爵家当主。私の元夫でもあるわね」
「…………」
窓の外、つまり庭園でしゃがみ込んで草むしりをしている男性を見付ける。
庭師かと思いきや、何と父のコンスタンだった。沈痛の面持ちで炎天下の中作業を続けている。
「お父様は……ご自分で庭園の世話をされる方だったかしら」
「わたくしが命じたの。最近雑草が多くなってきたから」
「そんなどうして……」
一家の主が妻に命令されて草むしり。
本来なら有り得ない光景に困惑していると、アデルから衝撃的な事実を聞かされた。
「まだ正式に手続きは完了していないけれど、今この家の主はわたくしなのよ。そしてあの人は本来ならこの屋敷にいることも許されないわ。それをわたくしが温情で置いてあげているだけ」
「温情……ですか」
母とは月に一度手紙でやり取りしていたが、こんなこと教えられなかった。
確かにコンスタンとアデルは昔から意見の食い違いでよく言い争いをしていた。いや、アデルが一方的にコンスタンを怒っていた、と言うのが正しいかもしれないが。
事なかれ主義で体裁ばかり考えていた父と、倫理に背くやり方を嫌っていた母とでは相性が悪かったのだ。
しかし、まさか当主交代なんて大それた事態になるとは……。
「ちなみにこの件に関しては、先代ファルス子爵とわたくしの実家も承知済みよ。むしろ『あんな馬鹿にこのファルス家を任せられるか』とお怒りだったし」
「……お父様は一体何をしてしまったのです?」
アデルの両親だけではなく、実父である先代子爵まで激怒させたのだ。自分の悩みを打ち明けるどころではなくなってしまったと、オデットな内心パニックに陥っていた。
そんな娘の動揺を悟ったのか、アデルは柔らかな微笑を浮かべるとこう告げた。
「まずはお茶でも飲んで、疲れを癒してちょうだい」
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